第5話「近くの脅威」
トムの報告に発注窓口にいた冒険者たちまで振り向く。
「何匹?」
「見ただけで五」
「武器は?」
「持ってた」
「何を?」
「槍。あと短剣もあったな」
「会話は?」
「出来るかよ!突然襲われたんだ!」
「納屋で?」
「納屋だ!あれのどこがネズミなんだ!」
プリマは眉を寄せた。
ラットマン。人に似た体つきをした鼠系の魔物。知能が高く個体によっては道具や武器、簡単な罠まで使う。その上集団で行動し、数もすぐに増える。かなり面倒な部類の魔物だ。
「依頼人は?」
「ああ、連れてきた!」
トムが扉を指した。昨日の男が、恐る恐る入ってきたところだった。
「あー、どうも……」
「どうもじゃねえよ!こいつネズミって言ったんですよ!」
「ネズミみたいなもんだろ!」
「槍持ったネズミがいるか!」
「実際、いたじゃねえか!」
「そういう話じゃねえ!」
「二人とも」プリマが止めた。「順番に」
「俺は悪くない!」
「私まだ何も聞いてない」
「でも悪くない!」
「じゃあ黙って」
静かな制止だったが、男は黙った。つられてトムも黙った。
プリマは改めて依頼人に向き直った。酒場では強面に見えたが、今は怯えた鹿のような男に思えた。
「お名前は?」
「ベルンです」
「ベルンさん。昨日、納屋に大きなネズミがいると」
「はい」
「見たの?」
「見ました」
「どのくらい大きかった?」
「えらくでかかったです」
「だからどのくらい」
ベルンは手を上げた。すーっと手が降りてきて胸くらいの高さで止まる。
「それくらい?」
「はい」
「昨日それは言った?」
「でかいって言った」
トムが立ち上がりかけた。
「そのサイズはネズミって言わねえ!」
「座って」
「……クソ」
プリマは努めて冷静に続ける。
「二本足で歩いてた?」
「まあ」
「まあ?」
「立ってました」
「武器とか道具は持ってた?」
「棒みたいなのは」
「槍かな」
「たぶん」
「服は?」
「布みたいなのを巻いてたような……」
プリマは目を閉じた。そうしないと、言わない方がいい乱暴な言葉が思わず喉から飛び出そうだったからだ。横から、エレナが静かに言った。
「それは、誰がどう考えてもラットマンですよね」
「うん。ネズミは普通服を着ないからね」
続けてハンナが少し怒った表情でベルンに聞く。
「服着て、棒か何かを持って、複数で歩いてるのがさあ。ネズミなの?」
「いやあ、毛があって、尻尾があって」
「もういいよ。ねえ、分かっててケチったんだよね? そうでしょ?」
「ハンナ、それ以上は──」
言い過ぎたハンナをプリマが止めようとした時、会話を遮るように治療所の職員が駆け込んで来た。慌てた様子だが、手早く器具を用意してトムを診る。すぐにプリマへ二言、三言耳打ちした。
「トム、ご愁傷さま。これは、縫うって」
「えっ」
「左手、かなり深い。もう普通の魔法治癒は難しい」
「ここで?」
「ここで。正しく言えば裏の休憩室で」
「酒!」
「駄目」
「ハンナ!」
「プリマが駄目って言ったら駄目だよ」
「そんなあ、殺生な」
打ちひしがれるトムに向かって、プリマは思いっきり脅すように付け加えた。
「聞いて、トム。その深さの傷を縫うのは正直、かなり痛いよ?」
トムは連れていかれた。雨に濡れた捨て犬のような表情で担架に乗せられながら。少しすると廊下の向こうから痛々しい悲鳴が響き出した。
ハンナが苦笑いをする。
「あー……なんか。うん。元気そうだね」
「ラッキーな方。死体は叫べないから」
プリマはベルンを見た。
「それで」
「はい」
「まだいるよね、ネズミ」
「いやがるでしょうね」
「納屋に麦は?」
「まだたくさん」
「つまり餌もある。なら昨日より増えてる可能性がある」
「えっ」
「仲間呼ぶかもしれないから」
「そいつぁ困る!」
ベルンが身を乗り出した。
「ギルドでなんとかしてくれ!」
プリマは深いため息を吐いてから続けた。
「依頼としてなら、受ける」
「それならよかった」
「まず調査から」
「調査? 今すぐ倒してくれ!」
「駄目。何匹いるか分からない」
「五匹だろ?」
「トムが見たのが五匹。他は分からない」
「なんでだ」
「納屋の中全部見てないから」
「おいおい。面倒だなあ、ギルド様は」
エレナの眉がほんの少し動いた。彼女にしては珍しく、身内以外の前で怒りを表に出しかけている。それをプリマは見なかったことにした。
「皆、面倒だからギルドを通す。違う?」
ベルンは黙った。
「まず現地を確認して、対象と数と危険度を見る。その上で討伐依頼として登録する」
「銀貨三枚でいいだろ」
「良いわけない」
「昨日はそれで受けたぞ」
「昨日はトムへの依頼だよ。ラットマンが五匹以上居て、銀貨三枚なんて、まず有り得ない」
「でもあいつに三枚払う約束してる」
「それはベルンさんとトムの話」
「じゃあ俺は二重に払うのか?」
「場合によっては、そうだね」
