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ろすとま! ~古代魔法、解析中~  作者: 石崎さかな


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第4話 三人目

 昼休みの食堂は、朝よりもずっと騒がしかった。


 空いている席を探す学生たちが行き交い、食器の触れ合う音と話し声が絶え間なく響いている。

 レインとフィンは窓際の小さな卓を確保し、向かい合って座っていた。


 フィンの皿には、肉と野菜を挟んだパンが三つ載っている。

 レインの前には一つだけだった。

 ただし、食事の横には紙と筆記具も広げられている。


 レインはパンを片手に持ちながら、午前中に見た古代術式を思い出せる範囲で写していた。

 完全な複写ではない。

 外周に残された切れ目と、その周囲の線だけを簡単に記録している。


「それ、朝の講義で見たやつか?」


 フィンが身を乗り出した。


「そうだ」


「食事中まで課題をやるのか」


「課題じゃない。忘れる前に写してるだけだ」


「真面目な言い訳だな」


「パンくずが落ちるぞ」


 レインが紙を引き寄せる。

 フィンの食べていたパンから、小さな欠片が落ちていた。


「俺のせいにするなよ」


「他に誰がいる」


 フィンは落ちたパンくずを指先で拾い、そのまま口へ運んだ。

 レインは何も言わず、紙の端に残った線を一本書き足した。


「その術式が、そんなに気になるのか?」


「気にはなる」


「何か分かった?」


「何も」


「それでも写すのか」


「今分からなくても、後で必要になるかもしれないだろ」


 フィンは少し考えるような顔をした。


「そういうものか」


「そういうものだと思う」


 レインは紙を折り畳み、鞄へしまった。



 食事を終えた二人は、そのまま午後の講義が行われる演習棟へ向かった。


 次の科目は術式基礎演習。

 学部や学科に関係なく履修できる、全学院共通の選択科目だった。


 遺跡を調査する学生にも、野外活動を行う学生にも、最低限の魔法技術が求められる。

 そのため、レインとフィンは入学前からこの科目を選んでいた。


 演習棟は中央広場から少し離れた場所にあった。


 扉を開けると、円形の広い空間が現れた。床も壁も灰色の石で造られている。

 天井は高く、壁際には消火用の術式板が等間隔に設置されていた。

 壁のあちこちには、黒い焦げ跡が残っている。

 明らかに古いものもあれば、最近付いたように見えるものもあった。

 フィンは一番近くにあった焦げ跡へ目を向けた。


「本当に基礎演習なんだよな」


「基礎だから焦げ跡で済んだんじゃないか」


「その説明、全然安心できないぞ」


 演習室には三人掛けの作業台が半円状に並べられていた。

 すでに多くの学生が席についている。

 友人同士らしい学生たちは、互いに声を掛け合いながら場所を確保していた。

 二人が室内を見回していると、フィンが奥の作業台を指差した。


「あそこ空いてるぞ」


 作業台には、一人の少女が座っていた。

 長い金髪。


 膝の上へ淡い黄色の革手袋を置き、指先に縫い込まれた伝導糸を確認している。


 セシリア・アッシュフォードだった。


 彼女の左右には誰も座っていない。

 空席を探している学生は何人もいるが、その作業台へ近付こうとする者はいなかった。

 フィンはそれを気にした様子もなく、真っ直ぐセシリアの方へ歩いていった。

 レインも少し遅れて後に続く。


「ここ、空いてるか?」


 セシリアが顔を上げた。

 フィンを見た後、その後ろにいるレインへ視線を移す。


「見れば分かるでしょう」


「空いてるってことだな」


「そういう意味では言っていないわ」


 フィンは気にせず、中央の椅子へ座った。

 レインはその隣へ腰を下ろす。

 席の並びは、レイン、フィン、セシリアとなった。


 セシリアは二人を交互に見る。


「セシリア・アッシュフォードだよな?」


「そうだけど」


「俺はフィン。こっちはレイン」


「聞いていないわ」


「でも今は知っただろ」


 セシリアは何か言い返そうとした。


 しかし適当な言葉が見つからなかったらしい。


「……そうね」


 それだけ答え、彼女は再び革手袋へ目を落とした。


 フィンが小声でレインに話しかける。


「怒らせたか?」


「たぶん」


「普通に名乗っただけだぞ」


「名乗り方の問題じゃないか」


「聞こえているわ」


 セシリアが手袋をはめながら言った。

 フィンは口を閉じた。


 ほどなくして、講義開始を告げる鐘が鳴った。


 演習室の中央へ、一人の女性教員が歩いてくる。

 短く切り揃えた銀色の髪と、赤褐色の革手袋が目を引いた。


 教員は演習室全体を見渡す。


「術式基礎演習を始めます」


 学生たちの話し声が止まった。


「この講義では術式手袋の扱いと、複数人による魔法陣の共同構築を学びます。専攻にかかわらず、遺跡実習への参加を希望する者には必要な技術です」


