崩れる常識、つながる想い(1)
雪の残るベジッタ村の朝は早い。
吐く息が白く染まる空気の中、村の市場や共同浴場がある中心地には活気に満ちあふれた声が響いていた。
「おはようございます、クロスエイド坊ちゃん! 今日も冷えますな!」
「おはようございます。 朝早くから雪かき、ありがとうございます」
「いえいえ! 朝の運動代わりにちょうど良いんで!」
朝の散歩がてら村を見回っていると、筋骨隆々の男たちが笑顔で挨拶をしてくる。
彼らは以前モルヴァイン家に仕えていた私兵たちだ。
最初は村の生活に馴染めるか少し心配だったが、それは完全な杞憂だった。ブロック式建築法で建てた温かい宿舎、一日の疲れを完全に癒やす大浴場、そして何より『絶品の飯』という最強の福利厚生が、彼らの胃袋と心を完全に掌握してしまったのだ。
「坊ちゃんが支給してくださったこの雪かき用のスコップ!軽いのに凍った雪にもザクザク入るんで最高に使いやすいですぜ!」
「この調子でいけば、午前中には主要な道は全部馬車が通れるようになるはずですよ」
「それはよかった。 終わったら宿舎に塩むすびと温かいお茶を差し入れしておくので休んでくださいね」
「やったぜ! 野郎ども! 朝飯が食いたきゃ気合い入れろぉ!」
『「 おう! 」』
彼らの作業スピードが目に見えて跳ね上がった。
「坊ちゃんは徒歩で村を回るんですかい?」
「えぇ、そうですけど」
「あの時の移動手段がせっかくあるでしょうに、どうしてわざわざ?」
「あの絨毯は緊急時用なので。 それに…」
そうだ…この人達は知らないんだ。
魔法の絨毯がこたつと共に黒竜をダメにしていると…
「皆さんとお話ししながら歩くのも好きなんで」
「そのお考え、領民としてありがたいですぜ」
「あ、そろそろ行かないと」
「お気をつけて!」
彼らは土木建築や農業といった力仕事、元よりの兵士のスキルを活かした村の巡回や訓練まで、嬉々としてこなしてくれている。
今はまだ決まった仕事が割り振られているわけではないが、そのうち自分に合った仕事に専念するようになるだろう。
「さて、次は…と」
彼らと別れて、村の外れに新設した宿舎の一棟に足を向ける。
「また洗濯物も取り込まずに研究してるなぁ」
粗末な生活感ダダ漏れの一室
『クロスエイド様直轄 技術研究室』と書かれた粗末な木札を掲げた部屋では兵士達と共にダンジョンで出会った調査団の調査員だった研究者達が、知的好奇心を満たすべく毎晩研究に没頭している。
「おはようございまーす」
「「「クロスエイド先生! お疲れ様です!」」」
部屋に入るなり、目の下にクマを作り、ボサボサの頭を気にも留めない研究員たちが机から飛び上がり、僕の元へ群がる。
「聞いてください! 例の魔晶石の出力テストですが、魔道具の動力源として驚異的な安定性を誇っています!
これを温室用の魔道具に使用すれば真冬でも夏の野菜が育てられるようになるはずです!」
「こちらも見てください~! 共同浴場から採取したスライム液の成分は先生の言っていた通り、油と保湿成分の他にも伸び縮み可能な新素材も作れるかもしれないことが判明しました~!」
「ちょっ、どいて! これも見てくれ先生! こないだ錬成してもらったミニロボ様のボディのサンプルを解析したら3層構造になっていて、真ん中の層にはとても興味深い素材が使われていることが分かった!
しかもこの素材、物質的には同量の鋼の10分の1程度の重さなのに、下手すれば鋼より強いんだ!
