有閑魔王に温泉を。(6)
ストニアの森を切り拓いてつくられたのだという新しい街並みを抜け、グレアスとリオは山の麓に辿り着いた。そこから鬱蒼と木々の茂る山は果てしなく高く見える。
「げぇ……ここ、ほんとに登るの?」
目の前の山道は、下草に覆われ、石やらもごろごろしており、まさに獣道といったような有様だ。それを目の当たりにして、リオがうんざりしたような口調で言った。
「問題ないさ」
しかし、グレアスは涼しい顔を崩さず、さっそく山へと乗り込んだ。
リオは、一瞬ためらったようだが、すぐに意を決したようにグレアスの後を追ってくる。
「あれ……? なんか、思ってたよりも、歩きやすい?」
歩き出すなり、そうつぶやいた。
グレアスは何も言わず、ただ、ちら、と、笑った。
いまはグレアスがリオに先立って歩いている。草も木々も大地も、魔王グレアスに畏れ憚って、こちらの歩みを邪魔したりはしないというわけだ。が、そんなこととは知りもしないリオは、ただ不思議そうな顔をしていた。
まだ朝のうちの光が、木々の繁らせる葉の隙間から差し込んでいる。光を空かした葉は、明るい黄緑色に輝いていた。
とはいえ、鬱蒼たる山の中は、基本的には薄暗かった。空気はどこか湿り気を帯びて重いようにも思う。スプリングスの街の沈んだ空気の影響でそう感じるだけのことだろうか。
「グレアスにいさん……ここで、何か手がかり、見つかるのか?」
しばらく歩みを進めると、リオが不安そうに言った。
「さあな。だが、当てはないではない」
「え? そうなの? ほんと?」
「まあな。温泉とは、大地のもたらす恵みだろう。だからまず、手掛かりは地形と地質にあるはずだ」
「ふうん、なんか難しそうな話だけど。それで、この山に登れば、それがわかるの?」
「いや、山で探すものは、それとは別だが」
グレアスが言うと、リオは、わけがわからないといった顔をした。グレアスは、まあいずれわかるさ、と、ちいさく苦笑を漏らす。
「ところで、リオ少年」
「ん? なに? グレアスにいさん」
「さっき、この山で時折見つかると言う飾り石を見せてくれたな」
「ああ、うん。でも、それが?」
リオはグレアスの問いの意味をはかりかねるらしい。きょとんとして首を傾けた。
「この街の近くでは、その飾り石の他にも、なにか鉱石などは採れるのか?」
「鉱石だって?」
驚いたように口にして、とんでもない、と、首を横に振る。
「そんなの採れてたら、そもそも、温泉が出ないくらいで街は困ってないよ。そういうのの鉱山でもあれば、そっちの産業で、食ってけたはずだろ?」
「まあ、そうだろうな」
グレアスは軽く頷き、足を止めた。その場で土をすこしばかりすくい上げ、指先でこすってみる。てのひらの上に載せて匂いをかぎ、ふむ、と、唸ると、土を払った。
「鉱石が、何か関係あるの?」
リオが不思議そうに尋ねた。
「火山性の鉱石が出ないということは、ここら一帯の山は、もともと火を噴く山ではない可能性が高い」
「火山じゃないってこと? たしかに噴火の話とかは聞いたことないけど……え、でも、ちょっと待ってよ。じゃあなんで、スプリングスでは温泉なんて湧いてたのさ? いまはもう噴火する山じゃないけど、昔はそうだったとかでもないっていうの?」
そんなのはおかしくはないか、と、リオの投げかけてきた疑問に、グレアスは我が意を得たりというふうに、ふ、と、口の端を持ち上げた。
「つまり、そこが要だ」
「要……」
「そうだ。火山と縁のなさそうな場所で、滾々と湧く地下水を、温泉と呼べる温度にまであたためられるエネルギー源。火山と同等の熱エネルギーを持つ別の熱源があったから、ここには温泉が湧いていた。それ以外に、考えられん」
「火山と同等の、別の熱源だって……?」
呆然とそうつぶやく。
「だって、そんなの、無理だろ? ずっと湧き続ける温泉の水を、誰がどうやって、お湯にし続けてたっていうのさ。魔法にしたって、桁違いすぎて、人間業じゃない。魔族の使う魔術だとでもいうの?」
リオが信じられないというふうに口にする。
「さて、な。だが、まあ、たしかに、人間業ではなさそうだ」
グレアスは意味深に言って、わずかに口許をゆるめる。が、それ以上は何も言わないまま、さらに山を登りはじめた。
やがて、すこしばかり視界が開ける。いつしかずいぶんと高いところまで登ってきていた。斜面に出た途端、リオが足を止めた。
「あれ……なんだ?」
地面を覆うように、両のてのひらに余るほどの大きさの、ボールを半分にしたような、黒褐色の何かが大量に転がっている。それを見て、グレアスは、に、と、笑った。
「やはり、あったな」
の隣で、リオはぽかんと口を開けていた。