 教員は右手にはめた革手袋を持ち上げた。


「知ってのとおり、現代魔法は体系化された基礎術式の組み合わせによって構築されます」


 人差し指が空中を滑る。


 青白い魔力の線がその軌跡へ残った。

 教員は小さな円を描き、内部へ四つの術式を順番に書き込んでいく。

 最初の術式が淡い黄色に光った。


「光属性」


 次の術式へ線をつなぐ。


「球形」


 光が円形に集まり、小さな球体となった。


「固定」


 球体が教員の手元を離れ、空中に静止する。


「出力制限」


 光が弱まり、演習室の照明と同じ程度の明るさに落ち着いた。


 教員が指を下ろす。


 魔法陣だけが空中に残り、その中心で光球が浮かんでいた。


「単純な照明術式です。重要なのは、珍しい魔法を作ることではありません。それぞれの基礎術式を正確に描き、正しい順序で接続することです」


 教員は魔法陣の外周へ一本の線を書き加えた。

 光球が一瞬だけ揺れる。


「術式同士をつなぐ経路がずれれば、魔力は正常に流れません。発動しないだけなら幸運です。魔力が逆流すれば、術式手袋や使用者自身を傷つけることになります」


 フィンが壁の焦げ跡を確認した。

 どうやら、その原因に心当たりができたらしい。


「今回は三人一組で、一つの照明術式を構築してもらいます」


 演習室が少しざわつく。


「一人目は光属性術式。二人目は形状術式と固定術式。三人目は出力制限術式と、すべての魔力経路の接続を担当してください」


 教員は手を一度叩いた。


「近くの三人で組みなさい」


 レインたちは互いの顔を見た。

 フィンが最初に笑った。


「もう組めてるな」


「選ぶ余地がないとも言えるわ」


 セシリアが答えた。


「嫌なら他を探すか?」


「別に嫌とは言っていないでしょう」


 教員の指示に従い、三人は役割を決めた。

 セシリアが光属性術式。

 フィンが形状術式と固定術式。

 レインが出力制限と全体の接続を担当する。


 初めにセシリアが右手を持ち上げた。

 革手袋の指先がわずかに光る。

 人差し指を動かすと、青白い線が寸分の乱れもなく空中へ刻まれた。

 動きは速い。

 それでいて、線の始点と終点が正確に重なっている。


 光属性術式が完成すると、淡い黄色の光が周囲へ広がった。


 レインは思わず術式を見つめた。

 基礎教育で何度も見た形だ。

 しかし、自分が描くものよりも線が細く、魔力の濃度も均一だった。


「次は俺だな」


 フィンが手を上げる。


 フィンが使っているのは、黒色の探索用術式手袋だった。

 学院支給品より革が厚く、指先へ縫い込まれた伝導糸も太い。

 フィンは勢いよく球形術式を描き始めた。


「待って」


 セシリアが声を上げる。

 フィンの指が止まった。


「何だ?」


「二本目の線がずれているわ」


「まだ描いてる途中だぞ」


「途中でも、ずれているものはずれているでしょう」


「このくらいならつながる」


「つながることと、正しく発動することは別よ」


 フィンが困ったようにレインを見る。


「助けてくれ」


 レインは二人の術式を見比べた。


「ずれてるのは本当だ」


「お前はどっちの味方なんだ」


「術式の味方だ」


「一番面倒な答えが返ってきた」


 フィンは文句を言いながらも、問題の線を一度消して描き直した。

 今度はセシリアも何も言わなかった。

 球形術式と固定術式が完成する。


 レインは学院支給の革手袋をはめ、二人の術式をつなごうとした。

 しかし、指を動かす前に手が止まった。


「どうした?」


 フィンが尋ねる。

 レインはセシリアの魔法陣へ目を向けた。

 次に、フィンが描いた魔法陣を見る。


 形に大きな問題はない。

 術式も正しく完成している。


 だが、線の太さが違っていた。


 セシリアの魔力線は細く、密度が高い。

 フィンの魔力線は太く、流れる魔力の量も多い。

 そのまま接続すれば、フィン側から流れ込んだ魔力がセシリア側の細い経路へ集中する。


「二人の線を、このままつなぐのは危ないかもしれない」


「どこか間違っているの?」


 セシリアが尋ねる。


「間違いではない」


 レインは二つの魔法陣の間を指差した。


「線の太さが違う。フィンの術式から流れ込む魔力を、セシリアの術式が受け止めきれない可能性がある」


「俺のせいか?」


「誰かのせいじゃない。魔力の流し方が違うだけだ」


 レインは見本として置かれた術式図へ目を向けた。

 基礎術式の一覧を確認する。

 その中に、魔力の流量を整えるための調整術式があった。


「間にこれを入れれば、たぶんつながる」


 セシリアが術式図を見る。


「流量調整術式ね。でも、見本には使うよう書かれていないわ」


「見本は全員が同じ太さの線を描くことを前提にしてる」


「勝手に変えていいのか?」


 フィンが聞いた。


「禁止はされていない」


「許可もされていないわ」


「聞いてみるか?」


 セシリアは少し考えた。

 やがて、自分たちの魔法陣へ目を戻す。


