凍える村に温もりを(1)
激動の秋を超え、ベジッタ村に冬がやってきた。
一寸先も見えないほどの雪が空を舞い、ときどき吹雪いては家の壁を叩きつけるような唸り声を上げている。
村全体が雪化粧となり、家も畑も白く染まっていた。
「うぅ…寒ぅぅ…」
暖炉のある居間に、情けない声を出しながらシルバスが入る。
「おかえり、どうだった?」
「道が全く見えん。こりゃあ明日は村総出で雪かきだな」
「ふ~ん、頑張ってね」
「お前もやるんだよっ」
「え~?」
「え~じゃない。ほら、どけどけっ」
「やだよ、ここはボクの席だよ」
すでに暖炉の前を陣取っているアルフレッドとシルバスによる、あまりにも低レベルな場所取り合戦が始まる。
「このっ」
「力づくで押し出すのは反則だよ!」
この光景を見た者は、誰もこの親子が貴族だとは思わないだろう。
「そういえばクロス達はどうした?」
「“離れ”だよ。ランプとか魔道コンロとか作ってるみたい。
あ~あ、父さんがもっと仕事してくれれば、母さんの仕事の手伝いをせずに離れで過ごせたのになぁ~」
「仕方ないだろ。こないだのダンジョンの一件で、モルヴァイン家の元兵士達がこぞって村に移り住んで来ることが決まったんだからな。
オレだってこの寒空の中、新たな区画予定地の下見と材木の確保にって、こき使われているんだぞ。
お前も少しは働けっ」
「でも、わざわざ本家でやらなくたっていいじゃないか……
離れでも書類仕事はできるし、何より……」
アルフレッドは羨ましそうな目で離れの方を見る。
「快適なのに……」
「向こうにフローラが行ったら仕事にならん。諦めろ」
一方、そんな父達をよそに、作業小屋兼イリスの住処となっている離れはというと…
「あったけぇ~…」
「もう出れないよぉ~」
「ふあぁ…我の楽園はここにあったのである~…」
イリスの本棚が並ぶ一角のど真ん中に鎮座するのは、僕が錬金術と器用スキルを結集して作り上げた人類最強の堕落兵器
そう、コタツである。
僕とソラ姉、キッド兄はそれぞれの方向から足を突っ込み、イリスは首から下の全てを入れ、完全に『コタツムリ』と化していた。
「コタツにはみかんをお供にしたいところですが、今は冬。
柑橘系を育てられないのが惜しいところです…」
「ん…主よ、そっちの棚から『勇者戦記3巻』を取るのである」
「自分で取りなよ、ちょっと出たら届くでしょ」
「イヤじゃ。 我は指一本たりとも、おコタの外には出ぬと決めたのである。」
「ドラゴンが寒さに弱すぎるでしょ…」
「ふむ…仕方あるまい。」
イリスは器用にも尻尾を布団から少し出し、魔力による念動力で本をふわりと引き寄せ、ページすら念動力でめくりながら読み耽っている。
完全にダメドラゴン…いや、堕ラゴンだ。尊厳も威厳もかけらすら残っていない。
「なぁイリス、そんだけ入り込んでたらトイレ行く時どうすんだ?」
「ま、まさかここでするなんて言わないわよね」
「兄君、姉君よ、我は本を愛するドラゴンぞ? 聖域で粗相をするはずがなかろう。
ある程度は我慢して、あとはこうすればよい。ほれ、出番じゃ」
そういうと、コタツが僕たちと一緒に浮き始める。
「うわぁ!なんだ?」
「浮いてる! イリスちゃんの力すご~い!」
「イリス…魔法の絨毯使ってまで楽をしようとするなよ…!」
「せっかくあるのだ、使わずにしまっておくほうが無駄というものであろう。
どうせ主もこの寒空の中、移動するほどの用事は無かろう?」
「確かにそうだけど…」
この空間を完全に支配した堕ラゴンに呆れながらも、コタツの魔力に負けて少しだけ体を入れる。
確かに温かい。 けれど、これはこれだがまだ物足りない。
(そういえば…)
頭に浮かぶのは前世の記憶。
湯気の立ち上る湯船、最初は熱いが肩まで浸かった時の魂が包み込まれる感覚
日本人の心、魂の洗濯。
「イリス、ちょっと相談があるんだけど」
