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王都、王城最奥ーー国王執務室。
夜も更けた時刻、重厚な執務机を挟んで、二人の人物が対峙していた。
一人は、この国の頂点に立つ国王、ヘリオス・グランディア。
もう一人は、王国騎士団長、エレオノーラ。
部屋の空気は、暖炉の火が燃えているにも関わらず、氷のように冷え切っていた。
ヘリオスが放つ、歴戦の覇気が空気を震わせているのだ。
「……エレオノーラよ」
ヘリオスが、机の上に積まれた数枚の羊皮紙を指先で弾く。
「この報告書の束、どう見る?」
エレオノーラは直立不動のまま、視線を落とす。
そこには、辺境の地『ベジッタ村』に関する不可解な情報の数々が記されていた。
・モルヴァイン家の私兵団が集団離反し、ベジッタ村へ移動中。
・飢饉により壊滅的被害を受けたはずが、わずか数ヶ月でV字回復。周辺の村への食糧支援を確認。
・隣町の商人たちの間で『若返りの秘湯』なる噂が流行。
・周辺地域で稀に出没するという、正体不明の『小さな白い魔物』の噂。
「……辺境の地が活気づくのは、国にとっても良きことかと」
「ほう、良きことか。……しらばっくれるでないわ」
ドサッ。
ヘリオスが、別の一枚の報告書を投げ出す。
それは昨年の秋、シュトニックの防衛戦に関する報告書だった。
「この時の報告で、貴様はこう記しておる。『偶然居合わせた民間人の協力により、回復薬の補給を受け戦線を維持した』とな」
「……事実です」
「だが、肝心なことが抜けておる。その民間人の『名』だ」
ヘリオスの眼光が鋭さを増す。
「あの現場にはシルバスとフローラが居たそうだな? 貴様の同期であり、かつてワシの右腕だった男、そして宰相候補筆頭と目されておった秀才が」
エレオノーラのこめかみに、冷や汗が伝う。
彼女の脳裏に浮かぶのは、あの激戦の記憶。
傷ついた兵士たちを救った、大量の高品質の回復薬。
そして、背中合わせで戦ったかつての戦友シルバスと、“味方なら”誰より心強い天敵フローラ。
それだけではない。
別働隊の兵士たちが口にした奇妙な噂ーー『白い小さな何か』が光線を放ち、魔物を殲滅したという話。
あの時、シルバスたちは自分と共にいた。ならば、その『白い何か』を操っていたのは……。
あの坊やなのかもしれない。
(もし、その力の源泉があの子供たちだと知られれば、国は彼らを兵器として利用するかもしれない)
恩を仇で返すわけにはいかない。それが、命を救われた者の義理だ。
「……陛下。あの場において、シルバスは一人の民間人として剣を振るいました。
彼らの静かな暮らしを守るため、あえて名は伏せました。……それ以上の他意はありません」
エレオノーラは腹を括り、王の目を真っ直ぐに見つめ返した。
凛とした男勝りな口調。嘘偽りのない瞳。
数秒の沈黙。
張り詰めた空気が、部屋を支配する。
バンッ!!
突然、ヘリオスが机を叩いた。
「ガハハハハハハ!!」
先ほどまでの威圧感が嘘のように、豪快な笑い声が執務室に響き渡る。
「よそう! その強情な目、昔のままだ! やはりシルバス絡みか!」
「へ……?」
「シルバスとフローラ、それに貴様が揃ったのだ。さぞかし派手な戦場だったろうな!」
ヘリオスは腹を抱え、涙を拭いながら笑う。
「安心せい。ワシとて、友を売るような真似はせん。
だがな、エレオノーラ。ワシが気になっているのは『腕』だ」
「腕、ですか?」
「あやつの右腕は、十年前、ワシを暗殺者の刃から庇って動かなくなった。……本来なら、剣士としての命はそこで終わっていたはずだ」
ヘリオスの表情が、懐かしむような、そして悔いるようなものに変わる。
彼がシルバスに男爵位を与え、辺境へ送ったのは、厄介払いではない。
不自由な体でも、あの男なら不毛の地を開拓し、静かな余生を送れると信じたからだ。
それは、国王なりの贖罪でもあった。
「だが、今回のスタンピードの報告には『一騎当千の活躍』とあった。
……治したのか。あの後遺症を」
「……ハッ。かつての全盛期と変わらぬ鋭い剣筋でした。……いや、あの剣の威力、全盛期以上かもしれません」
「……そうか。やはり、あの村にはあるのだな。『常識外の何か』が」
王は椅子に深くもたれかかり、天井を仰いだ。
「エレオノーラよ。ちょっくら村へ行ってこい」
「はっ。……して、名目は?」
「表向きは『元モルヴァイン兵の監視』および『村の視察』だ。
だがまぁ、本音は…『シルバスの顔を見て、久々に同期で酒でも飲んでこい』ってところだ」
「陛下……」
「積もる話もあるだろう? あやつとは昔から犬猿の仲だったが、今はどうだ? 村がどう発展したのか、その秘訣を喧嘩ついでに聞いてくるがいい」
粋な計らいに、エレオノーラは安堵の息を吐く。
だが、王の言葉には続きがあった。
「それとな……ついでに、ルネッタを連れて行け」
その名を聞いた瞬間、エレオノーラの表情が凍りついた。
「なっ……!? 殿下を、ですか!? 正気ですか陛下!
あの方のお体はもう、王都から動かせる状態では……!」
「王都のあらゆる名医、魔導師がサジを投げた。
原因不明の『魔石化の奇病』……体が黒い石のように固まり、やがては心臓まで届く奇病」
ヘリオスは苦渋の表情で、拳を握りしめる。
ルネッタ・グランディア。
ヘリオスにとって目に入れても痛くない、最愛の孫娘。
シルバスの長男と同じ12歳の少女は今、ベッドの上で動けなくなっている。
「だが、シルバスは復活した。
理由は分からんが、かつてワシを守って傷ついたあの腕が、完治していたのだ。
ならば……あの村になら、ルネッタを救う可能性があるのではないか?」
「……!」
「これは賭けだ。エレオノーラ。
シルバス……そして、その家族が起こす奇跡にな」
王の言葉に、エレオノーラは息を呑んだ。
王は気づいている。
シルバス一人ではない。その背後にいる「誰か」の存在に、薄々勘付いているのだ。
それでも王は、その正体を暴くことよりも、孫娘の命を救うことに賭けた。
(ルネッタ様が……また笑える日が来るのなら……)
エレオノーラは姿勢を正し、胸に拳を当てた。
騎士としてではなく、一人の友として、そして臣下として。
「御意! 必ずや、希望を持ち帰ります!」
王都の夜が明ければ、運命の歯車が回り出す。
雪深きベジッタ村へ、新たな嵐が向かおうとしていた。




