終幕
始まりがあれば、終わりがある。
それは、必ず訪れるもの。
しかし、その終わりを引き伸ばすことが出来る。
それは意思という力によって受け継がれていくもの。
正しくとも、間違っていても、それは感銘を受けた者たちが受け止めていく。
忘れずにいようと。忘れてはならないと。
いつまでも残していこうと。
端的に言えば、正義の味方はそういう世界を作り出そうとしていた。
彼ら、彼女ら『英雄』を、いつまでも忘れない為に。
だが、そこに『英雄』たる彼女たちの意思は?
「私たち、どちらからだったっけな。最初に話しかけたのは」
開口一番。なちは言う。
いつもの公園。なちと利戸那が久々に邂逅した場所。
その言葉に、対面した利戸那は笑みを見せる。
「きっと、なーちゃんからだよ」
「そうかぁ? 私は存外奥手だぞ?」
「ううん。きっと、いつだって始まりはなーちゃんから」
利戸那は眼鏡を外す。素顔を晒す。
「呼んでくれて、ありがとう。なーちゃん」
「用事があったからな」
嬉しそうに携帯を抱きしめる利戸那に、苦笑するなち。
「ねえ、なーちゃん。用事の前に一つ私に見せて」
「うん?」
「自分の腕を、折ってみせて」
そう言うと、利戸那は躊躇せずに、自らの左腕の骨を折った。
「……ああ。それで、利戸那が満足するなら」
眉一つ動かさず、なちはそれに応える。左腕を、右腕でへし折った。
べきょり、と何かが音を立てた。
「……ふふっ、本物のなーちゃんだ。宝石を飲み込んだんだね」
「ああ。お蔭様で、な……」
利戸那は両腕で、なちを抱きしめる。愛しいものを包むように優しく。
「やっぱり、なーちゃんを救えるのは私だけだった」
「……利戸那」
「ねえなーちゃん。前にも言ったけど私、英雄になったんだ」
「ああ、知ってる」
「本当は英雄なんて、ごめんだったけど、いいの。私、なーちゃんを助けたかったから。あなたの英雄になりたかったから」
なちは奥歯を噛む。
「私、なーちゃんが救えるのなら、それでいい」
「そう、か。お前はそう思ってたんだな」
なちはゆっくりと、彼女を引き離す。
「なあ利戸那。お前、あいつから宝石を渡されなかったか?」
「宝石……? ああ、これのこと?」
利戸那はそう言うと、ポケットからアメジストの宝石を取り出した。
「本当、不思議よね。こんなものに、人を操る力があるっていうんだから」
「……そうだな。なあ利戸那、それを渡してはくれないか?」
「どうして?」
「どうしてって……」
瞬間、なちの視界が暗くなった。いや、利戸那の顔が近づいて周りが見えなくなっただけだった。
そして彼女はキスをされていた。
「んん!?」
舌をねじ込まれ、粘膜が交換される。
「んぅっ!」
右手で利戸那の頭を抑え、無理やり引き剥がそうとする。しかし、 利戸那はその手を左手で押さえつけた。
十秒くらいしただろうか、ようやくなちの舌は解放される。二人の口の間で唾液が糸を引いていた。
「はぁ……はぁ……利戸那……お前……」
「うーん、やっぱりなーちゃんの様子を見る限り効果はなさそうだね。残念」
そう言って、利戸那はアメジストをなちに放り投げる。
左手でそれを掴み、 ゆっくりとポケットに入れる。
「……っ」
なちは知っている。このアメジストの力を。恐らくは、今回の始まりを担ったこれの恐ろしさを。
なちに効かなかったのは単に――――。
「ねえなーちゃん。きっとなーちゃんのことだから、誰かのため、なんだろうね」
「別に、そういうことじゃない」
「嘘。案外なーちゃんは他人のために動いてる」
「違うよ。私は自分のために動いてる。そういう思考回路はそっちのものだろう」
「ううん。私こそ自分のためにしか動いてないよ。英雄になろうとしたのも、結局私が、なーちゃんを助けたかっただけだし」
一陣の風が、二人の間を駆け抜ける。風に揺られ、なびく髪の奥に宿るものは、群青。
二つの群青が、互いを見ていた。
