閑話「彼女にしたい受付嬢」
酒場という場所では、日夜驚くほどどうでもいい議論が交わされる。殆どは酒の席から持ち出すべきではないことだが。
「だからさ、やっぱ。俺はハンナ」
夕刻。
冒険者ギルドの酒場では、Dランク冒険者のロイが、麦酒の入ったジョッキを机へ置いた。
「絶対ハンナ」
向かいに座るケインが鼻で笑う。
「浅い」
「浅いって何だよ」
「お前は何も分かってない」
「じゃあお前は誰派だよ」
「エレナ」
「あー」
「何の『あー』だよ」
「お前っぽい」
「どういう意味だ」
「なんつーか。面倒くさそうな女好きそう」
「エレナさんに謝れ」
隣の席から若い声が入ってくる。
「何の話?」
ノアだった。
「お前、こういう話入ってくんなよ」
「何で?」
「すぐ本人に喋るから」
「喋らないですよ!……たぶん」
「帰れ」
「ひどい」
うだうだと言っても結局は輪に入ってくる。所詮は酒の席だ。
「で、何の話してたんですか?」
ロイが少し声を落とした。
「受付三人いるだろ」
「プリマさん、ハンナさん、エレナさん?」
「ガールフレンドにするなら誰がいいか」
「うわっ。くだらな」
「そう思うなら帰れ」
「分かった、分かりました。待って。考えます」
「話が分かるじゃねえか。よし、座れ」
ノアは考え込みながら座った。
「俺、ハンナさんかなあ」
ロイが軽く机を叩く。
「いいね、お前! 分かってる!」
「分かってるんですかね?」
ケインが言う。
「どこがいいんだよ」
「楽じゃないですか。きっと」
「楽?」
「一緒にいて」
ノアが指を折る。
「喋ってくれる。よく笑う。多少変なことしても怒らなそう。酒場にも付き合ってくれそう」
「そう! そうそう!」
ロイが頷く。
「飯屋決める時も『どこでもいいよー』って言ってくれそう」
ケインが言う。
「それで本当にどこでもいいタイプだと思ってるのか」
「え?」
「考えてもみろよ」
二人が考える。ケインが続ける。
「『どこでもいいよー』って言ったあと、お前が適当な店入ったら」
「うん」
「『ここ一昨日行った』とか言うぞ」
「……言いそう」
「で、『どこでもいいって言ったじゃん』って言ったら」
ケインは少し声を高くした。
「『昨日行ったところ以外ならどこでもいいって意味だよー』」
ロイが黙った。
「……言いそう」
「だろ。しかもこっちが朝早くから予約したとか、そういうの多分お構いなしだぞ」
「でも楽しそうじゃないですか!」
「楽しさだけで女を選ぶな」
「ガールフレンドだぞ。楽しさは大事だろ」
「だから、それが浅い」
「じゃあお前はエレナの何がいいんだよ」
ケインは腕を組んだ。
「安心する」
「母親の代わりでも探してんのか?」
「殺すぞ」
「続けて」
「約束忘れない。時間守る。変なことしない。こっちが風邪ひいたら、頼んでないのに薬持ってきてくれそう」
ノアが頷く。
「おお……分かる。分かります」
「だろ」
「でも、『薬、朝昼晩です。食後です。昨日の分、飲み忘れましたよね』まで言われそうですよ」
ケインが止まる。
「……いいじゃん」
「怖いですよ」
「何が怖い」
「全部覚えてて、管理されちゃう」
「それがいいんだろ」
ロイが笑う。
「絶対お前、Mだろ」
「違う」
「相手は歳下だぞ?」
「違う!」
少し離れた席ではマルコが静かにスープを飲んでいた。
ロイがそれを目ざとく見つけて呼ぶ。
「マルコさん!」
「嫌だ」
「まだ何も言ってない!」
「ろくでもない話だろ」
「受付三人の中で――」
「プリマ」
三人が止まった。
「え?」
マルコはスープを飲む。
「聞いてたんですかい?」
「プリマさん?」
「そう」
ロイが身を乗り出す。
「なんで?」
「あいつが一番話が早い」
「怖くないですか?」
「何が」
「プリマさん」
「怖いものか」
「元Bですよ」
「知ってる」
「怒らせたら」
「怒らせなきゃいいだろ」
ノアが言う。
「それができたら苦労しないですよ」
「お前は普段何してるんだ」
「普通に怒られてます」
「だろうな」
ケインが聞く。
「マルコさん、プリマさんのどこがいいんです?」
マルコは少し考えた。
