崩れる常識、つながる想い(4)
一方その頃
イリスに漫画を献上して解放された僕は、離れの作業スペースで共同浴場に卸すシャンプーなどの在庫補充の準備をしていた。
「にぃーしぃーろぉーはぁーとぉーにぃーしぃーろぉー、16。これで全部ですね」
「すげぇよなぁ、先週もこれと同じくらい持ってっただろ?」
「お風呂のお客がまた新たなお客を呼んで利用者数も増えてますからね。
4箇所ある共同浴場を思えば、これでも足りないくらいです」
「え~? まだ必要なの?」
「ファミリー用のはともかく、おひとり様用は持ち運びに便利なように容器が小さいですから。
1週間で使い切っちゃう人もいれば、旅先用にまとめ買いしたがる冒険者も多いみたいですよ」
「これ全部売れるってことは…」
「アルフ兄、すぐにお金の計算をしないでください」
兄姉に手伝ってもらいながら、出発の支度を整える。
と、そこへ…コンッコンッと控えめなノックが聞こえる。
「ごめんくださいませ」
「「「「 ? 」」」」
聞き覚えのない女の子の声に、4人で顔を見合わせる。
「はーい」
アルフ兄がドアを開ける。
「失礼致しますわ。こちらにクロス…様はいらして?」
ドアの外に立っていたのは、先ほど客間のソファにいた綺麗な銀髪の女の子だった。
「クロスは僕ですが…あ、先ほどのお客さん。 どうされました?」
「先ほどのお紅茶のお礼を伝えに参りましたの。 あのお紅茶のおかげで元気になりましたわ。」
「え~っと…どういうことかわかりませんが、お口に合ったようでよかったです。」
「はい…! この言葉では言い表せないほどの感謝をどうお伝えすればよいか…!」
女の子はソラ姉やキッド兄より年上…アルフ兄と同い年くらいだろうか…
何やら相当、あの紅茶が好みだったみたいだけど…ここまで大袈裟に伝えるほどなのだろうか?
「あちゃ~、アイツ全然分かってねぇ」
「あの口ぶりを見るに、何かしらの問題をクロスが解決しちゃったけど、本人は全くその自覚がないパターンだ」
「クロスってこういうの鈍感なのよね~」
いつものやつだ、と呆れ顔のギャラリーを他所にすごい熱量で感謝を伝えてくる女の子。
どうして紅茶一杯でここまで感謝されるのか、僕には分からなかった。
「申し遅れました。 わたくし、ルネッタ・グランディアと申します。
この度、あなたが淹れてくださったお紅茶のおかげで、わたくしの命を蝕んでいた魔石化の病気が完全に消え去りました。
本当に、本当にありがとうございます。」
「…え?」
ビョウキ? キエサッタ? ドユコト?
「クロス、集合」
頭にハテナを浮かべる僕を、真っ青な顔のアルフ兄が呼びつける。
「ごめんなさい、ちょっと待ってもらえます? 寒いでしょうし中入っててもらっていいんで」
「お邪魔しますわ」
「アルフ兄、どういうことですかね、なんか病気が治ったって言ってますけど」
「クロス、あのお客さんに紅茶か何か出した?」
「はい、父さんのお客様だったみたいで紅茶を淹れて出しましたけど。」
「どんな紅茶?」
「ハチミツと生姜をすりおろしたやつです。 おととい母さんが美味しいって飲んでたやつ。」
「オーケー…『付与』は何をどれくらいした?」
「あ…『付与をしない』をしてないです」
「これではっきりした。 あのお客さん…いや御客様はグランディア家…つまりは王家の方だよ。 そしてクロスが出した紅茶が何らかの大病を綺麗さっぱり治療しちゃったってこと。」
「へ?」
アルフ兄の解説によって僕の脳内でもバラバラだった単語が1本の線で繋がった。
カクつく身体をお客さん…いや王族からの御客様へ向ける。
「えっと…王女様…ですか?」
「はい。 祖父が現在の国王を務めております。」
「…長旅の疲れとか、寒くて風邪を引いちゃってたとかではなく…不治の病的な?」
「はい。王都のいかなる名医でも対処不可能とされている、体が魔石のように黒く結晶化する原因不明の病でしたの。」
僕は、目の前の女の子と兄姉を交互に見る。
そしてようやく全てを理解する。
「またやっちゃったぁ…」
「「「 気づくのおっそーい 」」」
まさかたかがお茶で、不治の病を治すなんておとぎ話でも聞かない奇跡を起こしてしまうとは…
冬なのに、身体中から汗が噴き出す。
助けを求めるように3人の方を見るが3人とも「やれやれ」という顔をしているだけで、助けてくれる気は一切ないようだった。
「えっと…その…どういたしまして?」
僕は引き攣った顔で、疑問系のお返しをすることしかできなかった。
「あ、そうだ! 共同浴場に納品に行かないと!」
時計がチラリと目に入り、僕が離れに戻ってきた理由を思い出す。
この状況から逃げ出すためにも、木箱をアイテム袋に突っ込んで早々に立ち去ろうとした。
「え~っとルネッタ様…でしたね。 よかったらゆっくりしていってください。
豆乳とプリンくらいしか出せませんが…え?」
しかし、ルネッタ王女は玄関ドアを開けて、僕の歩調に合わせんとばかりに外への歩みを始めている。
「わたくしもお供させてくださいませ」
「え!?」
「わたくしの命を救ってくださった方のお仕事にこの上ない興味が湧きましたの。
お仕事の邪魔は一切致しませんので連れていってくださいませ」
ルネッタ王女の瞳は好奇心でキラッキラに輝いている。
長年ベッドの上で動けなかった反動なのか、とにかく外の世界が見たいのは分かる。
しかし相手は国の王の孫娘なんだよなぁ
「いやいや! さすがに王女様を連れ回すわけにはいきませんよ!
