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ろすとま! ~古代魔法、解析中~  作者: 石崎さかな


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第8話 第二回遺跡実習

 時計塔を訪れてから、二週間が過ぎた。


 その間に、レインたちは三度リリアのもとを訪れていた。


 外周の開いた古代術式も、新たに二例見つかった。どちらも中央図書館に保管された複写記録で、実物を確認できたわけではない。


 一つは第二文明期末期の農業施設。もう一つは第三文明期の地下倉庫。

 用途も年代も異なる。それでも、いずれの術式にも規則的な切れ目が残されていた。


 レインは術式の寸法と形状を記録した。フィンは発見場所の平面図を探し、周辺の部屋や設備との位置関係を調べた。セシリアは安全結界のある演習室で、現代術式の外周を閉じなかった場合の魔力変化を測定した。


 結果は教科書に書かれているとおりだった。


 魔力は開いた箇所から漏れ、術式は形を維持できずに崩壊した。リリアが古代術式で確認した現象は、一度も起こらない。


 比較対象は、まだ三例。

 十例という目標には遠い。それでも、何も分からなかった時よりは前へ進んでいた。


 そう思っていた日の朝、グラハムは一束の資料を抱えて講義室へ入ってきた。


「後ろへ回せ」


 前列から送られてきた資料を受け取る。表紙には、簡潔な文字が並んでいた。


 第二回遺跡機構調査実習。


 調査地、学院管理第十七遺跡。


 第十七遺跡については、中央図書館の資料で何度か目にしている。

 王都の北方に位置する、第三文明期の地下施設。発見されたのは二十年ほど前だが、用途は現在も判明していない。継続的な調査が行われているものの、内部には立ち入れない区画が多く残されていた。


