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ろすとま! ~古代魔法、解析中~  作者: 石崎さかな


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第6話 閉じない円

 第一回遺跡実習から三日が過ぎた。


 遺跡学概論の講義を終えたグラハムは、学生たちの名前を呼びながら報告書を返却していた。


 受け取った学生の反応は様々だった。

 赤い石筆で書き込みを加えられた紙を見て肩を落とす者。

 評価の印を確かめて安堵する者。

 一枚目を見ただけで、そっと鞄へしまう者。


 やがて、レインの名前が呼ばれた。

 教卓まで報告書を取りに行き、自分の席へ戻る。


 表紙には評価と短い講評が書かれていた。

 不合格ではない。

 ただし、手放しで褒められているわけでもなかった。


 レインは順番にページをめくった。

 簡易地図には、測量方法について二箇所の修正が入っている。

 壁面術式の記録には、確認できた事実と推測を明確に分けるよう指示が添えられていた。

 最後に、第八補助遺跡で発見した術式のページを開く。

 外周の切れ目を写した図の横に、赤い文字が残されていた。

 類似点の指摘だけでは不十分。

 比較対象を増やせ。

 その下には、さらに短い一文があった。


 外周欠損部に関する既存研究を確認せよ。


 レインはその言葉を二度読んだ。


 外周欠損部。

 あの切れ目には、すでに学術上の名称が付いているらしい。


 講義終了後、ほかの学生たちが席を立つ中、レインは報告書を持って教卓へ向かった。

 グラハムは次の講義で使う資料をまとめていた。


「教授」


 グラハムは作業の手を止めずに答えた。


「何だ」


「外周欠損部について、研究している人はほかにもいるんですか」


 グラハムの手が止まった。

 灰色の目がレインへ向く。


「当然だ。君が三日で気付けるものを、何十年も遺跡を調べてきた研究者たちが見落とすと思うか?」


「では、意味は分かっているんですか」


「説はある。答えはない」


 グラハムはレインの報告書を受け取り、最後のページを開いた。


「経年劣化によって魔力経路の一部が失われたとする説。古代の施工方法に由来する痕跡だとする説。施設を停止させる際、意図的に外周を切断したとする説。どれも一定の根拠を持つが、決定的な証拠はない」