「放っといてくれそう」
三人が黙る。
「……ああ」
「なんだその反応」
ロイが言う。
「いや、分かる」
ノアも頷く。
「プリマさんって、必要な時はめちゃくちゃ世話焼くけど、必要ない時、本当に何も言わなそうですよね」
「そうだろう?」
「一人で出かけても?」
「好きにしろって言う」
「夜遅く帰っても?」
「帰ってきたならいいって言う」
「酒飲みに行っても?」
「自分で帰れるなら」
ロイが少し考えた。
「なんかそれは……いいな」
「だろ」
ケインも考える。
「でも誕生日忘れそう」
「忘れるな」
「いや、プリマさんが」
「……忘れそうだな」
「でしょ」
ノアが笑う。
「三日前くらいに『あれ、来週だっけ?』って聞いてきそう」
「だいたい覚えてるじゃん」
「日付間違えてる」
「細かいこと言うな」
「細かくない」
話は続いた。比例して酒の量も増えた。
◇
「でも結局」
ロイが言った。
「ハンナが一番人気じゃない?」
「酒場限定ならな」
ケインが答える。
「なんで」
「冒険者と一番喋るから。親しみやすさが違うだろ」
ノアが言う。
「エレナさんは?」
「結婚なら強い」
「なんでガールフレンドの話から結婚になってんです?」
「将来性って評価だよ」
「何様なんだこの人たちは……」
マルコが言う。
「エレナは親に会わせやすい」
三人が一斉にマルコを見る。
「めちゃくちゃ分かる」
「だろ」
「ハンナさんは?」
「親と先に仲良くなる」
「おお! わかるわかる!」
「で、自分抜きで飯行くようになる」
「うわー、ありそう。実家の部屋とか普通に使われてそう」
「じゃあ、プリマさんは?」
一同考える。
「……親が緊張する」
「する」
「絶対する」
「元Bって知らなくてもする」
「何で?」
「雰囲気」
「失礼だな」
ノアが言う。
「でもプリマさんって、恋愛とかするんですかね」
「するだろ。まだそういう歳だ」
「全然想像できない」
「仕事してるところしか見ないからだ」
「休みの日何してるんだろ」
「寝てそう」
「分かる」
ロイがジョッキを持つ。
「じゃあ採決だ。No.1を決めようじゃないか」
「よしきた」
「ハンナの人」
ロイとノアの二人。
「エレナ」
ケインが一人。
「プリマ」
マルコが一人。
「二対一対一!」
「四人しかいない」
「でも我らがハンナの優勝!」
「まだ分からん」
「何が」
「人数増やす」
ケインが酒場を見回した。
「おーい!」
「やめとけ!」
ロイが止める。
「何で!」
「本人に聞こえたらどうすんだ!」
「本人たちまだ仕事中だろ」
「そろそろ終わる!」
「じゃあ今のうち!」
ケインが声を上げた。
「みんな、聞いてくれ! お前ら、受付三人の中でガールフレンドにするなら誰を――」
「何してるの?」
声。
酒場の喧騒が嘘みたいに静まった。
ハンナがいて、その後ろにエレナ。そのさらに後ろにはプリマ。三人とも仕事を終えたらしい。
ロイがゆっくりケインを見る。
「お前」
「タイミングが」
「最悪」
ハンナが近づいてくる。
「何の話?」
「何でもない」
「聞こえたよ」
「何が?」
「ガールフレンド」
「別の人の話」
「受付三人って言ったよね」
「この街、受付三人いる店いっぱいあるし」
「そんなにないと思う」
エレナが言った。
「少なくともギルド内では私たちでしょうね」
「ほら」
プリマは少し離れたところでため息をついていた。
「くだらな」
ノアが小声で言う。
「プリマさん怒ってません?」
「分からん」
「逃げ出す準備はしとこう」
ハンナは事情を概ね察すると、楽しそうな声で聞く。
「で? 誰が一番だったの?」
男衆が固まる。
「それ聞くんですか!?」
「だって気になるじゃん」
「お姉ちゃん」
エレナが呆れる。
「聞かない方がいいです」
「エレナも気になるでしょ」
「いいえ」
「じゃあ耳塞いどく?」
「……結果だけ」
「気になってるじゃん!」
ロイが笑いそうになるが、エレナが睨んできたので慌てて笑いを噛み殺した。
プリマが言う。
「早く答えてあげたら」
「プリマも気になってる?」
「どうでもいい。早く飲みたい」
