力と想いは表裏一体
その日の夜
子供たちが離れで過ごしている間、母屋では大人達による静かな夜会が行われていた。
「エレン、すっかり子供達に驚かされっぱなしのようね」
エレオノーラが手土産として持参したワインをグラスに注ぎながら、フローラはクスッと笑う。
「あぁ、全くだ。 少年の柔軟な戦術と、あの盾や黒い相棒を持て余さずに最大限使いこなす適応力には舌を巻いたな。
あの歳で、あそこまで冷静に盤面を支配できるとは…あの盾や人形を持ち込めるかは別として、学園でも十分通用するだろう」
「へへっ 俺の息子だからな」
「…あの柔軟性はお前ではなくフローラに似たんだろ」
「うわっ、ひっでぇ言い草」
エレオノーラは、グラスに注がれた赤いワインを一口だけ嗜み、疲れたように眉間を揉む。
「それ以上に、あのクロスエイドという坊やの存在だ。 あの仕掛け盾なんてかわいいもので、シュトニックでの大量の回復薬供給に、飢饉や魔物の大群を対処してみせる手のひらサイズの人形…」
「「人形じゃなくてミニロボットな」ね」
シルバスとフローラが口をピッタリ揃えて言う。
クロスエイドにとっては相棒であるのはもちろん、この家、この村にとって英雄である『ミニロボット』達は、一つの種族として扱われているのだ。
「そこ、重要だからちゃんとして頂戴」
「特にクロスの前ではな」
「そ…それは失礼した。 では訂正して…『ミニロボット』なる心強い魔導生命体を作成し、魔物の脅威や飢饉からたくさんの人を救い、村の共同浴場や新たな食文化の導入。 挙げ句の果てには不治の病を治療した『奇跡の紅茶』。
彼の知識と技術は1人の子供が抱えるにはあまりにも常識はずれすぎる。」
「まぁ、あいつの頭の中がどうなっているのかは親のオレたちもよく分からん。
だが、あいつがいなければこの村もオレもお前も、おそらくは魔物の餌だ。 アイツの根底にあるのはいつだって、大事なもんを守りたい、笑顔でいてほしいって想いだ。
たまにやりすぎて、こっちは手は焼くけどな」
「…あぁ、その通りだな。 坊やの善意と、家族への愛情は本物だ。
それは昨日と今日でよく分かった。」
エレオノーラは肩の力を抜いてワインを口にする。
彼女なりに、ベジッタ村とクロスエイドの状況にひと通りの整理がついたようだった。
「ところで、エレン」
「ん?」
シルバスが少し真面目な顔つきになり、別の話題を切り出す。
「お前ら、あとどれくらいこの村に滞在するつもりだ?」
「滞在日数か…そうだな…」
エレオノーラは少し考え込んだ。
「どうしたものかとは思っている。 元々この村を訪れた名目は、村の噂の正体や元モルヴァイン家の兵士たちに関する調査で、最大の理由はルネッタ王女殿下の『治療』、あるいは『最期を看取る場所の確保』。
なので短くとも1週間、長ければひと月は滞在する予定だったのだが…」
「村の噂の正体も、兵士たちがこぞってやってくる理由もぜ〜んぶウチのクロスエイドで、到着して数分もたたないうちに完全回復しちゃったものね」
「あぁ、雪合戦までしてしまっているしな…」
「少なくとも治ったことは伝えないとマズイわよ。」
「どういうことだ?」
「陛下は賭けだと言ってあなたに彼女を託した。 つまり王宮では今、陛下だけじゃなく彼女の両親がいつ訃報が届くかと、悲痛な想いで待っている状態ということでしょう?」
フローラの指摘に、エレオノーラの顔が青ざめる。
「そうだ…もしこのまま『避暑地として気に入ったから』と報告を遅らせれば、王宮どころか王国全土に大混乱を招くことになる!」
完全に死ぬていで物事が進んでいるであろう王都の政治的状況を思い出し、エレオノーラが取り乱す。
「明日にでも出発の準備を整えなければ…!」
「エレン、最後まで聞いて。 まだ話には続きがあるわ。」
立ちあがろうとするエレオノーラを、フローラが強く制止する。
「焦る気持ちは分かるけどそうもいかないの。 あなた達、ここにくる時、北の山沿いに来たでしょう」
「あぁ。最短ルートだからな」
「今日の午後、懇意にしている商人から聞いたのだけれど、ここしばらくの大雪で雪崩が起きたらしいの。
細かい場所までは分からないけれど、帰りには通れないと思った方はいいわ。」
「なんだと…! どうしたらいい!?」
「山越えは諦めて迂回するしかないわね。 ただ、それだと王都までの道のりはかなりの日数になる。
長い道のりだけれど、春先辺りにはたどり着けるとは思うわ。」
フローラの説明で焦りの半分が安堵に変わるエレオノーラ。
少しだけ冷静さを取り戻したのち、あることに気付く。
「その場合、まずいのは殿下だけじゃないぞ」
「「え?」」
「完全復活された殿下はもちろん、少年も出発しないと春先に間に合わなくなる…」
王立学園の入学試験は日本でいうところの2月にあたる春先に行われる。
雪崩で塞がった道を迂回する大幅なタイムロスを考えると、アルフレッドの王都への旅立ちも、大幅に前倒しせざるを得ないという結論だ。
「エレン、急な話で悪いが、ウチのアルフレッドを殿下の帰還に同行させても構わないか?」
「もちろんだ。 今日の彼の実力を見れば道中の頼もしい護衛にもなるだろう。
もし早く到着したとしても、私の屋敷の客間を使って貰えばいいだけだ。
ただ…」
エレオノーラは考え、重たい口を開く。
「厚かましいかもしれないが、私からも一つ、提案がある」




