小さい部隊の大無双(5)
「外に出たみたいですね」
「あぁ。 しばらくダンジョンは御免だな」
ダンジョンの入り口は完全に消滅した。
イリスが住処としていた洞窟は人が入るほどの窪みすらなくなり、完全に岩肌と化していた。
「領主様方、ご無事でしたか!」
「あんたらも無事脱出できたみたいだな」
「おかげさまで。 調査団17名、兵士15名、総勢32名、1人の犠牲もなく生還いたしました。」
「なんか減ったな…村で見た時40人はいたのに…」
「えぇそれは…バルド殿を連行したために取り巻きは早々に去り、それぞれの理由でバルド殿やモルヴァイン家の私兵を辞した兵士たちの一部も次の職探しのために抜けまして…。
今残ってくれている兵士も大半はこの仕事を全うすれば、ほとんどが辞めるつもりだと…」
「そりゃあんなのに仕えてたら命がいくつあっても足らんわな」
「あの…貴重な食料を提供していただき、危機を救っていただいておきながら、ちゃんとお礼もできていない内に重ね重ねのご相談で申し訳ないのですが…」
「はぁ…王都に帰るまでに希望者を募っておけ。 働く気があるなら住むところと食べるものは何とかする。」
「ありがとうございますぅぅっ!!」
父さんの気まずそうな視線が僕に向く。
もちろん少なからず帰ってから忙しくなるのは僕なのは明白。
でもきっと大丈夫。 彼らは悪い人たちじゃない、あの窮地に追い込まれても周りのために動けるだけの人間性を持っている。
それだけで充分だと僕は思ったから、父さんに微笑んで頷き返した。
『「「 やったぁあーー 」」』
野太い声が天高くこだまする。
一方で涙を流して本の山を撫でている存在が1人
「おぉ…本たちよ、よくぞ無事で…
これからも我が1ページ1ページ大切に読んでやるから安心するがよい」
魔法の絨毯に積み込んだ本、一冊一冊に声をかける女性…もとい人型形態のイリスだ。
身にまとうマントと服は擦り切れ、裾は裂け、縫い目もほつれて今にも裂けてしまいそうなほど。
ただ、年の頃は十代半ばほどの、小柄で細身の少女の姿をしていた。
藍色ーー夜色の長い髪に、頭から小さな角がちょこんと覗いている。
少し眠たげな黄金色の瞳と角さえ"見なければ"、この少女がダンジョンの奥にいた“ドラゴン”だとは、すぐには信じがたいだろう。
「領主様、あの少女は…?」
「あぁ、あれは…」
「ダンジョンの隠し部屋で囚われていたので保護しました。
どうやら身寄りがないそうなので、ベンドリック家で引き取ります。
問題ないですよね?」
「ですが、あのコブ…いやあの角はもしや、ドラっ…!」
ドラゴンの単語が出る前に父さんの手で塞がれる。
「あんま騒ぐな。 あいつも巻き込まれた被害者だ。
本が好きなだけの無害なやつを害する道理は国王から命を受けた調査団にもないだろ」
それだけ言い聞かせて手を離す。
「わ、分かりました。 あの少女は見なかったことにします。
それから、お二人とお仲間のことは報告書に書かないようにしようかと」
「そうしてくれ。 オレとコイツは村に被害が出そうな魔物を必要に応じて倒しただけだからな。それと」
父さんは調査団の代表になにやら耳打ちする。
「クロスを敵に回すとマジでヤバいから気をつけろ。」
「で…ですな…」
「オレたちは先に帰る。 そっちは荷物の整理だとかシュトニックで終わった後の手続きでもするんだろ」
「ご配慮、感謝します。」
兵士たちと調査団たちが一斉に僕の元へ集まってくる。
「本当に感謝してもしきれません!」
「君のおかげで全員生きて帰れるよ!」
「村に着いたら改めて世話になります!」
「皆さん、家に帰るまでが調査です。 王都まで気をつけて帰ってくださいね」
『「「 ハイっ! 」」』
短い別れの言葉を残し、僕たちは別れた。
「主よ、落とすでないぞ。 これは我の命より大切なものなのだ」
「分かってるって…ほら、狭いんだから座って」
「うむ。」
「っていうかイリスは自力で飛べるでしょ、ドラゴンなんだから…」
「うわぁぁぁ! 落ちる! 落ちるぅぅ!」
「父さんもうるさいなぁ…」
ベジッタ村への道中、いや空中は、いつになく騒がしかった。
村に降り立つと、真っ先にアルフ兄、ソラ姉、キッド兄が駆けてきた。
遅れて母さんもやってくる。