先生! この素材について心当たりがあったら何か教えてくれないか!」
とまぁ、彼らは完全に『未知の素材と技術』の虜となり、とてつもない熱を持って研究に当たってくれている。
王都で研究していただけあって、彼らの探究心と分析力は本物だ。
魔晶石は水晶が魔力を帯びて変化した物質だという見解や、スライムが出す液からさまざまな日用品を作れる可能性を見出している。
そして、ミニロボの機体の一部に使われている、地球でも最新素材として注目されている物質、『カーボンファイバー』の可能性に自力で辿り着いたのだ。
王都のエリートコースから外れたとはいえ新たな可能性をこの世界の論理で解明し、実用化に繋げられる彼らの存在は非常にありがたかった。
「引き続き、新素材の検証をお願いします。」
「「「 ハイっ! 」」」
「ただし! 今日は休んでください。」
「我々は全く無理などはしていません!」
「むしろ研究が正しく評価されているこの現状が嬉しいのです!」
「私たちはこの村の発展にこそ研究を捧げたいんだ!」
「さては、3人とも徹夜は今日だけの話ではありませんね」
「「「ギクっ!」」」
ハァ…
「あまり根を詰めて倒れないように、今日はお風呂に入って食事とったら休んでくださいね」
「「「 え~~っ 」」」
「え~~じゃない! 3人が倒れたら村のみんなが笑顔になる日もそれだけ遅れるんです。
それでもいいんですか?」
「そ、それを言われたら…ぐぅの音も出ませんな」
「休むのも研究のうちということか…」
「仕方ないので共同浴場で私たちの研究結果が役立っているところを見て休みますぅ~…」
未練タラタラな3人が渋々白衣を脱いだところを見届けてから研究室を後にする。
道すがら、朝の集会を終えたメープルが飛んできて僕の頭にちょこんと乗っかる。
『マスター…オハヨ』
「うん、おはようメープル。 今日も畑の管理と蜜集めよろしくね」
「コケ!」
「「「 コケ! 」」」
さらに朝のパトロールを終えたコッコ隊も合流し、僕の後ろを一列でコッケコッケと行進しながらついてくる。
すっかり見慣れた僕の日常だ。
だが、この日のベジッタ村には、この『異常な日常』に別の風を持ち込む来訪者が到着していた。
同時刻、ベジッタ村の門
王国第三騎士団の団長、エレオノーラは揺れる馬車の窓から外の景色を鋭い目で観察していた。
(間違いない。村を行き来する馬車が数年前に来た時より格段に増えている。)
数年前、彼女が訪れた際のベジッタ村はもっと寒々しく、ただの空気のいい農村という印象だった。
だが今はどうだ。
数年前は皮鎧を雑に着ただけであくびすらしていた門番はしっかりとした装備を身に纏い、馬車を止めては礼儀正しく、しかし隙のない検問を行っていた。
「身分証のご提示を」
「王都より参ったエレオノーラ・バーンハルトだ。領主のシルバスに面会を願いたい。」
「エレオノーラ・バーンハルト殿…って第三騎士団の団長の!?
紅蓮の騎士、エレオノーラ様でしょうか!」
「ま、まぁ…そんなところだ」
「し、失礼いたしました! そのような方が来られるとは伺っておらず!」
「問題ない。 正式な公務で来ている訳ではないからアポも取っていないのだが、シルバスに会いに行っても構わないだろうか」
「はっ! どうぞお通りください!」
エレオノーラに身分証を返すと、門番はビシッと背筋を伸ばして敬礼をした。
「あ、それと…握手してもらってもいいでしょうか」
「あぁ、それくらいなら喜んで」
「ここだけの話ですが…領主様は午後から我ら兵士の稽古となっておりますので、午前中に仕事を片付けるようフローラ様に言いつけられているそうです。
領主邸に向かえば必ず会えると思いますよ。」
「ふ…相変わらずだな。 有益な情報、感謝する。」
そう言いながら軽く会釈し、馬車へ踵を返す途中でふと思い出し、もう一度門番に向く。
「すまない。 差し支えなければ最後に一つ」
「なんでしょう?」
「君は、この村の出身か?」
「いいえ。 モルヴァイン領の出身です。 ちょっと前職でいろいろありまして、この村に移住することになったんですよ。今はこの村のために働くことをとても誇らしく思っています」
(つまりモルヴァイン家の元兵士…この短期間でもう村に馴染んでいるということか)
「業務外のことを聞いてすまなかった。 失礼」
「いえ、ごゆっくり。」門番に見送られ、馬車で村に入っていく。
「あ、マズイ! 坊ちゃんのこと伝えるの忘れてた!
この村で坊ちゃんと愉快な仲間たちに手を出したら必ず痛い目に遭うって…
まぁ騎士団長だし、領主様と旧知の仲なら向こうで話の一つするか…」




