125話
子供たちの受け渡し日。
柄にもなく少しソワソワと緊張している。
何度目かの部屋が汚れていないか確認をする。
部屋を行ったり来たりと入念に確認する。
わらび餅が「せわしないなー」とごもっともな言葉を掛けられる。
んーダメだな。動いていないと落ち着けない。
気持ちを切り替える意味も込めて一息入れよう。
ボスからから頂いたお茶を入れて心の安定をはかる。
紅茶のようなフルーティな香りが鼻腔をくすぐる。
良い茶葉だ。
うん。良い。
少し和んだ。
「お前も人間だったんだなー。それともそういうアピールかー?」
うるさいな。
子供を預かるというのはそれだけで責任が重くのしかかるのだ。
それにアレ位の年齢の子は、この時期に何をしたかが一生に関わってしまう。
とても、とても重い。
その時、コンコンと扉がノックされる。
おっと来たようだ。
素早く片付けて、部屋へと招く。
アゥリスと子供たちが入ってくる。
見た目は当初よりも良くなっている。肌艶と毛並みがよさげだ。
目の光も以前よりもある様に見える。
悪いようにはされていないようで少し安心した。
アゥリスと軽い挨拶をして自己紹介が始まった。
「ベッマです」
一番獣っぽい子だ。少し臆病なのが見て取れる。4人の中では背も一番小さい。特徴から見て恐らくクマと思われる。
「モッルです」
人よりの見た目。腕と足がモフモフである。この中では声に元気があっていい。尻尾からサルと思われる。
「ホッマです」
この子が一番人よりの見た目。声からして知的な感じがする。耳と尻尾からしてたぶん馬だろうか。
「ラッギです」
紅一点。唯一の女の子。特徴的な耳をしている。ウサギかな。ただ、他の子と比べて少し異質さを感じる。多分この子が一番危うい。
それにしても似たような名前だ。
覚えていられるか自信は無いが、ここで覚えなければ信頼関係は生まれない。
頑張れ、と未来の自分とエールを送る。
さて、次はこちらの自己紹介の番である。
「シヒロです。よろしくね」
子供に合わせて簡潔に名前だけ。
最低限の覚えて欲しいことだけ伝える。余計な情報はいれない。
握手を求めて手を伸ばす。
ここまで警戒されていると握手は厳しいかとも思ったが全員が小さな手で握り返してくれた。
意外である。心の距離は思っていたよりも近いのかもしれない。
しかし、握手が終わるとアゥリスの後ろに隠れたまま目を逸らして震えている。
そんな事は無いのかもしれない。
その後、アゥリスと引継ぎの話をして引き渡しが完了した。
このままアゥリスとはお別れだと思ったが、マッサージの予約の確認や現状何か変わりが無いかなどの事務的な話から他愛のない雑談とかもして思っていたよりも長く話していた。
最後の別れ際に少し名残惜しそうにアゥリスが割と印象的なほどである。
変われば変わるものだ。
最初に会った時は殺さんばかりの勢いだったからな。
少し感慨深くなる。
さて、と見送りが終わって部屋へと戻る。
まぁ分かってはいたが警戒は解けていない。
見えない壁があるかのように一定の距離から近づいてこようとはしない。
一歩近づくと二歩下がるといった感じだ。
最初の印象が最悪に近かったのだこれは仕方ない事だが。
「ほっほー、愛い奴だなー。私のとこの住人にしてやろうかー」
ただ何故かわらび餅には警戒が薄いのか後ろに隠れている。
見た目的に年齢が近いからかもしれない。
わらび餅も子供に頼られてまんざらでもなさそうだ。
ふむ、わらび餅と協力すれば警戒心を解くのは難しくないかもしれない。
当初は絶望的かと思っていたが予想よりも可能性を感じた。
チラリと視線をあわすと、サッと視線を避けれれる。
光明はある。たぶん。
1日目。
子供たちは部屋の隅っこで固まっている。デカい団子のようになっている。
隠れる所が無くてストレスが凄そうだ。
これは予想すべきだった。こちらの落ち度だ。
目隠しのカーテンがすぐにでも用意しなくては。
用意が出来るまでの一時的な対処として、こちらから可能な限り目が合わないように背中を向けてあまり部屋には入らない事を心掛ける。
トイレの場所など必要な事はわらび餅経由で伝える。
初日から躓いてしまったが、素早く対応は出来たと思う。