「どれが正しいんですか」


「それが分かっていれば、複数の説は残っていない」


 もっともな答えだった。

 グラハムは報告書の余白へ、数冊の文献名を書き加えた。


「現代魔法の常識に従えば、外周が閉じていない術式は魔力を維持できない。ゆえに、発見された切れ目は術式が停止した後に生じたと考えるのが自然だ」


「でも、複数の遺跡で似た切れ目が見つかっている」


「それも既知の事実だ。特定の位置へ負荷が集中した結果、同じ箇所が失われた可能性もある」


「教授は、どの説が正しいと思いますか」


 グラハムは赤い石筆を置いた。


「他人の答えを聞いてから、資料を読むつもりか?」


「そういうわけでは」


「ならば先に読め。少なくとも、先人が何を確認し、何を確認できなかったのかは分かる」


 返された報告書の末尾には、四つの文献名が並んでいた。

 そのうち三つは、外周欠損部に関する主流説を扱ったものだった。

 最後の一つだけ、少し異なる題名が書かれている。


『開放外周式術式に関する予備的考察』


 著者は、リリア・ウェインライト。


「この予備的考察というのは?」


「正式な結論へ至る前に発表された研究記録だ。比較対象も少なく、再現にも成功していない」


「それでも読む価値があるんですか」


「価値があるかどうかも、自分で判断しろ」


 グラハムは次の講義の資料を持ち上げた。

 話は終わりらしい。


 レインは報告書を抱え、教卓から離れた。

 講義室の外では、フィンとセシリアが待っていた。

 フィンは壁へ背中を預け、セシリアは返却された自分の報告書を読んでいる。


「長かったな」


 フィンが言った。


「質問してた」


「グラハム教授に?」


「ああ」


「よく自分から話しかける気になるな」


 フィンの言葉に、セシリアが報告書から顔を上げる。


「質問に答えない方ではないでしょう。余計なことは一切言わないけれど」


「それが怖いんだよ」


「何か心当たりでもあるの?」


「何となくだ」


 フィンはそう言って、レインが持っている報告書を覗き込んだ。


「それで、何を聞いたんだ?」


「外周の切れ目について」


 レインは末尾に書き加えられた文献名を二人へ見せた。


「研究者の間では、外周欠損部と呼ばれているらしい」


「欠損ということは、壊れた部分だと考えられているのね」


 セシリアが言った。


「主流はそうらしい。ただ、別の考え方をした人もいる」


 レインは一番下の文献名を指で示した。


「リリア・ウェインライト」


 セシリアが名前を読み上げる。


「聞いたことは?」


「ないわ」


「俺もない」


 フィンが答えた。


「中央図書館へ行けば、何か分かるかもしれない」


「今からか?」


「ほかに予定があるのか」


「ないけど」


 フィンは一応考えるような顔をしてから、肩をすくめた。


「分かった。付き合う」


「フィンも調べたいのか?」


「ここで断ったら、一人で何時間も図書館にいるだろ」


「そのつもりだけど」


「だからついていくんだよ」


 レインには理由がよく分からなかった。


「図書館へ行くなら、私も行くわ」


 セシリアが報告書を閉じる。


「古代術式に興味があるのか?」


「外周が閉じていないなら、魔力は漏れるはずでしょう。それなのに、複数の遺跡で同じ特徴が確認されている」


「気になる?」


「自分の目で資料を確認したいだけよ」


 フィンが笑う。


「それを気になるって言うんじゃないか?」


「フィンは黙っていて」



 三人は中央図書館へ向かった。


 学院の中央部に建つ図書館は、校舎とは独立した巨大な建物だった。

 正面の扉を抜けると、吹き抜けになった閲覧室が広がっている。

 壁際の書架は天井近くまで続き、上層の本を取るための移動式梯子が何本も取り付けられていた。


 学生たちは長い机へ資料を広げ、声を潜めて議論している。


 紙と古い革の匂いに混じって、どこか薬品に似た香りが漂っていた。


 レインは入口近くに設置された文献目録へ向かった。

 細長い金属製の台に、名前や題名を入力するための術式板が埋め込まれている。

 術式手袋をはめ、リリア・ウェインライトの名前を書き込む。

 少し遅れて、小さな光の文字が浮かび上がった。


 該当する記録は十七件。

 古代魔導品の修復に関する報告。

 遺跡術式の素材劣化に関する調査。

 現代術式手袋による古代記号の再現実験。


 そして、グラハムが記した論文も見つかった。