「そんな馬鹿な。こっちは麦をやられて金に困ってるってのに」
ベルンは頭を抱えて立ち上がった。落ち着きなくウロウロと歩き回っている。
「それには同情する」
「なら!」
「だからこそ、ギルドを通すべきだった」プリマは毅然とした口調で言った。「それを目先の利益のために個人間で依頼したのは、あなた。あなたのビジネスの失敗を、ギルドは助けない」
ベルンは口を閉じた。もうどうしようもないのは恐らく本人も理解しているところだった。
プリマはエレナを見る。
「調査依頼で」
「はい」
「日を開けると被害も規模も広がる。今日中」
「はい。すぐに」
「ハンナ」
「えっ」
「調査行くよ。準備して」
「私たちがいくの?」
「うん。エレナには依頼が討伐に切り替わる前提で、事務処理進めてもらうから」
「時間もないもんね。わかった。用意するね」
2人が上着を羽織った辺りでリーが奥から出てきた。
「聞こえてた。ラットマンか?」
「うん」
「討伐証明を持ってくるなら歯じゃなくて尾で」
「なんで?」
「歯は野生の大型鼠と似てる」
「へえ」
「あと最近、南側でラットマン系統の皮が増えてる」
プリマが顔を上げた。
「増えてる?」
「ここ三週間で七件。異常事態とまでは言えんが、多い」
「同じ個体群?」
「知らん」
「え、鑑識で分からない?」
「俺をなんだと思ってる」
「なんでも分かる人」
「なら給料上げろ」
プリマは少し考えた。
「最近、酒場でそういう話出てた?」
ハンナが首を傾げる。
「ラットマン? あー……」
「何か聞いた?」
「南門の外で夜に麦袋が荒らされたって話は聞いた」
「いつ」
「三日前?」
「なんで言わないの」
「依頼じゃないし……。酒場はそういう話はゴマンとあるし」
「そうだけど」
ハンナがそこで思い出したように指を鳴らした。
「あ。あと粉ひき小屋の人が、夜に変な鳴き声するって」
「それ昨日?」
「一昨日」
プリマはため息をついた。酒場は各地の情報が集まる。問題は集まりすぎて、どれが本当に重大なものか見抜くのが難しいという点だった。
◇
プリマとハンナは南門を出て、街道を歩く。ベルンの家はすぐ見つかった。
簡素だがしっかりした小さな家。横には畑が広がって、その奥に例の納屋があった。外にまで麦袋が積んである。ベルンは整理整頓が得意な方では無さそうだ。
「プリマ、ここはさ。"近い"ね」
ハンナが言った。
「街から?」
「うん」
「そうだね。とても近い」
「嫌だね」
「かなりね」
ラットマン五匹以上が、街のすぐ外にいる。もし住民が遭遇すれば、人命に関わる。放っておけない。
プリマは納屋の前で止まった。
「ハンナ。入らないよ」
「分かってるよ」
「絶対入らないから」
「分かってるって」
「昨日トムが無警戒で入って左手縫ってるから念のため」
「私はトムじゃないよ」
「ちょっと似てる」
「どこが?」
「勢い」
「ひどい」
納屋の扉には引っかき傷がある。地面には足跡。プリマはしゃがみこんでよく確認しながら調べてみるが、やはり報告よりも明らかに数が多い。
「どう見ても五よりはいる」
ハンナもしゃがんだ。彼女の実地調査経験は決して多くないが、きっとプリマの真似をするのが正解だと思ったから。
「何匹?」
「分かんない」
「なんだ」
「だって、足跡重なってるから」
「プリマでも分からないことあるんだ」
「あるよ」
「なんか、なんでも分かると思ってた」
「リーと同じ扱いしないで」
「本人嫌がるよ」
プリマは納屋の外周を回る。裏手の壁板が一枚、無理矢理外されていた。そこから小さな足跡が出入りしている。
「ここだ」
「これが?」
「出入口」
「じゃあ、外から仲間を呼んでる?」
「たぶん」
耳を澄ますと、中で何かが動いている音がする。木が擦れる音と唸るような低い声。一つではない。
「ハンナ」
「うん」
「戻ろう。ここが限界」
「中覗いて、数は確認しない?」
「しない。刺激したらマズイ」
「偉い」
「受付嬢だから」
「昔なら?」
プリマは少しだけ苦笑いした。
「昔なら、正面扉から入ってたかもね」
「わお。怖いもの知らずだ」
「怖くなったから受付嬢になったんだよ」
「怪我して、でしょ? プリマに怖いものなんかないもん」
「失礼だなあ。いくらでも怖いもの、あるのに」
プリマは周囲を見る。納屋の壁の近く、先程外から見えた積まれた麦袋は、ひとつが食い破られている。ベルンの話では中はまだ大量の麦があったはずだ。
「ここだけじゃないかもしれない」
「なんで?」
「外に出た跡が多いし、中で暮らすなら外の麦袋に手を出す必要がない」
「えーと。なんでわざわざ外の麦を食べるの?」
「ラットマンは道具こそ使うけど力はない。麦袋そのままは運べない。つまり、他の仲間への分配。小分けにして運んでる」
「ひええ」
「もしかしたら街の方にも──」
その時。納屋の中からガタンと音がした。




