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ろすとま! ~古代魔法、解析中~  作者: 石崎さかな


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10/19

第10話 存在しない区画

 最初の地鳴りから、まだ一分も経っていなかった。


 中央制御区画の手前に設けられた観測所で、グラハムは乱れ続ける測定値を追っていた。


 壁際には学院が持ち込んだ測定器が並び、その針が細かく揺れている。中央の記録板には、第十七遺跡の平面図と魔力の流れが重ねて表示されていた。


 東側外縁区画で発生した反応は、複数の経路を通って中央区画へ集まっている。

 そこまでは確認できた。


 問題は、その先だった。


「教授、追跡結果が出ました」


 記録板を抱えた女性調査員が、測定器の間を縫って駆けてくる。


「東側外縁区画で発生した反応は、中央区画を経由して北側外周部へ流れています。ただ、その先で消失しました」


「開放区画には残っていないのか」


「残留反応はありません。地上への漏出も確認されていません」


 女性調査員が記録板を差し出した。

 グラハムは時刻と測定値を確認する。

 第十七遺跡の外へ出たにもかかわらず、周辺のどこにも存在しない。


「測定器の不調は」


「三系統で同じ結果です。中央区画の機器も、北側の観測杭も正常に動作しています」


「なら、追跡できない経路へ移った可能性がある」


「遠隔施設との接続ですか?」


「可能性の話だ。報告書には観測結果だけを書け」


「はい」


 グラハムが記録板を返そうとした時、観測所の通信術式が強く明滅した。

 別の調査員が通信盤へ駆け寄る。


「学院管理第三遺跡から緊急連絡です」


「内容は」


「長年停止していた南側区画の術式が起動しました。起動時刻は、本遺跡で最初の振動を観測した時刻とほぼ一致します」


 観測所の空気が変わった。


「第三遺跡との距離は」


「直線で百二十七キロです」


「地下経路は確認されているか」


「いいえ。両遺跡の間には河川と二つの岩盤層があります」


「第三遺跡で、起動前に行われた作業は」


 調査員が通信文の続きを確かめる。


「二週間前から南側区画の補修工事が行われています。換気設備と排水設備へ、現代式の魔力供給線を追加したと」


「古代術式への接続は」


「行っていないとの報告です。ただし、補修設備の確認信号が一定間隔で送信されています」


 グラハムは記録板へ視線を戻した。

 補修工事と今回の異常に関係があるとは、まだ言えない。

 だが、停止していた遺跡が何のきっかけもなく同時に動いたと考えるよりは、調べる価値がある。


「補修術式の構造と、過去一か月分の稼働記録を送らせろ。古代設備へ接続していないという判断の根拠も必要だ」


「分かりました」


 返事とほぼ同時に、二度目の地鳴りが観測所を揺らした。

 一度目とは比べものにならない。

 天井から砂が落ち、測定器の針が一斉に振り切れる。壁に固定された平面図が大きく揺れた。


 直後、東側外縁区画を示す警報術式が赤く染まった。


「東側主通路で崩落!」


「学生班は」


「第六班と第七班が付近を退避中です。通信術式が途絶えています」


「生命反応は」


 調査員が測定器を操作する。


「六名分を確認。ですが、表示位置が安定しません」


「測定器の不調か」


「分かりません。反応座標が平面図の通路からずれ続けています」


 警報音が観測所へ響き続けている。


「救助班を東側へ。ほかの学生は直ちに地上へ退避させろ」


「教授は?」


「現場へ行く。第三遺跡との照合は続けろ」


 グラハムは観測所を飛び出した。


     ◇


 東側主通路では、崩落した石床から砂煙が立ち上っていた。

 第六班の学生たちは壁際へ集まり、互いの無事を確認している。


 その少し先で、フィンが縦穴の縁へ膝をついていた。

 手には、レインをつないでいた縄だけが残されている。


 縄の先端は切れていない。

 焼けても、裂けてもいない。

 ただ、そこにあったはずの重みだけが消えていた。


「レイン!」


 フィンの声が青白い膜へ吸い込まれる。

 返事はない。


 隣では、セシリアが探索術式を展開していた。

 細い魔力線が縦穴へ伸びる。しかし、青白い膜へ触れた瞬間、行き先を失ったようにほどけてしまう。


「反応を拾えない……」


「もう一度だ」


「やっているわ」


「もっと深く伸ばせないのか?」


「この術式が遮断しているのよ!」


