【頭上三十センチの未来】
ゼミ室に入ると、名雪さんが頭の上に黄色い折り紙を貼り付けていた。
しかも細長い羽根までついている。
「……何してるんですか、先輩」
「タケコプター」
「見れば分かりますけど、なんで装備してるんですか」
「午後の講義、四階だから」
「階段を使って下さい」
名雪さんは「文明に逆行してる」と不満そうに羽根を指で回した。
もちろん飛ばない。
「でもタケコプターって、未来道具の中でもかなり革命的だよね。どこでもドアほど反則じゃないけど、移動の概念を根本から変える」
「確かに一人用の空中移動装置が一般化したら、交通網そのものが変わりそうですね」
「駅前一等地の価値とか下がるかな?」
「あり得ますね。道路の重要性も変わりますし。ただ、安全管理が地獄だと思います」
俺はホワイトボードに適当に人間と矢印を書く。
「全員が自由に飛べるなら、空にも交通ルールが必要ですよ。高度ごとのレーンを決めるとか、交差点ならぬ交差空域を作るとか」
「右折するときは空中で手信号?」
「ウインカーを付けましょうよ!」
「頭の上で黄色く点滅するやつ」
「めちゃくちゃ虫が寄ってきそうですね」
名雪さんが一瞬、真顔になった。
「それは嫌だな……」
そこは現実的なんだ。
「それに、あれって頭に装着してますよね。身体をどう支えてるのか気になります」
「髪の毛」
「絶対に違います」
「毛根に未来技術が詰まってる」
「そもそもあの未来型ロボット髪の毛ないですし!」
俺が言うと、名雪さんは頭の折り紙を外して、机の上でくるくる回した。
「じゃあ磁場かな。人体をなんかいい感じに包んで、全身を浮かせてる」
「“なんかいい感じ”で未来科学を処理しないで下さい」
「未来は説明できないから未来なのだよ」
妙にそれっぽいことを言った。
俺は折り紙の羽根をつまむ。
「でも、実際にあったら欲しいですね」
「お、茨木くんも?」
「はい。朝、寝坊した時に便利ですし」
「夢が小さい!」
「大学生にとって遅刻回避は重要ですよ」
「私は夜に使いたいな。コンビニ行くのに」
「さらに夢が小さいじゃないですか!」
「いやいや、深夜二時にパジャマのまま空飛んでコンビニ行くんだよ? めちゃくちゃ未来じゃん」
想像してみる。
大学近くの住宅街、その上空をパジャマ姿の名雪さんがふわふわ飛んでいる。
……未来というより妖怪だ。
「通報されますよ」
「じゃあマントも着る」
「不審者要素を増やさないで下さい!」
「でもさ」
名雪さんは窓の外を見る。
夕方のキャンパス。研究棟の向こうに、赤くなり始めた空が見える。
「もし本当に飛べたら、最初はどこ行く?」
「そうですね……」
海外とか、山頂とか、いくらでも候補はある。
けれど、たぶん最初は。
「大学の屋上より、少し高いところですかね」
「近っ」
「いきなり高高度は怖いですから。まずは慣らし運転ですよ」
「じゃあ私もそこにしよう」
「なんで同じ場所なんですか」
「一人で飛んで落ちたら困るし」
「俺がいても助けられませんよ」
「二人なら、落ちながら相談できる」
「そこまで行ったら諦めて下さい!」
名雪さんは笑って、折り紙のタケコプターを俺の頭に載せた。
「似合う」
「嬉しくないです」
窓に映った俺は、どう見ても未来人ではなかった。
ただ、隣で笑っている名雪さんまで含めれば。
ほんの少しくらいなら、未来っぽく見えなくもなかった。




