晴れた空の下に咲う花
学園の中庭に設営されたカフェテーブルにて。四人の令嬢が聖女フィオナを囲んでお茶会を開いていた。気取らないセルフ形式のお茶会は身分の垣根なく、終始明るい話題で華やいでいた。
「アンブローズ様は何年で改心なさるかしら」
「さあ? 十年でも厳しいのではなくて? いまとなってはどうでもいいことだわ」
表彰会の日に廃嫡となったアンブローズ王子は、とある侯爵家に従者見習いとして期限未定で下働きをすることとなった。侯爵は実子のみならず従者にも厳しい教育を施す人物として知られており、王子の肩書きだけでふんぞり返って生活していた彼は毎夜の如く枕を涙で濡らし、後悔に明け暮れているらしい。時折アナスタシア宛てに自分が如何に哀れで救うべき状況にあるのかを語った手紙を寄越しているようだが、アヴァロン公爵がアナスタシアの目に触れる前に全て焼却処分している。
「そうですわ。アナスタシア様のご助言通り、あのドレスと手紙をバートランド様のお母上宛に送りましたところ、すんなりお話が進みましたわ」
「それはなによりでした」
表彰会で婚約破棄がされたあとも、ボガート子爵本人がベリンダと息子との婚約を諦めきれず幾度となく謝罪の手紙を寄越してきていたのだが。困り果てたベリンダがフィオナを通してアナスタシアに相談したところ、父ではなく母に事の次第を送って差し上げるようにと助言がされた。ボガート子爵は「ちょっと口が滑るくらい、よくあることじゃないか」と言っていたのだが、妻に涙目でビンタされた挙げ句離婚まで持ち出されて、やっと目が覚めたという。
「ベリンダ様に対する悪評は最早耳の端にもかからなくなりました。その代わり別の方がいまは話題の中心のようですけれど」
そう言って、アナスタシアは紅茶を優雅に啜る。
ベリンダを公の場で侮辱したバートランドは、バレット伯爵家から多額の慰謝料を請求され、言動の殆どを社交界に触れ回られた。結果、どの家からも婚約を断られる羽目になり、ボガート子爵家は時期に廃れていくだろうと噂されている。彼には弟がいたが、弟もバートランドの言を真に受けて「兄の婚約者は商売女なんだ」「派手で頭の悪い女に目をつけられて兄が可哀想だ」「娼婦風情が貴族に嫁入りできるわけがないのに馬鹿げている」とパーティで言ったことが広まっていて、此方も結婚相手は見つからないだろうと言われている。悲惨なのは、彼らの親である。家の存続のためどうにか格上の相手と婚約を結んだというのに、当の息子たちがそれを踏み躙ったのだから。
「噂といえば、先日、わたくしの友人のイザドーラがバートランド様に夜会で婚約をもちかけられたと憤っておりましたの。でも『私、貴方の仰る頭の弱い商売女と長い友人ですの』と言ったところ顔を青くして謝罪もなく逃げ出したそうで」
「まあ。ご自身の婚約者……だった方の交友関係すら把握なさっていなかったのね」
ディアドラが、口元を抑えて目を丸くした。つり気味の大きな目が、上向きの長い睫毛が、より強調される。
「そのようですわ。それで後日、イザドーラから丁寧な謝罪を頂いてしまいまして。羽虫を追い払うためとはいえ貴方を商売女と口にしてしまった、と」
「わたくしでもそのような場面に遭遇したら『言っておやりなさい』と申し上げると思いますわ」
「ええ。ですからわたくしも気にしないように伝えたのですけれど……お詫びに街のカフェへ誘われてしまいましたの」
「律儀な方ですのね。でも、ご友人とお出かけなんて羨ましいですわ。ベリンダ様が気にしていらっしゃらないならそれをお伝えして、楽しみたいと仰れば良いのではと愚考いたしますわ」
手を合わせてふわりと微笑むディアドラに、ベリンダはそういう考えもあるのかと思い直し、イザドーラの謝罪を受け取ったらあとは楽しむことにしようと決めた。
一方フィオナはコニーの横顔を視界に収めながら、クッキーをつまんだ。
「ねえコニー、あれからあの男は寄ってきてない?」
「ええ。大丈夫よ。暫くしつこかったんだけど、ある日突然来なくなったの」
「へえ、不思議ね。お父様でも戻られたのかしら」
「そうかもしれないわね。チェンバース候はとても厳しい昔気質の方だから」
そうかもしれないわね。と、白々しくフィオナが笑う。
キャメロンはあのあとも暫くコニーの家に押しかけては相変わらずの上から目線で「意地を張らずに戻ってきていいよ!」などと宣っていたようだが、アナスタシアを通して王命を受けたチェンバース侯が息子を引きずって帰り、口にするのも憚られる折檻をして自慢の顔に傷が残ってしまったという。チェンバース侯は外遊の多い役職だったゆえに息子の蛮行に気付くのが遅れたと丁寧な謝罪をコレット男爵家に送り、息子を二度とコニーと関わらせないと宣誓した。ついでに、キャメロンに侍って散々コニーを馬鹿にしていた令嬢たちも普段の素行が社交界に広まり、もらい手がつかず不良中古物件と揶揄されているようだ。何故なら彼女たちは互いに競い合うあまり、全員がキャメロンと寝ていたからだ。婚前交渉を婚約者でもない男とした令嬢など、誰ももらいたがらない。結婚後も、余所の男と遊び歩くことが約束されているようなものなのだから。
「ディアドラ様は最近顔色が特によくなられましたね。安心致しました」
「ありがとうございます。おかげさまで、この頃はよく眠れるようになりましたの」
以前はずっと怯えたように俯いて、身を縮めながら生活していたディアドラだが、いまはすっかり晴れやかな笑顔を見せるようになった。とはいえ男性の怒鳴り声には未だ苦手意識があるようだが、それも時期に癒えていくことだろう。
「デリック様はあれからも小柄な令嬢に声をかけて回っていたそうですけれど、元々評判がよろしくなかったこともあっていまでは招待状すら届かなくなっているとか」
「いまは西の果ての修練小屋にいらっしゃいますから夜会どころではないでしょう。丁度良かったのではないかしら」
恐ろしいことを言いながら、とても嫋やかにアナスタシアが微笑む。
デリックはディアドラを悪女と罵る一方で、彼女のいない場で背の低い令嬢相手に「令嬢というのは、あなた方のような小さく華奢な女性を指す言葉だ」と言っていたことが判明。ディアドラよりも背が低いのを気にしていたことを暴露され、「見た目通り器が小さい男」という評判が瞬く間に広まった。ドーソン伯爵はその後、息子をドリューウェット辺境伯の領地とはまた別の国境付近を治める辺境伯が運営している修練小屋に預け、其処で「お前が田舎者と馬鹿にした方々が普段どれほど身を削って国を守っているか理解するまで帰ってくるな」と言った。その領地では山から下りてくる魔物や野盗との戦いが日常で、ディアドラがどれほど厳しい環境で生きてきたか思い知ったものの、謝罪の受け入れ先は最早存在しなかった。




