第9話「強さの証明」
午後。
リーが東丘陵から戻ってきた。
「間違いない。オーガだ。死体を確認できた」
「どうだった?」
「成体。雄。右足に古傷」
「ノアの話通り」
「あと腹に矢傷」
「古い?」
「三日から五日」
プリマが眉を寄せる。
「誰かと戦ってる」
「たぶん」
「それで丘陵まで?」
「かもな」
「周辺の依頼確認しないと」
エレナがもう帳簿を開いていた。
「近隣支部にも照会します」
「お願い」
ノアが横でそれを聞いていた。
「じゃあ、アイツかなり弱ってたんですか」
リーが見る。
「弱ってたな」
「……」
「それが何だ」
「いや……」
「お前が倒したのはオーガだ。そこは変わらん」
ノアが顔を上げる。
「本当に?」
「俺は事実しか見ない」
「じゃあ俺、すごい?」
「知らん」
「そこは言ってくださいよ」
「俺の仕事じゃない」
リーは角を机へ置いた。
「ただ」
「はい」
「こいつの頭蓋、崖から落ちた時に割れてる」
「はい」
「お前の剣で倒したというより、崖でほぼ終わってる」
「……はい」
「でも崖まで持っていったのはお前だ」
「はい」
「なら、戦い方は悪くない」
ノアの顔が少し明るくなる。
「でも二度と一人で崖降りるな」
「え」
「死体回収する俺が面倒だ」
「そこ?」
リーは去った。プリマはそれをずーっとニヤニヤしながら眺めていた。
「ノア、褒められたね」
「あれ褒めてます?」
「あの人にしては、かなり」
「分かりづらい……」
◇
その日の夜。
酒場では、もう話が広まっていた。
「Dがオーガ倒したって!」
「ノアだろ?」
「C昇格?」
「まだらしい」
「なんで?」
「ギルドが渋ってるんじゃねえの」
「俺なら上げるけどな」
「お前が誰の何を上げるんだよ!」
ノアは酒場の端で、スープを飲みながら少しむくれていた。アイラは結局治療所から帰ってこなかった。
複雑骨折。大事には至らなかったが、魔法治癒が使える程度に安定するまではしばらくかかる。ダニエルは先に帰った。
手持ち無沙汰に辺りを見渡すとプリマがいつもの広場の端の席で書類を書いていた。
「プリマさん」
残業中に悪いとは思いつつ、プリマに話しかけた。
「なに」
「一個聞いていいですか」
「どうぞ」
「Cって強いんですか」
「人による」
「じゃあBは?」
「人による」
「Aは?」
「たぶん強い」
「雑になった」
「会ったことあんまりないから」
ノアはそのまま隣に座った。
「俺より弱いCっている?」
「いると思うよ」
「えっ」
「て言うか、いるよ」
「じゃあなんでCなんですか」
プリマは酒場を見回した。
「あそこ」
「どこ?」
「あの人」
壁際の席で一人でスープを飲んでいる男を指さす。五十代くらいで小柄。腰には短剣一本。
「マルコさん?」
「知ってる?」
「だいたいいる人」
「Cランク」
「え?」
ノアは二度見した。
「嘘」
「ほんと」
「あの人、オーガ倒せます?」
「一人ならたぶん無理」
「じゃあなんで」
「マルコさん、護衛で人を死なせたことないから」
ノアが黙る。
「二十年以上やってるよ」
「そんなに」
「危ない道を知ってる。天気を見る。野営場所を選ぶ。荷車の車輪も直せる。馬の機嫌も分かる。盗賊を見たら人数を数える。勝てない相手なら戦わない」
「でも戦闘は」
「普通。もしくは弱め」
「じゃあ俺の方が強いかも」
「たぶんね」
「なら」
プリマはマルコを見る。やはり静かにスープを啜っている。
「五人預けるなら、今は私はマルコさんを選ぶ」
ノアはしばらく考え込んだ。
「ランクって、強さじゃないんですね」
「強さも入ってるよ」
「でもそれだけじゃない」
「そう」
「じゃあ結局、何なんですか」
プリマは少し考えた。
「信用かな」
「信用?」
「ギルドが、その人にどこまで仕事を預けていいと思ってるか」
「仕事を、預ける……」
「うん」
「じゃあCより上のBって、めちゃくちゃ信用ある?」
「まあ」
「Bってこの街にいましたっけ」
「今はいないね」
「やっぱすごいんだ」
「珍しいね」
ノアは少し嬉しそうに話を続ける。
「プリマさん、昔冒険者だったんですよね?」
「だったよ」
「最高で何ランク?」
「B」
