第三話 今日のお昼は、何を食べましたか?
第三話 今日のお昼は、何を食べましたか?
クリスマスイブの夜。
桃田ルカは、デスクの上に置いたAIヒトシ君を、しばらく眺めていた。
第二問のあと、電源を切ったはずだった。
ところが、いつの間にか、透明な台座の中で小さな光が点滅している。
「桃田ルカさん」
聞き覚えのある、落ち着いた声がした。
「本日のお昼ごはんについて、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「昼飯?」
ルカは眉を上げた。
「何を召し上がりましたか?」
「フォカッチャと、ミネストローネだけど」
「フォカッチャ、ですか」
「そう。ブラックオリーブが入ってて、上にブラックペッパーとローズマリーが散らしてあるやつ。スープはミネストローネ」
ルカは、なんでもないことのように答えた。
いつもの昼飯だ。
広尾のDEAN & DELUCAで買って、会社で食べた。それだけの話である。
「なるほど。では、ここで問題です!」
来た。
あの音が鳴った。
♪ トゥルルルル……ジャジャーン!
「桃田ルカさんが、本日のお昼ごはんを選んだ理由として、最も近いものは、次のうちどれでしょう?」
ルカは、思わず笑った。
「なんだよ、それ。自分が食べたいものを買っただけだよ」
「選択肢をご覧ください」
AIヒトシ君は、いつもの穏やかな声で続けた。
「第一問。価格が手頃だったから」
「第二問。栄養のバランスを考えたから」
「第三問。食べ慣れていて、特に考える必要がなかったから」
「第四問。その他」
「三番かな」
ルカは即答した。
「そういうこと。いつもの昼飯だよ」
「正解です!」
再び、あの音。
♪ トゥルルルル……ジャジャーン!
「桃田ルカさんにとって、フォカッチャとミネストローネは、特別な食事ではありません」
「そりゃそうだろ」
「では、質問です」
AIヒトシ君は、ほんの一瞬、間を置いた。
「桃田ルカさんは、フォカッチャをご存じない方に、ご自分のお昼ごはんを、どのように説明なさいますか?」
「え?」
ルカは笑うのをやめた。
「いや、フォカッチャはフォカッチャだろ。パンだよ、パン」
「どのようなパンでしょうか?」
「……イタリアのパン?」
「ありがとうございます」
AIヒトシ君は、満足そうにうなずいた。
「それでは、次の問題です!」
♪ トゥルルルル……ジャジャーン!
「桃田ルカさんが、今日のお昼ごはんを『いつもの昼飯』とおっしゃったとき、その『いつも』とは、誰にとっての、いつもなのでしょうか?」
ルカは黙った。
質問の意味が、よくわからなかった。
いや、意味はわかる。
わかるのだが、何を答えればいいのかがわからない。
「……俺に決まってるだろ」
「はい」
AIヒトシ君は、にこやかに答えた。
「桃田ルカさんにとっての、いつもですね」
それから、少しだけ声の調子を変えた。
「ところで、桃田ルカさん」
「何?」
「ご自分が、普通だと思っていらっしゃることを、ほかの方も普通だと思っているとは限らない。そのことについて、考えたことはございますか?」
ルカは、透明な台座を見つめた。
「……クイズじゃないのかよ」
「もちろん、クイズでございます」
AIヒトシ君は、いつもの笑顔を崩さなかった。
「ただし、正解は、ひとつとは限りません」
♪ トゥルルルル……ジャジャーン!
ルカは、とうとう電源スイッチを探し始めた。




