【白い円盤の停戦協定】
駅前のゲームセンターで、名雪さんがエアホッケー台の前から動かなくなった。
「茨木くん。勝負しよう」
「いいですけど、先輩、経験ありますか?」
「あるよ。小学生のとき、地元で“伊予の白い稲妻”って呼ばれてた」
「絶対に今作りましたよね」
百円玉を入れると、機械の奥でファンが回り始めた。盤面の小さな穴から空気が吹き出し、白いパックがわずかに浮かぶ。
名雪さんがパックを指で押すと、抵抗もなく、すうっと滑った。
「おお。摩擦が死んでる」
「物騒な言い方をしないで下さい。空気で浮かせて、接触抵抗を減らしているんですよ」
「つまりこの台、地面との関係を断ち切った者だけが速くなれる」
「その言葉、人生相談には使わないで下さいね」
開始音が鳴る。
名雪さんがいきなりスマッシャーを振り抜いた。
カンッ!
パックは壁に当たり、俺のゴール横を抜け、再び名雪さんの側へ戻る。
「速っ!」
「先輩、腕だけで打つと制御できませんよ。相手の位置を見て角度を――」
「説明中は無敵時間じゃないよ!」
再びパックが飛ぶ。
俺は慌てて弾き返した。壁に二度当たったパックが、名雪さんのスマッシャーを避けるようにゴールへ吸い込まれる。
電子音とともに、俺の得点表示が一つ増えた。
「いまの何?」
「壁反射です。ビリヤードみたいに入射角と反射角を考えました」
「エアホッケーに理系を持ち込むの、レギュレーション違反じゃない?」
「先輩も伊予の稲妻を持ち込んでるじゃないですか」
次の一球。
名雪さんはスマッシャーをゴール前に置き、完全防御の構えを取った。
「鉄壁モード。ここから先は有料です」
「すでに百円払っています」
俺が左右に揺さぶると、名雪さんも合わせて移動する。だが、パックを見るのに夢中で、自分のスマッシャーがゴールを塞いでしまった。
跳ね返ったパックが、スマッシャーの縁に当たり、そのまま名雪さんのゴールへ入る。
「自爆しましたね」
「違う。内通者がいた」
「その内通者、先輩が握ってますよ」
試合は六対六。
次の一点で勝負が決まる。
パックを中央に置くと、名雪さんが急に真剣な顔になった。
「最後は小細工なしで、正面からいこう」
「承知しました。受けて立ちます」
開始。
名雪さんが打つ。俺が返す。右、左、正面。白い円盤が忙しく往復し、乾いた音が連続する。
だんだん、どちらが攻めているのか分からなくなる。
ただ、返ってきたものを、もう一度相手へ返す。
会話と同じだ。
名雪さんの妙な言葉を俺が拾い、ツッコミにして返す。そうすれば、また少し形を変えた言葉が戻ってくる。
最後の一打は、ほとんど同時だった。
二つのスマッシャーに挟まれたパックが真上に跳ね、盤面へ落ちる。そのまま勢いを失い、中央でゆっくり止まった。
同時に終了音が鳴る。
「引き分けですね」
「美しい停戦だ」
名雪さんはスマッシャーを置き、満足そうに手を振った。
「次は二百円分やろう。決着つくまで」
「それ、停戦を一分で破棄してませんか?」
「平和は次の戦いまでの休憩時間だからね」
再びファンが回り、白い円盤がふわりと浮く。
俺はスマッシャーを握り直した。
まあ、もう一試合くらいなら付き合ってもいい。
返した言葉がまた戻ってくるうちは、この勝負はきっと終わらない。




