絆はいつでも手のひらサイズで(1)
村の中心部、共同浴場。
雪の降る中、建物の周辺は風呂上がりで火照った体を冷ます村人たちや、近隣からの来訪者でごった返していた。
「素晴らしいですわ……! 皆さん、本当に幸せそうなお顔をしていますのね」
「ただでさえ冬の娯楽が少ないですからね。 平民でも気軽に入れて心も体も軽くなるお風呂は最高の癒やしですよ。」
そう言って番頭台にまっすぐ向かう。
「こんにちは~ 納品に来ました」
「お~坊ちゃん、いいところに! 本当なら明日補充のところが、もう今にも売り切れそうで!」
「間に合ってよかったです。 これ、伝票です。 確認お願いします」
「はいはい…これでいいですかな?」
「ありがとうございます。 商品は裏に持っていきますね」
「いやぁ助かった。あれ、珍しいですな、坊ちゃんが人間のお連れさんと一緒なんて」
「えぇ。ちょっと僕の仕事の案内をしてるんです。」
「それはそれは。 なら下も見せるんですかい?」
「えぇ。 大丈夫ですか?」
「もちろん構いませんぜ」
「それでは、ご案内します。」
僕は2人を浴場の裏にある管理用の地下室へ案内する。
モワッとした湿気と熱気の中、大きなタンクがいくつか並んでいる。
「うわぁ…! 壮観ですわ! これはなんですの?」
「スライム? 初級の魔物だが、なぜあのようなタンクに大量に?」
中では青や緑の半透明なスライムたちが溜まったお湯を吸っている。
「これは浄化槽です。 この上にある風呂から出た汚水、つまりは人間の皮脂や脂はスライムにとっては大好物の栄養源で、彼らが汚れを食べてくれるおかげでお湯が清潔に保たれ、下水を綺麗にして排水することができるんです。」
「スライムを浄水に使っている…ということか」
「それだけじゃありませんよ、スライムの活用法はもう一つあります。
今日回収できるのは…奥から2番目ですね」
僕は並んだ浄化槽の一つへ歩み寄る。
そこにはすっかり無色透明となった水の上に浄化槽全てのスライムと、上澄みを占めるライトブルーの液体が浮いている。
「みんな~ 掃除の時間だよ~」
浄化槽の壁をペンペンと叩き、中のスライムに声をかける。
すると中でじっとしていたスライムたちがウネウネと動き始め、浄化槽につながるパイプへ液体を追いやる。
やがて浄化槽内の液体がパイプの先にある、ひと抱えほどの専用タンクへと溜まる。
「これはなんですの?」
「これは『スライム液』。 人間で言うところの排泄物ですが、匂いもありませんし、完全に浄化されていろんなものの原料として使えるんです。」
「いろんな物というと?」
「さっき見たシャンプーやリンス、ボディソープ…要は髪や体を洗う石鹸と髪の毛の補修液です。
最初は木灰と油を錬金術で混ぜて作っていたんですが、最近はスライム液を活用して作れるようになりました。」
「スライムから出た物がそんなに使えますの?」
「スライム液には、油と高い洗浄成分と保湿成分が含まれているんです。
これを少し調整してあげれば、髪はサラサラ、肌はツヤツヤになる最高級のシャンプーになります。
他にも、人の肌に優しい保湿クリームやロウソクも作れたりして、今やこの村の特産品なんです!」
ルネッタが、ボトルを手に取って目を輝かせる。
「汚れを魔物が食べ、その魔物が出したものが、再び人々の暮らしを豊かにする……。見事な循環ですわ! クロスエイド様は、天才ですのね!」
「あはは、僕はただの思いつきや得た知識を応用しただけで、今の品質は研究員の人たちが頑張ってくれたおかげです。
最近は、この浄化槽のシステムを応用して、村の各所に下水処理用の小型浄化槽も設置し始めてるんです。
それが完成すれば、村の衛生環境は完璧になります」
僕が熱く語る横で、エレオノーラは壁に手をつき、天を仰いでいた。
(公衆衛生の概念、資源の完全な循環、それを可能にする高度な魔物利用と錬金術……。この村は、もはや一つの独立した『国家』レベルの技術力を持っている……!)
彼女は騎士団長として、この村の持つ技術の『恐ろしさ』と『価値』を痛いほど理解していた。
もしこの技術を他国が知れば、血眼になって奪いに来るだろう。
そして何より、これら全ての発想の源流が、目の前で嬉しそうに笑っている7歳の少年にあるという事実。
「……坊や。」
「はい?」
エレオノーラが、真剣な瞳で僕を見下ろした。
「君は……自分がどれほど規格外なことをしているか、自覚しているか?」
「え? スライムに汚れを食べさせることですか? あれはイリスの知識ですから僕が思いついた訳ではないですよ?」
キョトンとする僕を見て、エレオノーラは再び深いため息をついた。
「……いや、いい。だが覚えておけ。 君のその力は、国を……いや、世界を変えるほどのものだ」
突然の重い言葉に、僕は少し戸惑った。
世界を変える? そんな大それたこと、考えたこともない。
僕はただ、この村で、家族と美味しいご飯を食べて、温かいお風呂に入って、のんびり人生を送りたいだけなのに。
「……クロスエイド様」
ルネッタが、僕の袖を軽く引いた。
彼女の瞳には、尊敬と、そして何処か『もっとあなたのことを知りたい』という深い探求心の色が浮かんでいた。




