第8話「Cランクの仕事」
近くで野次馬していた冒険者たちもさり気なく散っていく。
「は?」
「だって、オーガですよ」
「うん」
「Cランク対象ですよね」
「ウチの基準ではそうだね」
「Dランクの俺が一人で倒したんですよ」
「一人?」
プリマはダニエルを見る。ダニエルが少し目を逸らした。
「……最後に倒したのはノアです」
「ほら」
「でも」
ダニエルが続ける。
「一人ではないです」
ノアの笑顔が少し消えた。
「ダニエル!」
「事実だろ」
「……分かってるよ」
プリマは二人を見る。
「話、最初から聞こうか」
◇
東丘陵。街から一時間ほどに位置し、なだらかな草地と低い林が続く長閑な土地だ。見晴らしも良く危険度は低い。ここでの依頼は薬草採取、野兎狩り、小型の牙鼠やたまに毒蛇の討伐。
Dランク冒険者の仕事場としては、ごく普通の場所だった。
「依頼書には北側の崖に近づくなってあったよね」
「はい」
「なんで近づいたの」
プリマの質問にノアが答える。
「岩百合がそっちに多かったんです」
「……それだけ?」
「十株必要だったんで」
「南側にもある」
「少なかった」
「時間かければ見つかる」
「早く終わらせたかったんです」
「なぜ」
ノアは少し黙った。
「……次の依頼も受けたかったから」
「なるほど」プリマは書類に何か書き込んだ。「それで、それだけで、北の崖へ?」
「崖そのものには近づいてません!」
ダニエルが素早くフォローを入れた。
「手前の林です」
「そこで?」
「音がしました」
「何の」
「木を折る音。枝とかそんな細いものを折った音じゃない。もっと太くて響くような」
「逃げなかったの?」
ノアが言う。
「最初は大型の獣だと思ったんです」
「確認しに行った?」
「はい」
プリマはペンを止めた。
「確認しに行ったんだ」
「何がいるか分からないまま帰る方が危なくないですか?」
「状況による」
「今回は?」
「まだ分からないから、今聞いている」
ノアはそれで黙ってしまった。プリマはこめかみを抑えながら努めて平静に話した。
「それで、オーガがいたと」
「……はい」
「何してた?」
「何か食ってました」
「こちらには?」
「最初は気づいてなかった」
「なら逃げれたよね」
ノアがまた黙る。今度はダニエルが答えた。
「帰ろうって言いました」
「ダニエルが?」
「僕とアイラが」
プリマはノアを見る。
「ノアは?」
「……倒せると思いました」
「理由は?」
「一匹だった。武器も持ってなかった。右足を引きずってた」
リーが横から口を挟んだ。
「右足?」
「はい」
「後で見よう。死体確認には直接俺が出る。場所は──」
「リー、ごめん。後でいい?」
プリマの圧に押されたのか、そそくさとリーは引っ込んだ。プリマは話を戻す。
「足を怪我したオーガ。一匹。武器なし」
「はい」
「それで勝てると」
「勝てました」
「本当に?」
ノアがまたもや黙ったので、代わりにダニエルが言った。
「本当は、勝ててませんでした」
「おい。そんなことないだろ。勝ったじゃないか」
「アイラの足、あいつにやられたんだぞ」
ダニエルは怒っていた。ノアの雰囲気を見るに普段から言い返すタイプではなかったようだ。プリマは現状より話せそうなダニエルに質問をした。
「アイラはどうして怪我したの?」
「少し闘って、オーガが投げた石です」
「その時点で撤退は?」
「しました」
ノアがすかさず答えた。
「した?」
「しようとした」
「違うだろ」
ダニエルが一層怒ってノアに詰め寄った。今にも掴みかからん勢いだ。
「俺がアイラ連れて下がるって言った。ノアはまだ戦ってた」
「誰かが止めないと追ってくるだろ!」
「追ってくることを確認してからでもできたことだ!」
「違う! それは結果論だ!」
「違うのはそっちだろ! そもそもお前は功が欲しくて、撤退なんて微塵もする気が無かった!」
「二人とも」プリマが止めた。「落ち着いて。順番に」
若い二人はお互いしばらく睨み合った後、少しだけ離れた。少ししてダニエルが先に息を整えた。
「アイラが怪我した。それで僕は撤退しようって言いました」
「うん」
「ノアは、今逃げたら追いつかれるって」
「うん」
「僕はアイラを連れて離れました」
「ノアは残った?」
「はい」
そこで負けじとノアが言う。
「倒せると思ったんです」
「実際、どうやって倒したの」
「崖の近くまで誘導して」
「近づくなって言われた崖?」
「う。……はい」
「続けて」
「足場を崩しました」
「魔法?」
「アイラが戦闘の最初に撃った水魔法で地面が緩んでたんです。オーガほどの重さなら崩れるかもって」
「それで、オーガが落ちた?」
「途中の岩棚に」
「落ちて死んだ?」
「まだ」
「じゃあ?」
「降りて、とどめを」
プリマは少し黙った。
「一人で?」
「はい」
「よく降りたね」
「動けなくなってたから」
「でも生きてた」
「はい」
「殴られたら?」
「避けました」
「避けられなかったら?」