万が一にも怪我をしようものなら…!」
強引に置いていくこともできなければ、連れていくには責任が重すぎる。
どうやって断ろうか…と、必死に思考をフル稼働させていると、外からドアが開けられた。
「失礼! こちらに人を探しているのだが…って殿下! どうして上着も着ずに出歩いておられるのですか!」
「あら、もうお話は終わりましたの?」
さっき母屋で話した女性が入ってくるやいなや、ルネッタ王女を見て目を丸くする。
事情説明中…
「なるほど、一切を理解した。」
「王女様のお気持ちは分かりますが、さすがに子供だけで出歩くのはちょっと…」
「…分かった。 私も同行しよう、どうかあの子の願いを叶えてあげてほしい。」
そう言って頭を下げてくる。
「分かりました、ご案内しましょう。」
「ありがとうございます♪」
「とはいえ、丸腰でいくのは不安ですね。 こちらの護衛も一緒に行きます。 構いませんか?」
「それはもちろん、よろしく頼む。」
上着を羽織り、靴を履いて外に顔を出す。
「メープル、カラアゲ、タツタ、ナンバン、ロースト! 行くよ!」
『ラジャッ!』
『「 コケコっ! 」』
「そして、護衛といえば…」
僕は白い機体の背面に魔晶石電池を装填し、手のひらの上に立たせる。
ウィン…ウィン…
ソルジャーの目が発光し、右手に持った魔法銃と周囲の状況を確認するいつもの起動動作を行う。
「よし、ソルジャーも護衛を頼むね」
『…』僕の言葉から全てを理解し、頷く。
手のひらからタタタッと走り出し、ジェットを噴いて僕の肩の横でホバリング。
ベンドリック家ではお馴染みの光景だが、今は違う。
白くて小さな宙を舞う存在。
それを見た瞬間、騎士団長さんの顔が青ざめ、逆にルネッタ王女の顔がパァッと輝く
「そ、その白い人形は…」
「なんですのこの子! カッコかわいいですわ!」
「人形ではなくロボット。 僕の錬金術で偶然できたミニロボットのホワイトソルジャーです。
小さいですけど何十体もの魔物を一掃することができる、頼れる相棒です。」
エレオノーラの脳裏にこの村の隣街であるシュトニックの防衛戦の光景がフラッシュバックする。
崩壊寸前の別陣営を救った、空を舞い百発百中の光線で魔物を一方的に蹂躙したという『小さな白い魔物』の噂。
防衛戦が終わった後に、北の陣営で見た頭部を的確に撃ち抜かれた魔物の死体の数々。(まさかこんなおもちゃのようなゴーレムが本当に…!いや、間違いない。 あの場にこそいなかったが、あの街では坊やたちによる回復薬の供給が行われていたことも、シルバスの腕も、先ほどの殿下の超回復も…全て坊やが原因なら合点がいく!)
「…ノーラ、エレオノーラ」
「はっ、はい! いかがいたしましたか殿下」
「いかがしているのはエレオノーラの方ですわ。 顔色が悪いですわよ」
「い、いえ…なんでもありません。 少し目眩がしただけです」
エレオノーラの中で、ガラガラと常識が一つ、また一つ壊れ続けていた。