「クロス!」
「おかえり!」
「無事だったか!?」
「ただいま。 みんな無事です」
「もうっ! 心配したんだからねっ!」
「でもクロスなら大丈夫だって信じてたぜ!」
「あははは…ご心配をおかけしました」
「父君よ、その方らは主の兄君と姉君であるか」
「あぁ。 左からアルフレッド、ソラ、キッド。で、その隣がフローラ、オレのカミさんだ」
「クロス、そちらの人は…」
「「 だ~れ? 」」
兄姉たちの目線からすれば大量の本を持って帰ってきているだけでも異様だが、その本を愛でている角の生えた少女の存在はアルフ兄たちにとって未知との遭遇であった。
「我の名はイリス。 今日よりこの村で世話になるゆえ、母君、兄君、姉君、よろしくなのである」
「もしかして、ドラゴン…?」
「「ドラゴン!?」」
「あなた、クロスエイドちょっといらっしゃい。詳しく聞かせてもらいましょうか
1から200くらいまでねぇ!」
「あ、はい…」「こうなると思ってました…」
2人でどうにか説明中…
しばらくお待ちください…
「なるほどね~。害意がないなら討伐する義理もないし、クロスの従魔になっちゃった以上、見捨てる訳にもいかない。
でもウチだってそこまで余裕があるわけでもーー」
「であれば、母君よ」
イリスが魔法の絨毯からよっこらせっと降り、ボロマントのどこかから黒く輝く丸みを帯びた板を取り出し、母さんに手渡す。
「我の鱗だ。 売れば我の生活費くらいにはなるであろう。
人間の言葉で言うならば…家賃とかいうやつの代わりだな」
母さんの表情がカチン!と固まり、冷や汗がダラリダラダラ…
「…面倒みましょう。 どのみち行くあてもないのよね」
「よろしくなのである!」
その日のうちに家族会議が行われ、ベンドリック家にもう空き部屋がないことから、イリスは家の隣、作業小屋に居候する運びとなった。
イリスは自分の荷物ーー山のような本を満足そうに抱えて早速引っ越しを開始した。
「ここが我の巣であるか! 外見以上に広いであるな!」
「アイテム袋の容量増加を応用して広げたんだよ。
縦横高さで増えたから、持て余す高さは階層に区切って有効活用できるようにしてある。」
「ほうほう! では遠慮なく住まわせてもらうのである!」
そう言って、間仕切り代わりに本棚を並べ始める。
「こっちが我のスペースなのである。 立ち入りは禁じぬがノックはするである。」
「あ、はい…でも、ノックするドアがないけど」
「それを作るのは主人の得意分野であろう。 今はひとまず本棚のこの辺でもノックするがよい。」
それから数日。
イリスは完全に小屋の片隅に根を下ろした。
パンやサンドイッチを抱えて本を読み
「…ふむ。ここで勇者は仲間を信じ、あえて大群を任せて先にいく。
なるほど、この作者…なかなかに分かっておるな」
時々ソラ姉とキッド兄に読み聞かせをし、
「ーーこうして勇者は魔王軍の脅威を退け、民を救ったのであった」
「ウォーー! 聖なる魔法をあんな風に使うか! すげぇな勇者!」
「うんうん…でも、この時の王女様の気持ち、ちょっと切ないね」
アルフ兄と本の内容で盛り上がり
「この戦術、前に見た歴史書と似てる気がする。 実際にあった戦争を元にしてるのかな」
「ほう…実に興味深い。やはり人間の歴史も物語の宝庫よな
次はそなたが話も聞かせよ。 この本の中の好きな話でも良いぞ」
母さんには何やら怪しげな布教活動をしているらしい…
「…待って。 つまりこの2人は、互いのことを想って身を引いたの?」
「うむ。尊い自己犠牲の精神とすれ違いの美である。
母君の好みであれば、読めば読むほど胸が締め付けられるだけでなく、無意識のうちに引き込まれていくであろうよ。」
従魔たちや父さんとの関係も良好である。
ただし…
「あのなぁイリス…戦闘訓練だって言ったのによぉ」
「なんじゃ」
「本を読みながら結界張ってたんじゃ訓練にならんだろ!」
「ドラゴンである我も」
モグモグ
「痛いものは痛い。防御も攻撃の内というものであろう」
ちょっとズルいというクレームも入ってきているけど、これはこれでありだよね。
そんな光景を見て、作業小屋の一角で手持ちの魔導ランプを組み立てながら、僕は笑った。
「…賑やかになりましたねぇ」