「でも避けました」
プリマはペンを置いた。ノアを見る。目は涙で潤んでいて、両手は握り拳を作っていた。彼もまた、たくさんの不安の中闘った。それは事実だった。
「そうだね」
「……はい」
「勝ったね。そこはよく頑張った」
プリマがノアの頭をポンと撫でた。みるみる表情が明るくなる。
「じゃあ!」
「でも、昇格はさせない」
表情が止まった。
「なんでですか」
「聞く?」
「もちろん!」
「まず、チームの指揮を十全に取れてないところ。近づくなって言われた崖を思慮なく戦術に組み込んだこと。あそこの下にはグリフォンの巣がある。大人しい種だけど、巣に立ち入った人を生きて帰すほどお人好しではない。これこそ結果論だけど、あなた達は音を聞いた時点ですぐに撤退して、時間を置くなりすべきだった」
「でも、でも!」
「その程度の判断も出来ないで、C? 怪我した仲間より角の真贋? ねえ、ノア。あまりふざけないで。あまり失望させないで」
「でも、でも……勝ったんです! 俺は勝った! Cでもやれるって証明した!」
「Cでやれる証明は出来てないよ。C相当の魔物を倒せるってことが証明されただけ」
ノアが止まった。
「同じ、じゃないですか」
「違う」
「どこが」
プリマは彼らの依頼書を引き寄せた。
「今日、あなたに頼んだ仕事は何?」
「岩百合の採取……」
「できた?」
「……九株」
「必要納品数、十株だよ」
「だって、オーガがいたんですよ!」
「うん」
「なら仕方ないでしょ!」
「仕方ないけど、依頼は未達成。南側で確実に採っておけば、今頃楽々で達成」
「そんな」
「でも未達成自体を責めてるんじゃない」
プリマは続ける。
「問題は、危険区域に近づいたこと。正体不明の大型生物を確認しに行ったこと。逃げられる状況で戦闘を選んだこと。仲間二人が撤退を提案したのに続行したこと。仲間が怪我した後も一人で残ったこと」
「でも、あそこで俺が残らなかったら」
「追ってきた?」
「来たかもしれない」
「来なかったかもしれない」
「じゃあどうすればよかったんですか!」
「それを現場で判断できる人にCの仕事を任せるの」
ノアは黙った。
「Cになったら、今日みたいな相手が最初からいる仕事を渡す」
プリマは掲示板を指した。
「朝、剥がそうとしてた護衛依頼もそう。あれ、ただの馬車一台じゃないよ」
「え?」
「積荷は薬品。襲われる可能性がある。同行者には非戦闘員が二人。街道を外れて逃げると沼地。馬車を捨てれば助かるかもしれない。でも積荷を失えば依頼失敗」
ノアは掲示板を見る。
「そこで何か出た時に、冒険者が決める」
「……」
「戦うか。逃げるか。荷物を捨てるか。人を残すか。助けを呼ぶか、何もかも。大きく間違えば、人が死ぬ。仲間が死ぬ。簡単に。それも複数」
「……」
「Cランク以上の冒険者ってのは、そういうことをする人達なの。今のあなたはどう? まだCに相応しいと思える? まだそう思えるなら、もう一生なれないよ。私が断言する」
プリマは全て言い切って、二人の冒険者の傍を離れた。さっきまでアイラが寝ていたソファに近づき、彼女の血がべっとりと付いた上着を肩に引っ掛けて自分の机に戻っていく。ノアは声を押し殺して泣いていた。その背中をダニエルがさすっていた。
少し間をあけてハンナが近づいてきた。
「ノア。それからダニエルも、今居ないけどアイラも。あんた達は強いよ」
「……ハンナさん」
「私もそう思う。たぶん普通のDよりずっと強い。プリマさんもそれは認めてる」
ノアの肩が少し上がる。
「でも今日、アイラが怪我したでしょ」
「……はい」
「アイラには謝った?」
「まだ……謝ってないです」
「じゃあまずは、そこからだね」
エレナも来た。
「昇格審査では、戦闘能力だけを見ているわけではありません」
「はい……」
「依頼達成率、報告の正確性、危険判断、同行者との協調、規則遵守、専門技能、依頼人からの評価などです」
「そんなに細かく……?」
「はい」
「そんなの、誰からも聞いてない」
「登録時に説明しました」
「……聞いてない」
「説明しました。私が」
「……覚えてない」
「それは聞いてないとは言いません。私、根に持つ方なので物凄く長くなりますけど、聞き直しますか?」
ハンナが笑った。つられて二人も笑った。エレナがこういう冗談を言うのは珍しかった。
ノアはそれからしばらく受付近くでアイラを待っていた。罪滅ぼしなのか、受付嬢の説教に効果があったのかは分からないが、それでも待っていた。
「じゃあ俺がオーガ倒したの、意味ないのかな……」
「あるよ」
ノアの呟きが聞こえたのか、プリマが自席から言った。
「かなりある」
「でも……」
「戦闘評価は上がる。昇格候補に入れるかもしれない」
「昇格、候補?」
「あくまで候補ね」
「じゃあ可能性はある?」
「ある」
「どれくらい?」
「それは言わない」
「どうして」
「審査内容を本人に教える人事がどこにいるの」
少しだけ、ノアの表情が戻った。