ノアが止まった。
「……え? プリマさんが?」
「嘘?」
「失礼だな」
「いや、いや、だって!」
ノアの声が大きくなった。それで周りの何人かが振り向く。
「ちょっと。静かに」
「B!?」
「静かにって」
「聞いてない!」
「言ってないもん」
「ハンナさん!」
離れた卓で飲んでいたハンナが振り返る。
「なにー?」
「プリマさん昔 Bだったって!」
「あー」
「あーじゃないですよ!」
「そうだよ」
「なんで誰も教えてくれないんですか!」
「聞かれなかったし」
エレナも近くにいた。
「登録記録には載っていますよ」
「見れないでしょ!」
「はい」
「じゃあ意味ない!」
その騒ぎを聞いていた年配の冒険者が笑った。
「坊主、お前フランメ知らねえのか」
「知ってますよ! プリマさんでしょ!」
「そうじゃねえよ」
プリマが顔を上げた。
「余計なこと言わなくていいよ」
「なんだ、プリマ。隠してんのか」
「隠してない。話してないだけ」
「最年少だろ?」
ノアが固まった。プリマは物凄く嫌そうな顔をした。
「ほら」
ハンナが笑う。
「出た」
「何が?」
「昔話したがるおじさん」
「誰がおじさんだ!」
プリマは恐る恐るノアを見る。目が蘭々と輝いていた。嫌な予感しかしない。
「最年少って?」
「別に」
「Bの?」
「昔の話」
「何歳で!?」
「忘れた」
「絶対覚えてる!」
「覚えてない」
「じゃあAも狙えたんじゃないですか?」
プリマは少し止まった。酒場は騒がしい。ほとんど誰もこちらを見ていないが、ノアは彼女の様子を不思議そうに見ていた。
「狙ったよ」
それだけ答えた。ノアが次の言葉を探している間に、プリマはさっと立ち上がる。
「はい、昔話終わり」
「ええ!」
「帰る」
「なんでAにならなかったんですか?」
「ノア」
「はい?」
「女の子の過去を必死になって探るのは、みっともない」
「えっ。えぇ!?」
書類を小脇に抱えて上着を羽織る。
「じゃあね。明日にでもアイラのお見舞い行ってね」
「えぇ! もう少し聞かせてくださいよ!」
プリマは足早に酒場の喧騒を抜けて帰路に着くのだった。
◇
三日後。
ノアの冒険者記録には、新しい記載が増えた。
『オーガ個体の討伐実績あり』
戦闘能力評価を上方修正。地形利用、状況利用に秀でる。判断力、協調性は要観察。
プリマは最後に一行加えた。
『Cランク昇格候補として継続観察』
エレナが横から覗く。
「候補に入れたんですね」
「うん」
「本人には?」
「当然、言わない」
「喜ぶと思いますよ」
「調子に乗るから」
「今更感がありますが……」
ハンナがやってきた。
「もう乗ってるよ」
「なんで」
「酒場で『C候補かもしれない男』って名乗ってた」
「え? 候補って言ってないよね?」
「自称なら何言ってもいいと思ってるよ、たぶん」
「やっぱ、やめとこうかなあ」
「わあ。感情で人事権を使ってる。怖いよお」
「冗談」
奥からリーが出てくる。
「プリマ」
「なに」
「東丘陵のオーガ、近隣支部から返事が来た」
「どうだった?」
「南の山から流れてきた可能性が高い」
「原因は?」
「南で大型個体が増えてるらしい」
プリマは手を止めた。
「大型個体?」
「向こうじゃ遂にB案件になった」
少しだけ、空気が変わった。ハンナの顔から笑いが消える。エレナが帳簿を閉じる。
「こちらにも流入する可能性は?」
「当然ある」
リーが答えた。
プリマは掲示板を見る。D以下の依頼が大量に貼られている上に、Cランクの依頼がぽつぽつ。更にその上、このギルドではほとんど使わない区画。Bランク専用区画。
今は一枚も貼られていない。
「……嫌だね」
ハンナが言った。
「そうだね。けど、今すぐどうこうって話じゃない」
「じゃあ周辺情報とか噂話とか、気にするようにしとくね」
「お願い。ハンナだけじゃなく、全員お願いね」
エレナが頷き、リーは鼻を鳴らす。ハンナは酒場の方を見る。
その向こうでは。
「俺、オーガ倒してるからね?」
ノアが昼食を食べに来ていた新人相手に自慢していた。
もう一回くらい強めに言っておかないといけないかもしれないな、とプリマは深い深い溜息を吐くのだった。