「第二回実習は十日後を予定していたが、日程を前倒しする。三日後、第十七遺跡へ向かう」


 一人の学生が手を挙げた。


「どうして前倒しになったんですか?」


「閉鎖されていた通路の一つが開いた」


 講義室の空気が変わった。


「発掘作業で開けたんですか?」


「違う。三日前、定期点検へ入った調査員が、通路を封鎖していた扉の開放を確認した。学院側が開放措置を行った記録はない」


 レインは資料をめくった。第十七遺跡の概要と、実習で使用する外縁部の平面図が載っている。


「遺跡が勝手に開けたということですか?」


「現時点では断定できん。内部機構の劣化によって、偶然開いた可能性もある」


「新しい区画へ入れるんですか?」


 別の学生の声には期待が混じっていた。


「学生を未調査区画へ入れる予定はない。新たに開いた通路と、その先は学院の調査班が担当する。諸君が入るのは、安全確認を終えた外縁部だけだ」


 一部の学生が安堵したように息を吐く。


「ただし、安全確認済みという言葉を、安全という意味で受け取るな」


 グラハムは学生たちを見渡した。


「それは昨日まで重大な異常が確認されなかったという意味にすぎない。遺跡が明日も同じ状態にある保証にはならん」


 講義室が静かになった。


「第一回実習で重大な問題が確認されなかった班は、同じ編成を維持する。担当区画と課題は資料の末尾に記載してある」


 第七班。


 レイン・アークライト。

 フィン・ブラックウッド。

 セシリア・アッシュフォード。


 前回と同じ三人だった。


 課題は、外縁部に残された壁面術式の再記録。過去の調査記録と現在の状態を比較し、新たな損傷や魔力反応の変化がないかを確認する。


「質問は?」


 レインは手を挙げた。


「第十七遺跡では、外周の開いた術式は確認されていますか」


「公表されている記録では六例だ」


 六例。すべてを確認できるとは限らないが、一つでも実物を見られれば大きな進展になる。


「ただし、課題に関係のない術式を探して指定区画から外れることは認めない」


「分かりました」


「装備点検は明日の放課後に行う。以上だ」


 講義終了を告げる鐘が鳴った。


     ◇


 講義棟を出ると、フィンとセシリアが回廊で待っていた。


「また三人だな」


「班の変更がなくて助かったわ」


「前より素直になったな」


「ほかの二人と役割を決め直すのが面倒なだけよ」


「俺たちなら面倒じゃないのか?」


「すでに一度、面倒を経験しているもの」


 レインは担当課題を二人へ見せた。


「壁面術式の再記録だ」


「リリアの課題にはちょうどいいな」


「指定区画から外れない範囲でね」


 セシリアが釘を刺す。


「分かってるよ」


「新しい区画を見たいと言い出すのは、あなたでしょう」


「少しくらい気になるだろ。レインもそう思うよな?」


「興味はある。でも入らない」


「裏切られた」


「当然でしょう」


 レインは平面図へ目を落とした。新たに開いた通路は北側にある。周辺の魔力反応にはわずかな上昇が認められたが、危険度を変更するほどではないと書かれていた。


「時計塔へ行こう」


「今からか?」


「リリアなら、第十七遺跡の資料を持っているかもしれない」


 セシリアも頷いた。


 三人は放課後、王都西区へ向かった。


 時計塔の扉を叩くと、すぐに返事があった。


「開いてる」


 中では、リリアが分解された古代魔導品を前に工具を動かしていた。


「今日は何を壊したの?」


「何も壊してません」


「まだ、でしょう」


 レインは実習資料を机へ置いた。


「第二回実習が決まりました」


「第十七遺跡でしょう」


 リリアは資料を開くことなく答えた。


「どうして知ってるんですか?」


「学院に知り合いくらいいるわ」


「通路が開いたことも?」


「昨日、聞いた」


 誰から聞いたのかは答えなかった。リリアは資料を手に取ると、すぐに新たな通路の位置を確認した。


「壁面だけを見ないこと」


「どういう意味ですか?」


「床と天井、扉の枠、通路の交差点も記録しなさい。壁面術式との位置関係が分かるように」


「接続先を探すため?」


「外周の切れ目が本当に接続口なら、接続先が同じ壁にあるとは限らないでしょう」


 リリアは平面図の上を指でなぞった。


「古代人が壁に魔法陣を描いたとは限らない。部屋が基礎術式、通路が魔力経路、扉が接続と遮断を行う節点だった可能性もある」


 レインは図面を見直した。


「遺跡そのものが、一つの術式になっている?」


「可能性ならある」


 リリアの指が、北側の空白で止まった。


「そして、この開いた部分が別の施設へつながる接続口なら、第十七遺跡は単独の施設ではない」


「別の施設って、地下通路で?」


 フィンが尋ねる。


「物理的な通路とは限らない。魔力や情報だけを遠くへ送る術式かもしれない。複数の施設が一つの仕組みとして動いていたなら、単体で用途が分からない理由にもなる」


 第十七遺跡には、特徴的な設備がない。用途不明の小部屋と複雑な通路ばかりだという記録を、レインは思い出した。


 何かを生産する施設ではなく、ほかの施設から届く魔力や情報を中継する場所だったとすれば、構造にも意味が生まれる。


「でも、今の段階で決めつけないこと」


 リリアが続ける。


「似ているものを、同じものだと決めつけるな」


 レインが答えると、リリアの動きが一瞬止まった。


「随分と真面目に教えを守ってるのね」


「その言葉を知ってるんですか?」


「研究者なら似たようなことは言うわ」


 リリアは棚から薄い木箱を取り出した。中には三つの簡易魔力計が収められている。


「壁や床へ近付ければ、魔力の流れる方向が分かる。ただし、古代術式と現代の補修術式までは判別できない。必ず目で構造を確認すること」


「借りていいんですか?」


「貸すだけ。壊したら弁償してもらうから」


「いくらだ?」


「学生が卒業まで食事を抜いても足りないくらい」


 フィンは伸ばしかけた手を引っ込めた。


「冗談よ。半分は」


「どっちの半分だよ」


 リリアは答えず、木箱をレインへ渡した。


「それから、開いた通路には近付かないで」


「担当区画から離れてるぞ」