『開放外周式術式に関する予備的考察』


 題名を選ぶ。

 保管場所が表示されるはずだった。

 しかし、現れた文字はそれだけだった。


 原本回収済み。

 複写閲覧不可。


「読めないのか?」


 フィンが横から画面を覗き込む。


「らしい」


「閲覧禁止ということ?」


 セシリアが尋ねる。


「禁止とは書いてない。原本も複写も、ここにはないみたいだ」


「探した時間、無駄だったな」


「まだ五分も探してないだろ」


 三人は受付にいる司書へ事情を尋ねることにした。


 眼鏡をかけた初老の司書は、目録に表示された整理番号を紙へ書き写した。

 机の下から分厚い台帳を取り出し、手慣れた様子でページをめくっていく。


「リリア・ウェインライト。確かに、以前は本学院で古代術式を研究していた方ですね」


「今はいないんですか?」


 レインが尋ねる。


「かなり前に学院を離れています」


「論文が閲覧できない理由は?」


「閲覧を禁止されているわけではありません。著者本人が、原本と複写の双方を引き取ったようです」


「研究者が論文を持ち帰れるものなの?」


 セシリアの問いに、司書は少し考える。


「正式な学術論文ではなく、研究途中の予備報告として提出されたものです。当時の詳しい事情までは、こちらの記録に残っていません」


「今、どこにいるか分かりますか」


「現在の所属先は登録されていません。古代魔導品の修復を続けているという話は聞きますが、それ以上は何とも」


 司書は申し訳なさそうに首を振った。

 レインは礼を言い、受付から離れた。

 目当ての論文は見つからなかった。

 だが、リリアという研究者が実在し、外周欠損部について何らかの考察を残したことは分かった。


「どうする?」


 フィンが尋ねる。


「引用されている資料を探す」


「まだ探すのか」


「ここまで来たからな」


「絶対そう言うと思った」


 三人は手分けして、リリアの論文を引用している文献を探した。


 レインは古代術式に関する論文集。

 セシリアは現代術式との比較研究。

 フィンは発掘品の修復記録を担当することになった。


「どうして俺だけ修復記録なんだ?」


「論文を読みたくなさそうだったから」


「よく分かってるな」


 フィンは足取りも軽く、修復資料の保管棚へ向かった。

 しばらくして、レインは一冊の論文集から目的の記述を見つけた。

 リリアの予備報告を批判的に検討した研究だった。

 本文の中に、わずかな引用が残されている。



 古代術式の外周に見られる欠落を、単なる損傷として処理することには疑問が残る。

 複数の遺跡で同一の特徴が確認される以上、術式を閉じないこと自体に、何らかの機能が存在する可能性を検討すべきである。



 その後には、論文の著者による反論が続いていた。


 外周を閉じずに魔力を維持できた証拠は、現時点で発見されていない。

 リリアの説も、切れ目の正体を明らかにしたものではないらしい。

 それでも、彼女は主流の説とは異なる方向から切れ目を見ていた。

 閉じる前に壊れたのではない。

 最初から閉じていなかったのではないか。


 その考え方は、レインにも不思議と納得できた。


「見つけたわ」


 セシリアが向かい側の席へ座った。

 手には別の論文を持っている。


「こちらには、リリア・ウェインライトの再現実験について書かれている」


「成功したのか?」


「いいえ。現代の術式手袋では、古代術式と同じ精度の魔力線を描けなかったそうよ」


「実験自体はしたんだな」


「ええ。ただ、外周を開いたまま魔力を通した記録はないわ。術式が完成する前に、魔力経路が崩れたと書かれている」


 リリアも答えにはたどり着いていない。

 少なくとも、公に残された記録の上では。


「本人に会っても、分からない可能性が高いわね」


「それでも、どこまで調べたかは聞ける」


「会ってくれるかしら」


「行けば分かる」


 セシリアは小さく息を吐いた。


「二人とも見つけたのか」


 声と同時に、フィンが一枚の古い紙を机へ置いた。


「論文を?」


「住所を」


 レインとセシリアは、紙へ目を落とした。

 古代魔導品の修復依頼書だった。

 修復を担当した人物の欄に、リリア・ウェインライトの名前がある。

 その下には返送先が記されていた。


 王都西区。

 旧天文台付属時計塔。


「どうして住所を探していたの?」


 セシリアが尋ねる。


「探してたわけじゃない。修復記録を見てたら載ってた」


