有閑魔王に温泉を。(8)
「……え……?」
リオはグレアスの眼差しを追い、そしてはっとしたように自分の首に手をやった。
そこから引っ張り出したのは、細い革紐に通された、小さな黒い飾り石だ。山中で時折見つかる、石のようなもの。かつて勇者が縁起物と言い、街の人間の多くが、お守りとして身につけるようおになった、それ。
「……こ、れ……?」
「そうだ。それこそ、ストニアの種だ」
リオは、ぽかん、と、口を開いた。さかんに目を瞬いている。
グレアスはちらりと苦笑すると、手を伸ばして、リオからその飾り石――否、ストニアの種を、受け取った。
てのひらにそれを乗せて立ち上がると、もう片方の手をゆっくりとそれに翳す。すると、種はふわりと空中に浮かび上がった。
グレアスは、今度は両手を空に向けてひらくと、浮き上がった種のほうへと魔力を注ぐ。 かげろうのように空気は震え、蜃気楼のように周囲の風景がかすかに揺らぐ。グレアスの整えられた爪の先から、繊細な絹糸のような力の流れが、種のほうへと繋がっていた。
やがて種はやわらかな光を放ち始める。
ふわふわと中空に浮かんでいたそれが回転しながらゆっくりと地面へと降り、種が土に触れた、まさにその刹那だった――……ぱしん、と、爆発にも似た光の炸裂が起こり、その後には、しん、と、静寂が落ちた。
その静謐の中、ごぽ、と、土が盛り上がった。
かと思うと、初々しい緑の子葉が芽吹き、みるみるうちに伸びていく。
あっという間にそれは若木となり、そしてそのまま、大木といって過言ではないほどにまで生長すると、葉を繁らせ、実をつけた。
「……うそ、だろ……?」
リオが呆然とつぶやく横で、フレアクロウが、カァ、と、短く弾んだ声で鳴いた。
大鴉は、ばさり、と、翼を広げて、新たに生えたばかりのストニアの木の傍へ寄った。ばさばさ、と、嬉しそうに羽打ちを数回すると、しなやかなくちばしで、器用に実を?いだ。
大鴉は、熱を帯びた吐息とともに、ぱあっと一度、炎を吹き上げる。実を地面に置くと、今度は硬い殻目掛けて、カァ、と、ひと声啼いた。
それとともに、蒼白い焔の灼熱が実を覆った。そしてしばらくの後、ぱきん、と、澄んだ音とともに、殻は見事に真二つに割れていた。
周囲にはまだ、ほんのりとした熱が、残り香に似て、漂い続けている。
「これが……オレたちの街の温泉の熱源……」
「まあ、俺たちが傍にいるから、いまのはだいぶ、加減して噴いてくれた火だったようだがな」
フレアクロウの焔は、本来ならばもっと苛烈だ、と、グレアスはリオに教えた。
「さて。リオ少年に、ひとつ頼みがある。対価の分、働いてもらおうと思うが、いいか?」
「もちろん……でも、なに?」
「街の者から、ストニアの種を集めてきてくれないか。俺が力を貸そう。新たなストニアの森をつくってやる」
リオはグレアスの言葉を受けても、しばらく何を言われたのかわからないというふうに、ぽかんとしていた。
だが、はっと我に返ると、きゅっとくちびるを引き結ぶ。眸に決意の色を滲ませる。その顔には、明るい希望も浮かんでいた。
「わかった。まかせて!」
リオが真摯な顔で頷きを返してくれたので、うん、と、満足げにグレアスは目を細めた。
「あのさ、グレアスにいさん」
「なんだ」
「ストニアの森……できたら、麓に近いあたりに、作ってくれないかな?」
「ん? そればべつに構わんが、なぜだ?」
「だって……山頂だと、手入れに来るの、ちょっと大変だろ? 妹のメイアみたいに身体があんまり強くないとかだと、山登りはきついっていうか」
「まあ、そうだな」
「ちゃんと……大事にしたいんだ、今度こそ。街の、みんなで、さ……」
そう言って、リオはフレアクロウをじっと見る。
その、強い思いを浮かべた表情に、グレアスは、うむ、と、頷いた。
「承知した。任せておけ」
そう答えると、リオの顔がぱっと明るく輝いた。




