第2話 213号室
入学式が終わると、講堂は一気に騒がしくなった。
数千人の新入生が一斉に立ち上がり、それぞれ友人を探したり、配布資料を確認したりしている。
「終わったな」
フィンが大きく伸びをした。
「そうだな」
「学長の話、長かった」
「そうか?」
「そうかって、お前途中から真面目に聞いてただろ」
レインは否定しなかった。
学長の言葉には妙な重みがあった。
特に最後の一言。
正しい答えより、正しい問いの方が価値がある。
何となく気になっていた。
「やっぱり変わってるな」
フィンが言う。
「何がだ」
「普通は終わった瞬間に忘れる」
それから二人は職員の案内に従って説明会場へ向かった。
説明会は思った以上に長かった。
寮の規則。
外泊届。
履修登録。
講義の受け方。
実習時の注意事項。
学院生活に必要な情報が次々と説明される。
「一年生による無断の遺跡探索は禁止」
職員がそう告げた瞬間、後方からため息が聞こえた。
「絶対やるやついるな」
フィンが小声で言う。
「いるだろうな」
「入学初日で禁止されるレベルってことは結構危険なんだろ?」
「たぶん」
「余計気になるな」
職員の話は続く。
「なお本学院の寮は学科ごとの部屋割りではありません」
会場のざわめきが少し大きくなった。
「学院では異なる専門分野の学生同士の交流を重視しています」
なるほど、とレインは思う。
研究も探索も一人ではできない。確かに理にかなっていた。
「つまり変なやつと同室になる可能性があるのか」
フィンが真顔で呟いた。
「失礼だな」
「まだお前のことじゃない」
説明会が終わる頃には、すっかり夕方になっていた。
新入生たちはそれぞれの寮へ向かう。男子寮は古い石造りの建物だった。
入り口には大勢の学生が集まっている。
全員の目当ては同じだった。玄関横に張り出された部屋割り表である。
「頼むから変人と同室じゃありませんように」
フィンが小声で祈った。
「失礼だな」
「今度はお前だ」
「そうか」
「否定しろよ」
二人で掲示板を見る。
213号室。
その欄に二人の名前が並んでいた。
フィン・ブラックウッド
レイン・アークライト
「お」
「同じ部屋か」
「運がいいな」
フィンは本気でそう思っているらしかった。レインも少し安心した。
今日知り合ったばかりとはいえ、まったく知らない相手と暮らすよりは気が楽だ。
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213号室の扉を開ける。
二段ベッドが二つ。
机が四つ。
本棚が四つ。
想像していたより広い。
すでに二人の学生が到着していた。
一人は魔法工学科。もう一人は術式理論科だった。
簡単な自己紹介を済ませる。
やがて自然とベッドの話になった。
「上と下、どうする?」
工学科の学生が聞いた。
確かに問題だった。
二段ベッドなのだから。
「俺は上!」
真っ先にフィンが手を挙げた。
「理由は?」
「何か楽しそう」
「小学生か」
フィンは気にもとめずニコニコと笑みを浮かべていた。すでに片方の上段へ荷物を放り投げている。
「レインは?」
「どっちでもいい」
「絶対嘘だろ」
「本当にどっちでもいい」
「悩みがなさそうで羨ましい」
結局レインは下段になった。
工学科の学生がもう一つの上段。
術式理論科の学生がその下段。
五分で決着した。
「平和だな」
フィンが言う。
「何を期待してたんだ」
「激しい戦い」
「ベッドで?」
「ベッドで」
荷物を整理しながら雑談が始まる。
「遺跡学科って何やるんだ?」
工学科の学生が聞いてきた。
「遺跡調査とか」
「そのままだな」
「発掘記録の研究とか」
「地味だな」
「そこは否定できない」
レインが肩をすくめる。
「じゃあフィンは?」
「探索科」
「おお、何か格好いい」
「だろ?」
フィンが得意気な顔をした。
「地図作ったり、野営したり、魔物対策とか」
「それはちょっと楽しそうだな」
「だろう?」
完全に自慢だった。
程なくして夕食の準備が出来たことを知らせる鐘がなり、4人は寮から出て少し離れた食堂に向かった。
夕食を終えて部屋へ戻る頃には、全員少し打ち解けていた。
入学初日の緊張もかなり薄れている。
部屋の灯りが消えた。
窓から月明かりだけが差し込んでいる。
目を閉じてしばらく静寂が続いた。
すると上段から声がした。
「なあ」
フィンだった。
「何だ」
レインが答える。
「友達できると思うか?」
少し意外な質問だった。
昼間の様子を見る限り、そういうことは気にしないタイプだと思っていた。
「知らない」
「ひどくないか」
「聞かれても分からない」
フィンは少し笑った。
「まあそうだな」
数秒の沈黙。
そして再び声が降ってくる。
「でも一人はできた」
「誰だ」
「お前」
レインは天井を見上げた。
薄暗くてフィンの顔は見えない。
「そうか」
「そうだろ」
「それはそうかもしれない」
上段から笑い声が聞こえた。
少し遅れてレインも笑う。
今日知り合ったばかりの相手だった。
それでも不思議と悪い気はしなかった。
時計塔の鐘が遠くで鳴る。
セント・アルバートでの最初の夜が更けていく。
明日から講義が始まる。
まだ何が待っているのかは分からない。
それでも今は、少しだけ楽しみだった。