「なあ、利戸那。私がここに来た理由、わかるか?」
「さあて、ね。その宝石が目的じゃないの?」
「違う」
なちは頭を振る。
「お前を、英雄からやめさせる為に来た」
刹那、なちは足を踏み込み、左手を前に突き出した。目指すは利戸那の右手。
しかしやすやすと自身の左手は、利戸那によって容易く掴まれてしまう。先ほど折った、自分の左手で。
「あっ、ぐ……」
ぎりぎりとなちを掴む手の力が強くなっていくのに比例してうめいてしまう。
「……なーちゃん。なにをするの?」
「利戸那……」
掴まれた手を、それでも前へと前進させようとするなち。しかし、それとともに利戸那の力も強くなっていく。
「あ、あああぁぁぁぁ……! うぅぅ……」
「痛いよね? いくら力があっても痛覚は消せない。慣れるだけで痛いものは痛いの。すぐに治るだけで痛いんだよ?」
「そんなことは、わかってる!」
けれど、譲れない。目の前で手があらぬ方向へと変形させられそうになる。
その度に脂汗が滲み、異常が起きた腕から緊急警報が発せられる。
「利戸那……英雄なんてのは、犠牲を生み出すだけのものだ。誰かが進んでやるものじゃない」
「…………」
「それは、お前もわかっているはずだ」
「知ってるよ」
利戸那はなちの手を離す。同時に、なちの左手はだらりと下がり、ところどころ皮膚の中で出血していた。
「でも、なーちゃんがなーちゃんでいるためにはその『力』が必要なんだよ」
「……っ」
イマナは、なちが記憶を失っていると言っていた。
しかし彼女にそのときの記憶はない。
ここにいる『なち』は『力』が無ければ存在できない。
「力を得た者は『英雄』にならなければならない。力を得た代償」
「だが、お前が!」
「いいんだよ。私が、なーちゃんの全てを受け入れてあげるから。私が全部背負ってあげるから」
優しく、柔らかい笑み。利戸那は優しく手を差し伸べる。
「私は、なーちゃんの為の英雄になるの。他の人じゃない、あなただけの英雄に」
果たして、今の彼女とかつての彼女は重なるのだろうか。
誰にでも優しかった彼女は、今の彼女と。
「……違う。利戸那、そうじゃない」
しかし、なちはその手を払いのける。
「私は、どこまで行っても私なんだ。『力』があろうと、無かろうと、記憶があろうと、なかろうと、そこにいるのは『私』なんだよ」
「嘘。だって『あの子』は私を単なる友人としてしか見てなかった」
『私、英雄になる』
彼女の台詞とともに、脳裏にそんな言葉がよぎった。
それは今のなちでは聞き得ない、彼女の宣言。対して、何も知らない自分は、それでも言った。
「……いや、それは単なるお前の勘違いだよ。私の答えはいつだってこうだ」
なちは、頬を吊り上げ、放った。
「英雄なんかになるな」
変わらない答え。延長線上にいる証。畠瀬なちは、どこまで行こうが、どこから来ようが変わらない。
利戸那は、途端に悲しげな表情になる。
「なーちゃん……私たちは『英雄』になったんだよ? 『人間』には戻れないの。だったら、演じるしかないんじゃないの」
「そんなのは……戯言だよ利戸那。確かに私たちは『力』を手に入れた。だが、他はどうだ?」
なちは左手を掲げる。血まみれの手を。痛み、歪んだ腕を。
「……ねえ、なーちゃん。どうして、その手は治らないの?」
利戸那の手は、既に完治している。というよりも、折れるとともに、彼女の腕は修復を開始していた。
それが、英雄たる力。例え、吹き飛ばされようとも腕ならばすぐに修復される。
まるでそれが正しいかのように。自然現象に反していようと。
しかしなちの左手は、未だに血が流れ、歪な方向に捻じ曲がっていた。
「あぁ……半分、人間になっちまったみたいでな。これ、普通の腕なんだよ」
瞬間、利戸那の顔面が蒼白になった。かたかたと体は震え、頭を押さえる。
「嘘……嘘よ。だってあの時、なーちゃんは……なんの躊躇もせずに……」
