崩れる常識、つながる想い(2)
村の中に入ると、さらなる驚きがエレオノーラの頭を混乱させた。
村人達の顔色がすごくいいのだ。
それ自体は良いことなのだが、冬の農村特有の飢えと寒さに耐えるような暗い表情もなければ、明らかに肌艶も毛質もツルンとしている。
少し馬車を走らせると村の中心部に行き着く。
この時点で活気に満ちた市場や露店の立ち並ぶ大通りに目が丸くなるが、それ以上にもうもうと湯気を立ちのぼらせる他より目立つ建物が目を引いた。
「あれが噂の『若返りの湯』とされている共同浴場か…
ん? あの建物、継ぎ目がない? まるで元より繋がっているかのような…
煉瓦造り?木造?どのような工法が使われているのだろうか…」
エレオノーラが目を細めて建物を観察していると、馬車の前方を奇妙、そして珍妙な集団が横切って行った。
「…は?」
それは、ザ・平民という質素な冬服を着た、農村でも王都でも、どこにだっているような1人の少年だった。
だが、その頭の上には明らかにビッグサイズな蜂の魔物が乗っている。
さらに少年の後ろには、通常の種類とは見るからに違うコッコが一列に並んで歩いていた。
『「 コケっ! 」』
鶏の魔物であるコッコ達はすれ違う村人達に対して右の翼を額に当てる『敬礼』の動作をしているではないか。
そして道ゆく者達も「おぉ、カラアゲ部隊も精が出るねぇ」とさぞ当然かのように挨拶を返し、少年とも軽く挨拶をしている。
「どういうことだ、あのヘンテコ集団は…テイマー…なのか?」
エレオノーラの常識が1つ瓦解した。 魔物が人里を歩き回り、村人もそれを恐れるどころか親しげに接している。
おかしいのは自分なのだろうか?と。
『マスター…メープル、サムイ』
「あははは、この中入ってていいよ。今日はお風呂入ろうね」
微かに聞こえてきた会話。
腹話術ではない、蜂の魔物が単語とはいえ言葉を喋った。
魔物を使役するテイマーの類は王都にもいるが、言葉を介して直接コミュニケーションを取れる魔物など、聞いたことがなかった。
(あの少年…どこかで…)
エレオノーラの脳裏に秋のシュトニックでの防衛戦後の光景がフラッシュバックする。
あの時、シルバスの長男におんぶされて眠っていた顔…
「…いや、今は後だ。」
エレオノーラは首を振り視線を馬車の中に戻した。
馬車の座席には厚手の毛布に身を包まれ、弱々しい呼吸で眠る少女がいる。
彼女の右頬から首筋、左腕にかけて、不気味に鈍く光を反射する、まさに漆黒の色がマダラ状に彼女の体を染め、蝕んでいた。
これが彼女の命を脅かしている魔石化の奇病だ。 王都からの馬車に衝撃吸収の魔法など上位クラスの魔法を幾重にも重ね、どうにかここまで運んできた。
(シルバス……頼みの綱はお前だけだ。 どうかお前の知る奇跡で、ルネッタ殿下を…)
馬車はやがて、目的地であるベンドリック家の領主邸に到着した。
エレオノーラが馬車を降りると、そこには以前訪れた時と変わらぬ領主邸があった。
……いや、訂正。 領主邸の隣の様子がおかしい。
「どういうことだ、あれは…」
領主邸の隣に、小さい割に異様に立派な木造小屋が立っている。
小屋の正面には畑があり、小屋と一緒に半透明の結界のようなもので覆われている。
さらに、隣には小屋より広い鶏舎と、何やら蜂の巣箱と思わしき縦長の木箱が完備されている。
さらに異様なのが畑の中で動いている『何か』だ。
猿のような小さくて茶色い…ゴーレムだろうか。
ウホッ『♪』
井戸のポンプを引いてはジョウロに水を溜め、畑の中を横移動しながら器用に水やりをしていた。
(精巧なゴーレム…だが、刻まれた動きにしてはかなり複雑な動きをしている…まさか自立思考型か?)
エレオノーラがその異様さに目を奪われていると、ギィっと木造小屋のドアが開いた。
「ふぁ~~、夜行性には眩しい太陽である。 お主は調子良さそうであるな、サルキチよ」
『♫』
やる気のない目をした少女が水やりをしている人形に話しかける。
その瞬間、エレオノーラの全身の毛が逆立った。
「主はどこに行っているのであるか? 今日には新刊を錬成すると言っておったが気配がないのである。」
『?』
「ふむ…主め、サルキチに行き先くらい伝えて行けばよかろうに。」
少女から漏れ出る圧倒的な強者のオーラ、よく見れば頭部から生えた2本のツノ。
歴戦の騎士であるエレオノーラの本能が人間ではない脅威として警鐘を鳴らしていた。
もし、この正体不明の化け物がシルバス達に危害を加えているとしたら…
「まぁよかろう、主が戻ったら教えるのだ。」
『!』
チャキ…!
最悪の想定をしてしまったエレオノーラは無意識のうちに腰の剣を引き抜いていた。
「……おい、貴様…何者だ」
殺気を込めた低い声
その声に反応した角の少女ーーイリスは眠たげな目をエレオノーラに向けた。
「んん? なんじゃ、人間。 朝っぱらから物騒なご挨拶であるが」
「質問を質問で返すな!」
イリスの問いに答える間も与えず、エレオノーラが飛び込む。
パチンっ
イリスが軽く指を弾く。 するとエレオノーラの目の前にガラスのような無色透明な壁が現れ、彼女の一振りを完全に封じ込めた。
「なっ……! 無詠唱で結界だと!?」
「ほぉ、炎の剣士であるか。 だが我の楽園を傷付けさせはせぬ。」
結界を蹴り、距離を取るエレオノーラ。
一触即発の臨戦態勢。 エレオノーラの頭は本来の目的を覚えていられないほど、視線の先にいる化け物との対峙に集中していた。
「おいおい朝から騒がしいなお前ら、何をやって…! エレン!?」
戦場の空気を割って入ったのは、母屋から飛び出してきたシルバスだった。
「シルバス…! 無事だったか…待っていろ、この化け物は私が…!」
「待て待て待て! そのドラゴンはウチの居候だ! 斬りかからんでいい!」
「いそうろう…? ど、ドラゴンだと!?」
剣を構えたまま固まるエレオノーラ。
「イリス、オレの友人がすまんな。 ちゃんと言って聞かせるから、ここはオレの顔に免じて許してやってくれ。」
「ふむ…まぁよかろう。 今回は被害が出ておらぬ故、厳重注意としておくのである。」
パリィン、と音を立てて結界が割れ、消滅する。
「あぁ。 十分だ。」
無詠唱で高度な結界を張った、ドラゴンだと言う少女はあくび混じりにドアの向こうへと入って行った。
「まぁ、なんだ。 元気そうでなによりだなエレン」
「シルバス…貴様に話がある」
「だろうな。 とりあえず中に入れ、説明…しきれるか分からんが茶くらいは出す。」
気まずそうな顔で笑う戦友の姿を見て、エレオノーラは剣をカチャリと鞘に納める
どうやらこの村は、自分の想像を遥かに超える『魔境』にでもなった、そうとしか考えられず、促されるままに馬車の少女と共に領主邸に入っていくことしかできなかった。
「あ、この馬車、父さんのお客さんだったんだ。」
ことの発端が1人の子供だということに気づく余裕もないままに。