まぁ、最初から上手くはいかないよね。
申しわけなさが胸に突き刺さる。
ただ、用意したご飯はちゃんと食べてくれた。
食欲が湧く状況じゃないのは分かっていたので食べやすく消化に良いモノにした事が良かったのかもれない。
手を付けない事も覚悟していたが全員残さず食べてくれたようだ。
ホッと一安心。
今日一番の朗報である。
こちらの予想よりも強い子たちなのかもしれない。
よしよし。
2日目。
カーテンはなかったが、仕切りがあったので持ち込んだ。
4人全員がその仕切りの中に隠れる。
多少の緊張が緩和されたように思える。
今日はその仕切りから出て来ることはなかったが、仕切りの中で動いている音がしている。
わらび餅曰く、体を伸ばせて寝ているようだ。
よしよし成功である。
やっぱりこういったモノは必要だな。
5日目。
背中を向けているとき限定だが、仕切りから顔を出してこちらを観察するようになってきた。
わらび餅が言うには、こちらが部屋にいないときは部屋の中を動いている事もあるそうだ。
まだ会話には至れていないが大分前進している。
予想よりも早くなじんでいるようだ。
7日目。
あまり関係ない話ではあるが.......いや、結構関係しているのか。
今さらながらに部屋を借りているここがどういったところか知った。
薄々気が付いてはいたのだが、そっち方面の.......何と言えばいいのか。奥行きと言えばいいのか、その.......幅が広すぎる。
端的に言えば子育てとしてはあまりにも褒められる場所ではない。許容を超える不健全である。
誰か先にいっておいてくれよ。
かと言って今さら場所を変更するのは厳しい。
多少慣れてきた場所を移して余計なストレスに晒す方が不健全か。
可能な限り目に触れさせないようにしなくては。
9日目。
この生活にも慣れて来たのか部屋にいても仕切りから出るようになってきた。
そしてこのころから各々の個性も見えて来た。
一番好奇心が強く活動的なのがモッルで、一番警戒心が強く臆病なのがベッマだ。
そしてこちらをよく観察しているのがホッマで、何を考えているのか分からないのがラッギだ。
特にモッルは自ら率先して近づいてこようとしているのは微笑ましく感じる。
良い傾向だ。
この好奇心に釣られて皆も警戒を緩めてくれればうれしいものだ。
12日目。
問題が起きた。
子供たちに熱を出した。
慣れない環境の中で少し慣れてきた気の緩みからくるものだと思う。
まぁ気疲れという奴だ。
普通に対処して冷静に事に当たれば問題ない事案だ。
ただ、結論から言えばこちらが冷静にはなれず事に当たれなかったので多少の問題が起きた。
まだ1人か2人なら慌てなかったかもしれないが、熱が出たのは全員だ。
さらに予想よりも高熱であったことが冷静さを奪った原因だ。
せめて人であったのなら色々な対処も思い浮かんだのだが獣人であり、薬もないし..........まぁ、とにかく冷静ではいられなかった。
慌てた。
最初に取った行動が、近くにいる人へ応援を求めたことだった。
これだけなら問題なかった。
問題だったのが、慌てていて声を掛けずに全力で近づいたことだ。
向こうは逃げた。
それは逃げる。無言で知らない奴が走ってきたなら普通は逃げる。
だから取り押さえた。
これだけで充分に大問題だ。
逮捕案件である。
ただ取り押さえた相手がアゥリスだった。
運が良い事に小事の問題ですましてくれたうえに、上手く助言をして対応してくれた。
二重の意味で助かった。
今思えば捕まえた状態での要領の得ない質問に対して、恐ろしく滑らかに回答してくれたな。
おかげで落ち着きを取り戻し冷静に看病する事が出来た。
感謝に堪えない。
13日目。
翌朝になって熱が下がった。一安心である。
子供はこういう事が当然に起きる。認識が甘すぎたな。改めないと。
手が離せなくなることを考えると食堂は日に1度にしよう。
方針と決意を固めた時にふと疑問がよぎる。
何故アゥリスがあそこにいたのだろうか。
普通に考えれば経過観察か、監視であろうか。
何にしろ居てくれて助かったのには間違いなく、感謝の気持ちには変わりない。
あとでお礼の品を持って改めて感謝を伝えよう。
マッサージ1回タダとかでもいいな。