「お前が望んだんだから、当然やるさ」
その言葉に、利戸那は絶叫した。
どんな責め苦だろうと、利戸那は壊れない。既に壊れているから。しかし、唯一繋ぎ止めてくれた存在を、守るべき存在をひどく傷つけた。
愚か。なんて自分は愚かなのか。同じ『英雄』だと思い、対等だと信じ、同じことを『人間』に強要した。
「あぁぁ……そんな、私……そんなつもりじゃ……」
「……私だって、こんなことをしたくなかったさ」
なちの右手は、力が宿っている。恐らくだが、左手と同じことをしてもきっと利戸那のようにすぐに完治するだろう。
だから、なちは左手を使った。人間の手で、英雄を掴もうとした。
痛みなど簡単に誤魔化せる。何度だって経験した痛みだ。
顔に出さないだけなら、いくらでも根性で何とかなる。
童女のように、ただ顔を覆って、泣く少女に、なちはただ淡々と言葉を結んだ。
「……終わりだ、利戸那。英雄を、辞めてもらうぞ」
その言葉とともに、一人の少女が公園に入ってくる。
絹のような白髪。ルビーのような真っ赤な瞳を、悲しげな表情で彩る彼女が。
「……なーちゃん」
イマナの声になちは苦い顔をする。あまりこういう場面はイマナに見せたくはなかった。
ましてや、こんな痛みだけが伴う場面など。
しかし、彼女が必要だった。力の存在を知り、『腕』という部位に力を持っていない彼女が。
「なー……ちゃん?」
その言葉に、利戸那が反応した。
揺れる瞳に映るのは、白。以前、一度会ったことのある、彼女。
「あなたは……」
「わた、しの……なーちゃんなの……」
うわ言のように呟きながら、焦点の定まらない目は、ゆっくりとイマナに向けられる。
「あなた……みたいに……突然出てきて……」
イマナは、ゆっくりと前にやって来て、そして利戸那の前に立つ。
赤い瞳が、目につく。
「ずるいよ。こんなのって……! ずるいよ!!」
その言葉をばねにしたように急に顔を上げ、手を振り上げる。なちが気づいた時にはもう遅かった。利戸那は、イマナの頬を思いっきり叩いた。
「イマ! 利戸那……お前は……!」
なちが叫びとともに前に出ようとする。しかしイマナはそれを手で制した。
「……あなたが、利戸那さんだったんだね。ちょっと、痛かった」
「な、なんで……?」
しずかに呟くイマナ。しかし、利戸那は自分の手と、イマナを見比べながら、驚きが隠せなかった
奮ったはずだ。怒りのままに。彼女に対して。
力が、使えない。
赤い瞳がこちらを見る。
「こ、来ないで!」
反射的に叫ぶ。彼女は駄目だ。彼女に見られてはいけない。
後ずさりしながら、体を捻ろうとする。
「利戸那!」
けれど、なちの声がそれを許さない。
「なんで、どうしてこんなのがいるのよ!」
必死の叫び。イマナは何もしていない。ただ、悲しげに叫ぶ利戸那を見ていた。
「駄目、私は英雄なの! 人間よりも強いのに、どうして……!」
「あいつの目が、お前を見ているからさ」
なちが言う。赤い瞳の彼女。井美イマナの『力』を。
「私も最初はこれが『力』だなんてわからなかった。けど、あえて言うならイマは私たちを普通の人間にする力だ」
「私を、普通の人間に……?」
それを聞いたとき、利戸那はパタンと地面に尻餅をついた。まるで糸の切れた人形のように。
「じゃあ……今の私は単なる人、なんだね」
そう思うと、利戸那は嫌悪感を催した。
「私、本当に何も変わってない……」
何も考えたくなかった。英雄になったことで変わったと思っていた、そんな自分が嫌になった。
「……終わりにしよう」
「でも、なーちゃん……」
「待ちやがれ!」
イマナが二の句を告ぐ前、一組の男女がイマナと利戸那の間に割って入ってきた。
「お前ら、利戸那さんに何をしやがった!」
「利戸那さん、大丈夫ですか?」
男は二人に食ってかかり、その間に女が利戸那を二人から離す。
「お前ら……この人が誰だか知っててやってんのかよ」