ケインが小声で呟く。
「やっぱり放っといてくれる女は違うな」
「ケイン」
「はい!」
「何か言った?」
「何も!」
ハンナが机を叩く。
「はい! 結果!」
ロイは逃げられないと悟った。
「……ハンナさんが二票」
「やった!」
「エレナさん一票」
「……そうですか」
「プリマさん一票」
「へえ」
プリマは本当に興味がなさそうだった。
ハンナが勝ち誇る。
「いえい!私優勝!」
「何の優勝ですか」
「ガールフレンドにしたい受付嬢ナンバーワン!」
「嬉しいですか?」
「嬉しい!」
「そうですか」
ハンナがロイを見る。
「で、で。誰が私?」
「俺とノア」
ノアが目を逸らした。
「理由は?」
「楽そうだから」
ハンナの笑顔が止まった。
「……楽?」
「あ、いや、違う。楽しい! 楽しそうだから!」
「今楽って言った」
「楽しい!」
「都合のいい女って言った」
「それは本当に言ってない!」
「へえー」
「怖い怖い」
エレナがケインを見る。
「私は?」
「俺です」
「理由は?」
ケインは覚悟した。
「安心できそうだから」
エレナが少し止まる。
「それは……ありがとうございます」
「エレナ、照れてない?」
「照れてません」
残るはプリマだけ。全員がマルコを見る。
マルコはスープを飲み終えた。
「俺」
「へえ。理由は?」
プリマが聞いた。
「放っといてくれそうだから」
「うん、正解。やるじゃん」
ロイたちが笑った。
「プリマさん本人公認!」
「公認カップルか?!」
「静かにして」
プリマは酒場のカウンターへ向かう。
「メイ、いつもの」
「はーい」
「いつものって何ですか?」
ノアが聞く。メイがそれに答える。
「葡萄酒と、何かあるもの」
「雑!」
「プリマがそれでいいって」
「本当に放っといてほしい人なんだなあ……」
マルコが言った。
「だから言っただろう?」
プリマが振り返る。
「マルコ」
「何」
「だからって、付き合うとは言ってないよ。私だって選ぶ権利ある」
「なんで俺は突然手酷くフラれた感じになってるんだ」
「人を肴にした罪」
それくらいのタイミングでリーが酒場に入ってきた。
「何を騒いでる」
ロイが言う。
「受付三人の中でガールフレンドにするなら誰かって話で」
「馬鹿話にも程があるな」
ジョッキを空にしたハンナが言う。
「リーは私たちの中なら誰!?」
「全員嫌だ」
三人が一斉に反応する。
「は?」
「嫌ですか?」
「リー?」
リーが止まった。
「……あー。そういう意味じゃない。職場の人間と付き合う趣味はないってだけだ」
プリマが笑った。
「珍しく焦ってるね。投げキッスでもしてあげようか?」
「叩くぞ」
ハンナが言う。
「確かに、毎日毎日職場で会うのかあ」
「それは嫌ですね」
プリマも頷く。
「分かる。気が抜けなすぎる」
リーが言う。
「だろう」
一同それを聞いて頷いた。
「結局リーさんが一番正しいじゃん」
「何が」
「職場恋愛は面倒」
プリマが言う。
「そこまで大きな話だった?」
「なんでも大きな話にするギルドだぞここは」
マルコが言った。
「恋愛なんか始まってみろ。掲示板に貼られるぞ」
「恋愛ランクD以下はお断りって?」
酒場が笑った。楽しい夜だった。興味無さげだったプリマも酔いが回るにつれて口が軽くなり、あることないことを語り合い、どんちゃん騒ぎとなった。
「じゃあ逆に、男どもの中なら誰が一番良いの?」
「えっ」
「エレナー?」
「わ、私ですか? いや、この中からはちょっと……」
「酷くない?」
その後は誰が誰を選ぶだの選ばないだので、酒場はいつも通りくだらなく騒がしく夜を更かした。
なお翌日。
誰が投票したのかまで含めて、彼女にしたい受付嬢ランキングはなぜかギルド中に知れ渡っていた。
「おはよう、ロイ」
「お、おう。おはよう」
「今日、私からとっておきの依頼出すね」
ハンナがとびきりの営業スマイルで言った。ロイは何か嫌な予感がした。
「……優しいやつ?」
「楽で、都合のいいやつ」
「だから言ってないって!」
酒場はくだらない話に満ちている。ただ節度を考えなければ、少し痛い目を見ることもある。