「ん~? 我は今、溶けておるのだ…用件はまた後日…」
「ふぅ~ん、体の芯と心から温まる方法に興味はないんだぁ」
「まずは話すがよい。」
翌朝、僕は母さんの仕事部屋のドアを叩いた
「母さん、相談があります。」
「クロス? 珍しいわね、入りなさい」
部屋に入ると、母さんはいつも通り書類の山と格闘していた。
部屋の片隅で燃えている火鉢もあるけど、部屋を暖めるには全く熱量が足りていない。
「今度は何を作りたいのかしら? また常識をぶち壊す兵器とかじゃないでしょうね」
「兵器ではなく村のための施設です。 ただ常識を壊すことについては否定しませんが」
僕のもったいぶり方に感ずるものがあったようで、ペンを置き、メガネをクイッ。
「詳しく聞きましょう。」
ベンドリックの血がビクッと反応するが、どうにか気を持ち直し少し大きめの紙を一枚渡す
「これは…」
「この村に『お風呂』を…共同浴場を導入したいんです」
「…なるほど。 言いたいことは分かったわ…でも難しいわね」
「どうしてですか!? 今年の冬は厳しく、すでに村の人たちも苦しんでいます!
お風呂があれば体を芯から温め、清潔に保つことで病気の予防もできますし、1日の心と体の疲れをリセットすることができます!」
僕の必死のプレゼンを静かに聞く母さんだが、首を縦に振らない。
「でも、このままでは賛成はできないわ。」
「だから、どうしてですか!」
「お風呂というのは貴族の贅沢品と言われるほど、莫大な建造費や維持費、薪などの燃料費がかかるの。
燃料費だけでどれだけかかるか分からないし、排水を垂れ流すのは衛生的に悪いわ。」
痛いところをついてくる。 さすがは『鈴蘭の交渉人』だ。
だが、僕の表情に一切の曇りはない。
「裏を見てください。ちゃんと考えてあります」
「うん…色々書いてあるけど、読める言語で書いてくれないと」
「あ、やべ…」
「アルフレッドが学園に入学するまでに文字の勉強が必要ね。
まぁいいわ、口頭で聞きましょう」
「はい。 コストに関しては僕の錬金術を惜しみなく使って作業を簡略化し、僕の仲間たちの能力を活かしてマンパワーで足りないところを補います。
湯の温度管理は専用の魔道具で行います。 魔石の熱を水中ファンで循環させますので、薪の費用はかかりませんし、僕がいる限り維持費も最低限で済むはずです。」
僕の口から次々へと出てくるありえない解決策に、思わず母さんも渡した図面の絵をかじりつくように見返す。
「お湯に使う水の確保は離れに設置してるのと同じ魔道ポンプと水の魔石のハイブリッド式とし、地下に浄化槽を設置します」
「浄化槽?」
「イリスに教えてもらったんです。 使った湯をそのまま捨てるのは環境に悪いからって。」
ゴホンっ
「『水の浄化には古くからスライムを使うのが常識であるな。 何匹か入れて放っておけば丸一日で浄化できよう。 それを川に流すなり再利用するなりは好きにすればよい。』って
おばあちゃんの知恵袋ならぬ長命種の知恵袋です。」
「スライムにそんな活用法が…確かに理にかなっているけれど…」
母さんはまだ渋っている様子を見せる…が、僕たち家族は知っている。
机の下で冷え切った足先を包んだ毛布の中で必死にすり合わせていることを。
上着の下にはめっちゃ着込んでいることを。
母さんが揺れている間に、最後の切り札を切る。
「まずはテストとして、離れの空いてるスペースに一つ作りたいです。
今日のうちに完成すれば、夕方には温かいお湯に浸かれるようになります。
効果は身をもって感じてもらえるかと。」
母さんの中で私情の悪魔が使命の天使をジワリジワリと追い込んでいくのが目に見えて分かった。
「て、テストよ。 あくまで実用に向けたテストだから」
「はい! ありがとうございます!」
許可さえとってしまえばこっちのもの。
早速、僕たちは離れの魔改造を開始した。