「どうして修復記録を?」


「本を読むのに飽きた」


「胸を張って言うことではないわ」


「でも見つけただろ」


 記録の日付は四年前。

 今も同じ場所にいる保証はない。

 それでも、ほかに手掛かりはなかった。


「行ってみるか?」


 フィンが尋ねる。


「学院を離れた研究者の住所へ、突然押しかけるつもり?」


「古代魔導品の修復師だろ。客として行けばいい」


「修復してもらう物がないでしょう」


「質問ならある」


 レインが言う。

 セシリアはレインとフィンを交互に見た。


「止めても行くつもりでしょう」


「たぶん」


「絶対だな」


 フィンが笑う。

 セシリアはしばらく黙っていたが、やがて論文を閉じた。


「分かったわ。私も行く」


「止めるんじゃないのか?」


「二人だけで行かせる方が不安なのよ」


 図書館を出た三人は、学院前の停留所から魔導路面車へ乗った。


「時計塔まで三十分か。門限には間に合うな」


 フィンが停留所の時刻表を確認した。


「外泊するわけではないもの。九時までに戻れば問題ないでしょう」


 セシリアが答えた。



 学院周辺の整った街並みは、進むにつれて少しずつ姿を変えていった。


 白い石造りの建物が減り、赤煉瓦の工房や倉庫が増えていく。

 通りに並ぶ街灯も、学院周辺で使われていた新しい型ではない。

 古い術式板へ何度も補修を加えながら使われているものが多かった。


 路地の奥では、魔導品の修理店が煙を上げている。

 店先には、用途の分からない部品や壊れた術式板が積み重ねられていた。


 三人は西区の停留所で降り、依頼書に記された住所を目指した。

 人通りの多い通りを外れ、坂道を上っていく。

 周囲の建物が少なくなった頃、古い鉄柵の向こうに時計塔が見えた。

 石造りの塔には蔦が絡みつき、文字盤の針は五時十二分を示したまま止まっている。

 隣接する天文台らしき建物は、半分ほど屋根が崩れていた。


 人が使っている場所には見えない。

 しかし、時計塔の煙突からは細い煙が上がっていた。

 扉の横には、小さな金属札が掛けられている。


 古代魔導品修復。

 その下に、リリア・ウェインライトの名前が刻まれていた。


「まだいるみたいだな」


 フィンが言う。


「そうらしい」


 レインは依頼書の住所と金属札を見比べた。

 間違いない。

 フィンが扉を叩く。


 返事はない。

 もう一度、少し強く叩いた。


 時計塔の中から、金属が崩れるような大きな音が響いた。


 三人は思わず身構える。


 しばらく待っていると、扉の向こうから女性の声が聞こえた。


「開いてる。壊れてなければ」


 セシリアが扉を見る。


「扉の話かしら」


「中の人じゃないか?」


「縁起でもないことを言わないで」


 フィンが取っ手を握った。

 扉は抵抗なく開いた。

 中へ入った瞬間、金属と油の匂いが鼻をつく。


 時計塔の内部は、外から見た印象よりも広かった。

 ただし、空いている場所はほとんどない。


 壁際には古い書物と巻物が隙間なく積み上げられている。

 床には分解された術式板や用途不明の金属部品が並び、机の上には工具と書きかけの紙が散乱していた。 天井近くまで伸びた棚には、大小様々な古代魔導品が収められている。


 布を掛けられた背の高い装置が、部屋の隅で静かに佇んでいた。


 部屋の中央では、一人の女性が床へ座り込んでいた。

 年齢は二十代後半から三十代前半ほど。

 暗い赤色の髪を無造作にまとめ、片手には細長い工具を持っている。

 頬に黒い油汚れが付いていた。


 足元では工具箱が横倒しになり、中身が床へ散らばっている。

 先ほどの音はこれだったらしい。

 女性は持っていた部品を床へ置き、三人を見た。


「学生?」


「はい」


 レインは報告書を抱え直した。


「リリア・ウェインライト先生に会いたいんですが」


 女性は工具を止めた。


「先生はやめて。それと、探してるのはたぶん私」


 レインは手元の文献名を確認した。


「あなたが?」


「何。その顔」


「もっと年上だと思ってました」


「帰っていいわよ」


リリアは床へ視線を戻し、散らばった工具を拾い始めた。

 冗談を言っている様子はない。

 どうやらレインは、知りたかったことを一つも聞かないうちに、最初の質問を間違えたらしい。

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