「いいえ。やってみましょう」


 フィンが意外そうな顔をした。


「止めると思った」


「必要があるなら変えるべきよ。ただし、失敗したら原因を記録すること」


「真面目だな」


「あなたが適当すぎるの」


 レインは二人の間へ流量調整術式を描き始めた。

 線が完成するごとに、セシリアとフィンの魔法陣を流れる光が中央へ集まっていく。

 最後に出力制限術式を加えた。


 すべての線を確認する。


 描き損じはない。


 レインは接続用の線を引き、魔法陣の外周を閉じた。


「完成だ」


 魔力が一斉に流れ始めた。


 光属性術式が黄色く輝く。

 続いて球形術式と固定術式が作動し、三人の中央に小さな光球が浮かんだ。


 成功した。


 そう思った直後、光が急激に強くなった。

 三人は同時に目を細める。


「眩しい!」


 フィンが腕で目を覆った。


「出力制限はどうなっているの?」


 セシリアが顔を背けながら言う。


「動いてる。たぶん、調整しきれなかった」


「それを失敗と言うのよ」


 レインは魔法陣の接続を一つ外した。


 光球が消え、演習室に元の明るさが戻る。

 目の前には、細かな光の粒だけが残っていた。


「でも発動しただろ?」


 フィンが笑う。


「成功寄りの失敗だ」


「失敗寄りの失敗よ」


 セシリアはそう言いながら、消えかけた魔法陣を確認していた。


「でも、調整術式を入れなければ、接続部分が壊れていたかもしれないわ」


 レインはセシリアを見る。


「そう思う?」


「フィンの魔力線は、あなたが予想したよりさらに流量が多かった。それを直接つないでいたら、私の術式は耐えられなかったでしょう」


「じゃあ成功だったな」


 フィンが言う。


「出力制限に失敗しているわ」


「半分成功」


「半分失敗よ」


 二人は同じことを別の言い方で繰り返している。


 レインは先ほどの魔法陣を記録板へ写しながら、調整術式の問題点を探した。

 もう少し流量を抑える必要がある。

 あるいは、一度に流すのではなく、二つの経路へ分ければいい。


 考えていると、担当教員が三人の作業台へ近付いてきた。

 記録板へ視線を落とす。


「見本と違う術式を使ったようですね」


 セシリアが先に答えた。


「魔力線の流量が異なっていたため、流量調整術式を追加しました」


「結果は?」


「発動には成功しました。ただし、出力制限が不十分でした」


 教員は記録板へ何かを書き込んだ。


「失敗の原因を記録しなさい。次は同じ条件で、見本どおりの接続も試すように」


「危険ではないんですか?」


 レインが尋ねる。


「だから安全結界のある演習室で試すのです。仮説は、比較する対象がなければ仮説のままですよ」


 午前の講義で、グラハムも似たようなことを言っていた。


 仮説と事実を分けろ。


 教え方は違っても、二人が求めているものは同じらしい。


 教員は記録板を手に取り、三人の名前を確認する。


「この記録は、遺跡実習の班分けにも使用します」


 セシリアが顔を上げた。


「実習の班分け?」


「数週間後、一年生を対象とした第一回遺跡実習を行います。複数学科による合同実習です」


 演習室にいた学生たちが一斉に教員へ注目した。


「実習では学院が指定した班で行動してもらいます。本日の演習結果も参考資料の一つです」


 教員は記録板を返し、次の作業台へ移っていった。


 フィンがそれを見送る。


「また三人になるかもな」


「まだ決まったわけではないでしょう」


 セシリアは記録板を整えながら答えた。


「嫌なのか?」


「そうは言っていないわ」


「じゃあいいだろ」


「あなたは少し話を単純に考えすぎよ」


 講義終了の鐘が鳴った。


 学生たちは術式手袋を外し、机の上を片付け始める。


 三人もそれぞれの道具を鞄へしまった。


 演習室を出たところで、フィンが二人を振り返る。


「食堂に行かないか?」


「また食べるのか」


 レインが尋ねる。


「朝と昼に食べたからって、夕食を抜く理由にはならないだろ」


「まだ夕食には早いわ」


 セシリアが言う。


「じゃあ軽く何か食べよう」


「結局食べるのね」


 セシリアは一度、女子寮のある方向へ目を向けた。

 このまま別れるつもりだったらしい。

 しかし、何かを思い出したようにレインへ向き直った。


「さっきの調整術式だけど、流量を二つに分けた方がいいと思う」


「俺も同じことを考えてた」


「なら、記録を確認したいわ」


「食堂でやればいい」


 フィンが当然のように言った。


「あなたは食べたいだけでしょう」


「否定はしない」


 セシリアは小さく息を吐いた。


「少しだけなら付き合うわ」


「決まりだな」


 三人は並んで食堂へ向かった。


 まだ友人と呼べるほど、互いを知っているわけではない。


 それでも、一人で歩いていた時より、セシリアの表情は少しだけ柔らかく見えた。

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