「温海、利戸那だよ。お前こそ誰だ。今は私たちが話してる最中なんだが」
「何が話し合いだ! 少し前から見てたが、お前らが一方的に言い寄ってただけじゃねえか!」
「そうよ! あんたら恥ずかしくないの!? 一人によってたかって!」
「お前ら……」
話が通じない。なちは思う。
「ま、待って……」
「だいたいね、わかるの!? いつかこの人は世界の英雄になるかも知れない人よ!」
「何を言ってたのかしらねえけどよ、言い過ぎなんじゃねえの!」
「こいつら……」
この二人が、どういう連中なのかはわからないが、なちには心底彼らが利戸那を心酔しているのだと思った。
不思議なことに、こちらの言い分をまったくと言っていいほど聞こうとしない。私たちは、彼女を助けたいというのに。
「お前ら……ふざけるなよ。利戸那は英雄なんかにはならない」
「あぁ!? そんなこと誰が決めたよ! 利戸那さんはな、英雄になるって決めたんだ。だったら、それを応援するのが助けられた人の役目だろ!」
「役目だと!? どの口でほざく! どれだけお前らが重荷になるのか、それがわからないとでも思うのか!」
「なによ! あんた、利戸那さんの何が気に入らないって言うの!? 優しいのに、強いのに!」
知っている。ああ知っているとも! じゃなければ私はこんなにも彼女を気にかけたりしなかった!
「待って、よ……」
「その腕、利戸那さんがやったんだな。お前、そこまでになって何したんだよ!」
「ちょっと、なんでそう言う風に捉えるの?」
「利戸那さんが理由もなくやる訳ないにきまってるからだろ!」
駄目だ。これは駄目な連中だ。
正義の味方の姿が見える。奴が笑っている。奴の思い通りになろうとしている。
「お前ら……」
どうする? 脅しをかけるのか?
今、右手には力がある。彼らを黙らせることは簡単だ。
幸い二人だ。二人なら、まだ止められるかもしれない。
ゆっくりと、右手を上げて、やめた。
それをして、なんになる?
彼らは云わば代表者だ。有象無象のなかで、この短時間で手に入れた利戸那を狂信する者たち。もしかすれば、この二人以外にも仲間はいるかもしれない。
そうなれば最悪だ。この場にはイマナもいる。彼女を巻き込めない。
このままでは、英雄も彼らも止められない。
流れが、出来てしまっていた。
「くっ……」
なちは動けない。力では解決できないことだ。
そして、全く事情を知らない人物たちは、利戸那のことを狂おしいほどに信頼している。誰が敵対している人の話を聞くのか。
おかしい、正しいのはこちらのはずなのに。
自分たちは、ただの他人に負けてしまうのか。
「さあ、利戸那さん……ここを離れましょう……」
このままでは、利戸那が英雄のままになってしまう。
正義の味方の思惑通りに……。
「……待ってよ」
彼女が、イマナが去ろうとする三人に声をかけた。
嫌悪の表情を隠さない二人、そして、心配げに見つめる利戸那の目がイマナに突き刺さる。
「さっきから、何なの? 英雄英雄って……」
「……はぁ? 英雄は英雄だろ。超人的な力を利戸那さんは持ってるんだ。それを」
「だったら……英雄は人じゃないの?」
「はぁ?」
男女が首を傾げる。意味がわからないといった風に。
「だって、そうだよ。あなたたちは利戸那さんを英雄と言っているけど、だったら英雄は、間違えないの? 正しいの?」
「そんなの決まっているだろ。英雄は間違えない――」
「なんでそう言えるの!」
イマナが声を張り上げた。気弱に見えた少女の突然の大声に、男女は、そしてなちと利戸那も肩を震わせる。
「私は、知ってる。他にも力を持っている人を。その子は少し人見知りが激しいだけで他は何にも変わらない女の子だったよ。他は何も変わらない、普通の人間だった。そして、あの子は少しだけ間違っていた」
それは、きっとリーアのことを言っているのだろうと、なちは思った。