 セシリアの声も、いつもの冷静さを失っていた。

 ダニエルは第六班の学生を入口側へ移動させると、二人のそばへ戻った。


「縁から離れろ。まだ崩れるかもしれない」


「レインが下にいる」


「分かってる。だから救助班が来るまで足場を崩すな」


 フィンは縄を握り締めた。


「なら、これを開ければいい」


「方法が分からないわ」


「分かるまで調べる」


 通路の奥から、複数の足音が近付いた。


 グラハムと救助班が現場へ到着する。

 グラハムは第六班、第七班の順に視線を走らせた。


「状況を報告しろ」


 ダニエルが前へ出る。


「第七班は異常を確認後、指定区画から退避を開始しました。途中で第六班と合流し、正面入口へ向かっていたところ、二度目の地鳴りが発生しました」


「負傷者は」


「第六班、第七班ともに、ここにいる学生へ大きな怪我はありません。ただし、一名が縦穴へ落下しました」


 グラハムの視線が、フィンの握る縄へ移る。


「誰だ」


「第七班のレイン・アークライトです。現在、姿も生命反応も確認できません」


 グラハムは縦穴を覆う青白い膜を見た。


「落下までの経緯は」


「第六班の学生が亀裂に足を取られました。アークライトがその学生を押し出した直後、足場が崩れました」


「指定区画からの逸脱は」


「ありません。南側非常口までの経路が変化したため、正面入口へ退路を変更しました」


 ダニエルはフィンの持つ縄へ視線を向けた。


「ブラックウッドが縄で確保し、一度は引き上げかけました。しかし、縦穴に古代術式が展開され、円が閉じた瞬間に接続が失われました」


 グラハムはフィンから縄を受け取った。

 先端を確かめる。

 損傷はない。


「閉じた後、アークライトの姿は」


「見えていません」


「声は」


「聞こえない」


 フィンが答えた。

 グラハムは縦穴を覆う青白い膜へ目を向ける。


「救助班、周辺を固定。振動を与える術式は使うな。探査は一種類ずつ試せ」


 救助班が崩落箇所の周囲へ金属杭を打ち込み、現代式の補強結界を展開する。

 調査員が探査術式を縦穴へ伸ばした。


 結果はセシリアと同じだった。

 魔力線は青白い膜へ触れた途端、表面を滑って外側へ流される。


「内部へ接続できません」


「音響探査は」


「反射が返りません。深度も測定不能です」


「物理探針を下ろせ」


 細い金属棒が縦穴へ差し込まれる。

 棒の先端は青白い膜へ触れた瞬間、押し戻された。

 力を加えても膜は揺れない。


「外部との経路は完全に遮断されています」


 グラハムは青白い膜を見た。


「現時点では隔離術式と呼ぶ。破壊はするな」


「外周を壊せば開くんじゃないのか」


 フィンが言った。


「内部環境まで同じ術式で維持されている可能性がある。壊した結果、中にいる人間を殺しては救助にならん」


「何もしなくても、あいつは怪我してるんだぞ」


「だから適当に壊せないのよ」


 セシリアの声は低かった。


「やめろ」


 グラハムが低く唸った。

 その得も言われぬ迫力にフィンとセシリアが口をつぐむ。


「焦るなとは言わん。だが焦りを理由に、確認できていない方法を試すな」


「じゃあ、何をすればいい」


「見つけろ」


 グラハムはフィンへ平面図を渡した。


「退避中、通路の距離が変わったと言ったな。崩落前に歩いた経路と歩数を記録しろ。区画がどこから接続されたか推定する」


 続いてセシリアを見る。


「アッシュフォードは外周記号と魔力の流れを記録しろ。変化があれば時刻も残せ」


「分かりました」


「ダニエルは第六班を地上へ送り、観測所との連絡役を務めろ」


「はい」


 役割を与えられたことで、二人はようやく縦穴から少し離れた。


 フィンは床へ平面図を広げ、通ってきた経路を書き込む。

 セシリアは青白い膜の周囲に並ぶ記号を、一つずつ記録し始めた。


     ◇


 過去の地質調査記録が現場へ届いたのは、それから三十分後だった。

 グラハムは崩落地点の平面図と、地質断面図を並べる。


「十年前の探査では、ここから下は岩盤です」


 女性調査員が断面図を指した。


「今回の実習前にも同じ地点を調査しています。空洞反応はありませんでした」


「現在は」


「隔離術式の表面までは測定できます。その先は不明です」


 フィンが顔を上げた。


「じゃあ、レインはどこに落ちたんだ?」


 誰もすぐには答えなかった。


 事前調査の時点では存在しなかった空間。

 異常が始まった後にだけ現れた縦穴。


「第十七遺跡の下とは限らん」


 グラハムが言った。


