鯨は夜を迷わない。
十一月。教室は少し静かになった。五十嵐や水無瀬とは変わらずに浅い友達のままだった。しかし、放課後の誘いや、勉強教えて、といった軽い頼みは断るようにした。
元々薄い付き合いではあった。今日もパス、という乾いた笑いに対して、彼らの視線が心配から無関心に変わるのに、さほど時間はかからかかった。
五十嵐も水無瀬も自分も、所詮高校生だった。全て、無邪気な噂に轢き殺される中で生きる、ただの高校生。
その中で上手くやっていた自分が立ち止まった時、誰もそこに手を差し伸べない。
悲劇の物語を追加された有栖川真琴の肩書きは、いつしか、愛想が悪く誘いも断る、便利には使えないクラスメイトに変わった。自分の居場所は教室ではなくなった。
多分、自暴自棄のような状態だった。自分の居場所がこの世界のどこにもなくたって良いとさえ思った。
ムードメーカーの肩書を待つ有栖川真琴しか求められないなら。便利に使える何でも屋しか求められないなら。
講評で三位に置かれた自分のデッサンを見る。構図がいい、見せたいものがわかる、と言われた自分の絵。
やっと、一つ進んだ気がした。描き続けるのは苦しかったが、絵を描く間は一人だった。一人ならば、誰も自分を求めない。
イヤホンをして、誰にも話しかけられないように環境を整えてから、綺麗に削れた鉛筆を持つ。いくらでも描けた。構図、形、調子、質感、空気感。
絵に呑み込まれていた。絵しか見ていなかった。犀川先生の「少しは休みなね」という言葉も、夏目の「最近ちょっと心配だよ」という言葉も、朝日奈の「息抜きはあった方が良い」という言葉も、どんどん聞こえなくなっていた。
藝大に行きたかった。理由はもうわからなかった。ただ、ひたすらに、寝る時間も惜しんで絵を描き続けた。
「有栖川。授業後、職員室に来なさい」
肩を叩かれて目を覚まし、顔を上げる。手には鉛筆ではなく、ボールペン。数学の教科書とノートがよくわからないページで開かれており、ここが教室である事を理解した。目を擦ってから、微かに頷く。直後、授業終わりのチャイムが鳴って、一時間丸々通しで寝ていた事に気付いた。慌てて時計を見る。五限が今終わった。あとは六限と七限だけ。
何一つ授業を聞いていなかった。一限から、全ての記憶がない。
職員室で五分ほど怒られ、ぼんやりとしたまま教室に戻る。最近ずっと授業中に寝ていたらしいが、今日は特にひどかったと言われた。形式上の気遣いの裏に見える刺すような視線が、煩わしいとさえ思った。
人は簡単には変わらない。大人になっても、都合良く他人を使う事を覚えた人間は、そのまま生きていくのだろう。
こういう時に茶化す五十嵐も、それに釣られて笑う水無瀬も、ここにはいない。
誰が悪かったのだろうか。それとも、自分が間違っていたのだろうか。どこで間違えたのか、もう誰も答えない。
姉が居そうだよね、という言葉に、乾いた笑いを浮かべ肯定したあの日か、文化祭前に家族の話題になった時に適当にはぐらかしたあの日か、体育祭で五十嵐の質問に答えてしまったあの日か。
溜息を吐きながら、教室に戻る。自分は絵を描かなくてはいけない。授業開始のチャイムが鳴った。
夢を見ていた。
イーゼルに置かれた自分のデッサン。筆致が強い。強くて、自信があって、華がある。まだ改善点が見える。しかし、やってきたことは間違っていなかったと思えた。
ゆっくりと鉛筆を置いた。三時間半。
達成感による高揚か、微かに右手が震えている。呼吸も浅い。しかし、笑い出しそうだった。目を合わせないブルータスが、そこに生きている。嬉しかった。こんなにも楽しくて幸せで、黒と白の絵は眩しかった。
瞬きを繰り返して、口角が上がるのを抑える。視界の隅が黒くなった気がした。黒鉛が目に入ったのかと思って、立ち上がる。立ち上がれなかった。
最初に腕に痛みが来て、自分が倒れた事を理解した。イーゼルは無く、そこにあるのは教科書とペン、それから私服のクラスメイトの背中だけだった。
痛い、と思った。泣きそうだった。物理的な痛みは大した事がないはずだった。ただ、痛い、という言葉を唇がなぞった時、どうしようもなく泣きたくなった。
何故なのかはわからない。わからないけど、痛い、が導き出された自分の正解だった。
誰かの焦った声が聞こえた気がした。それを最後に記憶は閉じた。
目が覚めたら保健室にいた。
養護教諭は事務的に必要な事を伝え、出ていった。一人の空間は心地よかった。誰も自分を壊さない。
ふと、鞄がかけられている机にファイルが置いてあるのがわかった。目眩は残るが、恐る恐るそれを手に取る。
授業中に言われたであろう小テストの範囲や問題の解説がファイリングされていた。五十嵐の筆圧が強く少し荒い文字でも、水無瀬の小さくて丸い文字でもなかった。少し流れが見える、右上がりの文字。
それが誰のものかを判別する気力はなかった。ぼんやりと無人の保健室を見る。帰って絵を描こう、と思った。
数日学校を休んだ。犀川先生の所にも行かず、絵を描いた。デッサンは楽しかった。ずっとそれで良かった。
それは、痛みだった。ずっと、便利に人から使われてきた事を黙認し続けてきた、痛み。
流石に休み過ぎても怒られるので学校にはある程度行った。
担任から休んでいた分のプリント類を貰った。解答は無かったが、もうどうでも良かった。プリントも目を通さなかった。
五十嵐にも水無瀬にも、誰にも頼まなかった。もう何もわかっていなかった。
たった一人、最初から自分を肩書きで見なかった人間がいることも、流れのある文字に見覚えがあったことも。
もうずっと前から自分は壊れていた。
違和感は綻びになり、綻びは亀裂になる。亀裂はいつか、全てを壊す。
わかっていた。わかっていた、つもりだった。
寝ていた授業のプリントの解説が机に置かれる事が増えた。誰が置いたのかを考えなかった。担任は解説を渡さない。勝手に勉強しろと言わんばかりの放任主義だった。だから、担任ではないとはわかっていたが、担任が置いたのだろうと勝手に思い込む事にしていた。そんな事よりも、絵が上手くなりたかった。
それが、自分が最も嫌だった事をしているという事実には気付いていなかった。
他人の善意を当たり前のように搾取して、人を便利に使う。
全く同じ構図だった。担任から雑用を頼まれた時も、五十嵐から放課後に問題の解説をお願いされた時も、文化祭の黒板を任された時も。
結局、自分も周りと同じだった。勉強が出来ない訳ではない。視野が狭い訳でもない。ただし、それが悪意から来るものでは無かったとしても、知らず知らずのうちに人を使う事を知っていた。