しかしそれは、なちの知りえない彼女の貌。
なちに写る彼女の姿は、人形としての彼女。一度だけ、人間らしい脆さを見せたが、それだけであった。
思えばなちはいつだって力を持つ者たちと対立ばかりしていた。だからこそ、嫌気が差したのだが。
故に、イマナの言葉は、決して自分では言えない物だと思った。
「それは……単にそいつが間違っていただけだろ。利戸那さんは……」
「間違えない、っていうの。根拠は?」
「だって、私たちを助けてくれたし……」
「だったら! 私だって言うよ。彼女は、なーちゃんは間違っていない」
イマナが、なちを指差す。なちはただ呆然と、イマナを見つめていた。
「なーちゃんは私を救ってくれた。あなたたちが言うように、同じように助けてくれた」
「……じゃあ、お前は利戸那さんが、何もやっていないそいつの腕を折ったって言うのか?」
「……そうよ! そういう風になったってことは利戸那さんがそういう判断が必要だったからって思ったからでしょ!?」
「ううん……それは……」
「こういうことだよ」
なちは、自分の右腕を鉄棒に思い切り叩き付けた。ばきんと、腕の中で何かが折れる音がし、腕の中で血が滲む。
三人の男女の悲鳴が上がった。しかしなちは、折れてぶら下がる腕を四人の前で見せ付ける。
すると腕はわずか数秒で骨をつなぎ直し、血を止めて折れる前へと戻した。
「そ、それは……」
「つまり、そういうことだよ。私も力があってな。その力で左腕を折ったって訳だ」
「でもあんたの腕……」
「困ったことに左だけ治らなくなってしまったみたいでな」
その言葉に、利戸那は唇を噛み、ぷるぷると震えていた。
「つまり、私も一応お前たちの言う英雄としての素質はあるってことだ。当たり前だが、右腕だけだからといって、お前を放り投げることも不可能じゃない」
そう言って、男を指差す。その言葉に、男はぶるりと体を震わした。
「……さて、じゃあ私は間違っているのか?」
「それは……」
初めて男女が言葉に詰まる。利戸那を疑っているわけではない。しかし、彼らの根拠となるものが消えうせてしまったのだ。しかし、それでも女は利戸那の手を離さない。
「じゃあ……お前らが正しいっていうのかよ……? 利戸那さんが間違っていて、お前らが正しいって、そう言うのかよ!」
男が叫ぶ。破れかぶれだった。正しさに疑念を抱いてしまったのだ。間違いを捕らえるしかなかったのだ。
イマナは一度、かぶりを振る。
「違うよ。私たちは、誰も間違ってなんかない」
とどのつまり、気持ちが違うだけで。
間違ってない。
ましてや正しさなんてどこにもない。
正義も悪も。
ただ、守りたかったものが違うだけであり。
「私は、ただみんなが幸せになってほしいんだよ」
そしてゆっくりと目を閉じ、悲しそうにそう述べた。
「……もう、いいよ」
利戸那は小さな声で呟き、手を離した。
「り、利戸那さん……」
男女が心配そうな目で利戸那を見る。そしてイマナも、なちも。
「取られたんだって。そう思った」
自嘲気味な笑みを浮かべ、利戸那は言う。
「私には、なーちゃんしかいなかったのに、いつの間にか、私の席は知らない誰かに取られてたんだって」
「…………」
「けど、私には唯一つだけ、つなぐ物があった。私は、それに縋ったのかもしれない」
全てを壊された中に、たった一つ残された希望。
「私は、特別になりたかったんだと思う。誰に否定されてもいい。ただ、あなたにだけは……」
「わたし、は」
なちが二の句を告ぐ前に、利戸那はゆっくりと彼女の口元に人差し指を当てた。もう、手は離れていた。
「いいの。私は」
聞きたいわけじゃないから。
そう目で語られて、なちは何も言えなくなる。
「さて、じゃあ……イマナさんだっけ?」
利戸那は、手を差し出す。笑顔を見せる。
「じゃあ、終わりにしよう?」
イマナは、震える手で、利戸那の手を取った。