「そういう問題じゃないわ。第十七遺跡の術式は、ほかの第三文明期の遺跡と少し違う」


「何が違うんですか?」


「それが分かっていたら、少しとは言わない」


 リリアの声から軽さが消えた。


「術式が光った、音がした、床が揺れた。何でもいい。異常を感じたら、記録より先に離れなさい。自分で理由を確かめようとしないで、まず責任者へ知らせること」


「随分と慎重なんですね」


 リリアは机の隅にある焼けた革手袋へ目を向けた。


「失敗から何も学ばないほど、愚かではないつもりよ」


     ◇


 翌日の放課後、実習参加者の装備点検が行われた。


 第七班を担当したのはグラハムだった。


 レインの道具を確認したグラハムは、リリアから借りた木箱で手を止める。


「学院の支給品ではないな」


「知人から借りました」


「そうか。使用方法は?」


 レインが説明すると、グラハムは短く頷いた。


「測定値だけで用途を判断するな」


 リリアとほとんど同じ注意だった。


 セシリアの装備に問題はなかった。最後に、フィンが黒鞄の中身を並べる。


 グラハムは道具を確認した後、鞄の底を裏返した。


「留め具が緩んでいる」


「昨日確認した」


「確認した結果がこれか。このまま使えば、重い道具を入れた時に底が外れる」


「それくらいなら大丈夫だろ」


「遺跡では道具一つの不調が命に関わる。整備を怠るな」


「分かったって、親父」


 レインとセシリアが同時にフィンを見た。


「親父?」


「言ってなかったか?」


「聞いてない」


「グラハム教授が、あなたの父親なの?」


「そうだけど」


 何でもないことのような返事だった。


 レインは二人を見比べた。同じ灰色の目。こうして並べて見ると、目元や顔立ちにも似た部分がある。フィンの髪は茶色だったが、表情の作り方まで似ているように思えた。


「どうして黙っていたの?」


「別に隠してたわけじゃない。聞かれなかったから言わなかっただけだ」


「普通は同じ姓だと分かった時点で言うでしょう」


「ブラックウッドなんて、探せばほかにもいるだろ」


「学院の実習責任者と同じ姓なのよ」


「家族関係を確認するために集めたわけではない」


 グラハムが会話を切った。


 フィンは工具を取り出し、浮いていた留め具を締め直す。


「締めすぎるな。革を傷める」


「緩いって言ったり、締めるなって言ったり、どっちなんだよ」


「適切に締めろと言っている」


「その適切が分からないから困ってるんだろ」


 グラハムは工具を取り上げ、留め具を短く回した。


「これでいい」


「最初からやってくれれば早かっただろ」


「自分の道具は自分で整備しろ。次からは同じようにしろ」


 言葉だけを聞けば、親子仲はよくないように見える。それでもグラハムが黒鞄の傷や癖を知っていることは、単なる実習責任者の注意とは思えなかった。


「点検は以上だ。明後日の朝、時計塔の鐘が六つ鳴る前に正門前へ集合しろ」


「六つ目が鳴り終わるまでは遅刻じゃないよな?」


「五つ目で正門を閉めてもいい」


「横暴だ」


「ならば早く起きろ」


 グラハムが次の班へ向かう。


 セシリアは改めてフィンを見た。


「本当に聞いていないのだけど」


「今聞いただろ」


「そういう意味ではないわ」


 フィンは黒鞄を肩へ掛けた。


「学院では教授で、俺は学生だ。それだけだよ」


 きれいに納得しているような言葉だった。しかし、フィンは父親が去った方角を見ようとしなかった。


     ◇


 出発前夜。


 レインは寮の机へ、第十七遺跡の平面図を広げていた。


 フィンは向かいの机で黒鞄を点検している。昼間直した留め具を何度か引き、緩みがないことを確かめていた。


 第十七遺跡の外縁部は、中央区画を囲むように弧を描いている。複数の通路が内側へ伸び、その先に用途不明の部屋が並んでいた。

 新たに開いた通路は北側にある。図面上では長い間、行き止まりとして記録されていた場所だ。その先は空白になっている。


 レインはリリアから渡された記録帳を開いた。


 外周が閉じていない複数の古代術式。


 形はそれぞれ異なる。それでも平面図全体を少し離れて見ると、遺跡の通路が一つの図形を作っているように見えた。


 弧を描く外縁部。

 中央へ伸びる通路。

 小部屋へ分岐する細い経路。

 そして北側に残された、閉じていない部分。


「何見てるんだ?」


 フィンが背後から覗き込んだ。


「遺跡全体が術式に似てる気がする」


「どの辺が?」


「外縁の通路が外周。中央へ伸びる通路が魔力経路。個々の部屋が基礎術式だとすると、新しく開いた場所は接続口に見える」


 フィンは図面を眺めた。


「本当に似てるか?」


「分からない」


「じゃあ、どうして見てるんだよ」


「似ていないか確かめてる」


「難しいことを言うな」


 フィンは指で北側の空白を示した。


「でも、ここが接続口なら、何とつながってるんだ?」


「別の施設かもしれない。リリアは、魔力や情報だけを送る接続かもしれないと言ってた」


 遠く離れた施設同士が、閉じない外周を通じて一つの術式として働く。


 第十七遺跡が中継点なら、用途不明の部屋ばかりなのも説明できる。各地から届く魔力や情報を受け取り、送り直すための施設だったのかもしれない。


 扉が開いたのも、どこか別の施設から信号を受け取ったためだとしたら。


 そこまで考えて、レインは首を振った。


 今あるのは、形が似ているという事実だけだ。

 似ているものを、同じものだと決めつけるな。


「もう寝るのか?」


「明日は早いからな」


「お前まで親父みたいなことを言うなよ」


「教授は間違ったことを言ってない」


「それも親父みたいだ」


 レインは平面図を折り畳み、鞄へ入れた。続いてリリアから借りた木箱を収め、留め具を確認する。


 明日、自分たちは第十七遺跡へ向かう。

 担当するのは、安全確認を終えた外縁部だけだ。


 それでも、図面の北側にある空白が頭から離れなかった。


 閉じていない円。

 遠く離れた何かへ伸びる、目には見えない接続口。


 その先に何があるのか。


 確かめるのは、遺跡へ着いてからでいい。

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