「第三遺跡みたいに、別の場所から区画そのものが接続された?」


「その可能性はある。だが、接続先が第三遺跡だという証拠はない」


 フィンは自分の記録を示した。


「担当区画から南側非常口まで、地図では百メートルもない。でも実際には百五十以上歩いた。正面入口へ引き返した時も、通路は三割くらい長くなってた」


「壁が動いたのを確認したか」


「平面図にない分岐が一つ現れた。ほかの通路でも石が動く音がしてた」


 グラハムは第十七遺跡の平面図へ、フィンの歩測結果を書き加えた。

 現場から集められたほかの班の記録にも、地図との食い違いが残されている。

 西側では、隣り合っていたはずの二つの部屋の間に短い通路が現れた。

 南側では、同じ番号の扉へ二度行き当たった班がある。


 何が起きたのかは、まだ分からない。

 少なくとも、実習前の平面図だけでは現在の遺跡を説明できなかった。


「施設全体が、接続先に合わせて術式を描き直したのかもしれません」


 セシリアが言った。


「それなら、記録にない区画が現れた理由も説明できます」


「説明できることと、正しいことは別だ」


 グラハムは答えた。


「だが、検証する価値はある」


 セシリアは頷き、記録板を見直した。


 ほとんどの記号は、隔離術式が現れた時から同じ明るさを保っている。

 その中に、一つだけ明滅を繰り返す記号があった。


「教授。この記号だけ状態が変わり続けています」


 セシリアが簡易魔力計を近付ける。

 針は円の中心へ向いた。


「魔力は内部へ流れています。外周の維持経路とは別です」


 グラハムは記号を見た。

 一定の間隔で明るくなり、ゆっくり暗くなる。


「内部の何かへ魔力を供給している可能性がある」


「何かって?」


「まだ分からん」


 フィンの表情が険しくなる。


「またそれかよ」


「分からないことを、望む答えへ置き換えるな」


 グラハムは記号の形を記録板へ写した。


「ただし、隔離術式が内部の何かを保全している可能性は高い」


「それがレインかもしれない?」


「確認する」


 グラハムは女性調査員へ記録板を渡した。


「この記号を時計塔へ送れ。ウェインライトに過去の記録との照合を依頼する」


 フィンとセシリアは聞き覚えのあるその名前に顔を見合わせた。

 女性調査員が通信札を持って走り去る。


     ◇


 返答を待つ間も、救助作業は続けられた。


 隔離術式へ負荷を与えない範囲で、周囲の壁と床が調べられる。


 崩落地点から十五メートルほど離れた場所で、壁の奥に細い空洞反応が見つかった。

 しかし、その経路も途中で途切れている。

 フィンは何度も地図と歩測記録を見比べた。


「入口だった場所も動いたのかもしれない」


「どういう意味?」


 セシリアが尋ねる。


「区画がここへ接続されたなら、入口まで同じ場所にあるとは限らない。遺跡が形を変えた時、別の通路につながった可能性がある」


「探す範囲を広げる必要があるわね」


「でも時間がかかる」


 フィンは青白い膜を見た。


「レインがどのくらい持つか分からない」


 その言葉に、セシリアは答えなかった。


 隔離術式は内部の様子を何一つ返さない。

 レインの声も、魔力も、生命反応も届かない。

 確認できるのは、明滅を続ける一つの記号だけだった。


 やがて、観測所から女性調査員が戻ってきた。


「時計塔から返答です」


 グラハムが記録板を受け取る。


 短い文章が二行だけ表示されていた。


 外周記号、保全継続を示す。

 対象喪失時の表示とは一致しない。


 グラハムはしばらく文字を見た後、記録板をフィンとセシリアへ向けた。


「どういう意味だ?」


 フィンが尋ねる。


「隔離術式は、内部の保全対象が失われたとは判断していない」


「それなら」


「アークライトは生きている可能性が高い」


 セシリアが青白い膜へ目を向けた。


「生命反応を確認できたわけではないんですね」


「ああ。内部の状態は依然として不明だ」


 グラハムは記録板を閉じた。


「だが、保全は続いている」


 フィンは縄を握り直した。

 先ほどまでの焦りが消えたわけではない。

 それでも、何も分からなかった時とは違う。


「次は何をする?」


「正規の入口を探す。隔離術式は壊さない。通路の再測量を続け、接続された区画の位置を割り出す」


 グラハムは救助班を見渡した。


「まだ終わっていない。救助を続ける」

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