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英雄伝説  作者: かなたみ
五章
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約束

次の日 早朝 


 まだ夏だと思っていたのに、気が付けば空気は澄み、風が冷たくなっていた。

 リーアは一人十字路に立っていた。

 嘆息する。誰に対してでもない。

 イマナは間に合わなかった。ただそれだけ。

 先日の夜に、メールが届いた。

 迎えに来る、と。ただそれだけ。

 メールアドレスは日本に来る前に変えたはずだった。それでも彼らは、リーアの家族にはそんなものは通用しない。

 欲しいものはどんなことをしてでも手に入れる。それが彼らだった。

 つまり、魔法が解けたのだ。予測して、出した結論と同じ。

 彼らは私を見ている。大切な人形だから。無くしちゃいけないものだから。

 笑ってしまう。逃げ切れたと思っていたのに、結局自分の知らない場所で自分は見張られていたのだ。

 笑わずに、いられようか。

「…………かふっ」

 空の咳。言葉が出ない。単音すら発せない。これでは、本当に、ただの人形――――。

「何を、している」

 背後から声がした。振り返ると、見慣れない姿の人が立っていた。

 髪は短く、中性的な顔立ち。服はジャージ姿で、まるで特徴が無い……しかし、その声は確かに聞いたことがあった。

(なっ、ちゃん)

 畠瀬なち。最後に会ったときは路地裏で彼女に謝罪した時。ろくに顔も見れず、とても許してもらえたとも思えない状況だったが。

「……そうだったな。声が出ないんだったか……リーア」

 リーアは俯く。なぜか、彼女を見るのがひどく怖かった。

 下を向いたリーア。それでもなちは、言葉を進めた。

「私は、お前に言わなければいけないことがある。すまなかった。あの時、お前をその場で助けられなくて」

 リーアは耳を疑った。恐怖など吹き飛び、なちの方を見る。

 彼女は頭を下げていた。

「あの時、私はあの男のことを何の根拠も無く信じた。その結果がこれだ。本当に申し訳ないと思っている」

 それは違う。リーアは叫びたかった。元はと言えば、自分が彼に捕まってしまったことがきっかけだ。その後になちがどう行動しようが、それは、自分に謝ることではない

 しかし、言葉が出ない。口からは咳しか漏れない。

 なちが頭を上げる。

「リーア。お前がどうしてここにいたのか、私にはわからない。けど、早く力を取り戻さなきゃいけないことは、わかる。私は、今からお前の力を取り戻しに行く」

 視線が、ぶつかった。その時、リーアは初めてなちの顔を見たと思った。

 真剣な眼差し。

「ただ、申し訳ないが、それはついでなんだ。本当は、それを持っている奴に会いに行くことが本命だ」

 表情が軽くゆがんで苦笑する。これも初めて見せる表情だった。しかし、すぐに表情を引き締める。

「けど、必ず取り戻す。絶対だ。だから、待っていてくれ。この先は――お前に声が戻ったときにしたいから」

 そう言って、なちはリーアとすれ違った。

 そのまま立ち去るなち。

 えっ? 終わり?

 思わず首をなちの方に向ける。立ち去る途中だ。振り返りそうな気配も無い。

「…………くっ、」

 リーアは、大笑いした。

 声が出せず、空の咳しか出ないが笑った。

 かっかっかっかっか。

 空気を吐き出す音だけが、彼女の周りを支配する。

 大笑いだ。笑うしかない。

 何だ今の台詞? 本当に言いたいことだけ行っちゃったよ。

 もっと気まずさとか無かったのか? もうほとんど手遅れなのに私の用事はついでだとかはっきり言っちゃってるし。配慮とか無いのか?

 何だか最初に恐れていたのが、すごく馬鹿らしいではないか。

 なちは英雄で、自分には恐怖の対象でしかなかったのに、あれでは単なる配慮が足りないだけの女の子だ。

 笑う。笑う。笑う。

「かっ!」

 でも、彼女は約束をした。

 自分の声を取り戻してくれると。また話をしようと。

 約束してくれたのだ。

 足音が聞こえる。自分を監視していた連中だろう。

 きっと、連れ戻すタイミングを見ていたに違いない。

 先ほどまで、もう諦める気持ちしか無かったのに。彼女のせいでそれが台無しだ。

 もうちょっとか。もうちょっとなんだよね、なっちゃん。

 なら、自分はそのもうちょっとを作ってやろうではないか。

 少しして、黒服の男二人が、リーアの目の前にやってくる。

 見覚えはある――父のガードをしていた人だったか。この二人もまた、実家にいたときに逆らわないようにさせていた。が、もうあの時の力は効いていないのだろう。図体がでかさは見上げるリーアにとって、威圧感だけを与えていた。

 二人はまだ何も言わないが、無理やりにでも自分を連れ帰る気だろう。

 しかし、リーアにそんなのは関係ない。

 まだ、彼女と話をしていないのだ。帰れるわけが無い。

 だから、思いっきりリーアは叫んだ。喉から血を吐き出してしまいそうなほど、強く、発した。

「(止まってろ!)」


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