優しく眩い輝きの下で
「聖女フィオナ。良き働きであった」
其処へ、深く低い荘厳なる響きを持った声が割って入った。
視線が壇上へ集まる。国王と王妃が登場し、フィオナとコニーはカーテシーで以て二人を迎える。
「コニー・コレット。そなたの功績を此処に讃える。今後ともコレット家が変わらず我が国へ忠誠を誓い、発展することを望むものである」
「ありがとうございます。此度の栄誉を胸に、より一層国のために励む所存です」
「うむ」
王は傍らの従者から表彰用の盾を受け取るとコニーに向き合い、目尻に皺を刻んで穏やかながらも会場中に響き渡る声で讃えた。
そして王は、一変して場違いにも階段上に居座り続けたアンブローズ王子を厳しい目で見据えた。
「この栄えある表彰会を下らぬ茶番で穢し、これまで王家に正しく仕えてきた者らを侮辱した罪は重い。お前はこの場で廃嫡とし、バートランド以下三名は追って処分を申し伝えるものとする」
「そ、そんな……」
居場所を失ったアンブローズ王子は、ふらふらとよろめいてその場に膝をついた。
悪辣な女たちを皆の前で断罪し、恥をかかせて身の程を思い知らせて、フィオナと真実の愛で結ばれると信じていたのに。
だが、実際はどうだ。フィオナはアナスタシアからなにもされていないどころか、全員フィオナを中心に繋がっていた。
最も衝撃を受けているのはキャメロンだ。
何の取り柄もない、平民から成り上がった貴族モドキの商人だと思っていた娘が、栄えある表彰パーティの主役だなんて。なにも知らなかった。何故ならキャメロンはコニーに微塵も興味がなかったから。結婚後もこれまで通り自由に遊び歩くために、従順で文句を言わない格下の家を選んだから。――――そう。そのために選んだのをすっかり失念していた。もしいまコニーに逃げられたら、キャメロンの周りには嫉妬深く互いに牽制し合う派手な女しかいない。彼女らは愛人として遊ぶ分にはいいが、妻にすれば面倒でしかないことは火を見るよりも明らかだ。
「コニー! 君がそんなに優秀だったなんて知らなかった! これまでの君の態度は許すからさ、また婚約者としてやり直させてあげるよ!」
焦ったキャメロンは、最も言ってはいけない言葉を口走った。
王からも王妃からも、言われた当人であるコニーでさえも溜息すら漏れなかった。
磨き上げられた刃のような目で、フィオナはキャメロンを見下ろす。軽蔑などと、生やさしい感情ではない。最早あれを人と見做してすらいない。同じ人間なら話せばわかりあえることもあっただろうが、人語に似た音をまき散らす汚物とはわかりあうことなど到底不可能だ。
慈悲の刃に属する娘は皆、処分対象に心を砕かない。全ては王家のため。そして、王家が擁する愛すべき民の安らかなる日常のため。
「これ以上、この目出度き場を穢らわしい雑音で汚すことはありませんね」
何処までも温度のない声でそう言うと、フィオナは何処にともなく「お姉様方」と呼びかけた。
「アンブローズ様たちがお帰りです。送って差し上げてください」
「承知致しましたわ」
フィオナの声に応える声が、ホールのあちこちから上がる。いったい誰がと周りを見回す生徒たちのあいだから、美しいドレスを纏った令嬢たちがスッと進み出てきて瞬く間にアンブローズ王子たちを捕縛した。
その手並みは見事の一言で、ゆったりとしたダンスを踊るだけでも大変な格好だというのに、まるで騎士服でも着ているかのような素早く的確な動きだった。しかも、令嬢が男性を相手に力負けしていない。単純な腕力で勝っているのではない。人間が何処をどう抑えられれば動けなくなるのか、どう関節を固めれば痛みを覚えるのかをこの上なく正しく把握し、実行しているのだ。
最初こそ「ふざけるな! 俺は王子だぞ!」「女風情に俺が負けるかよ!」などと喚いていたアンブローズ王子とバートランドだが、どう暴れても僅かも抜け出せない上に暴れれば暴れるほど全身に痛みが走ることを悟ると、顔を真っ赤に染めてぐっと押し黙った。キャメロンとデリックに至っては、唖然とした顔のまま数分前まで己の婚約者だったはずの令嬢を見つめ、無抵抗で取り押さえられている。
「あなたたちは、自分で幸福へ至る道を手放したのですよ?」
聖女フィオナは、彼らのよく知る花のような微笑で無慈悲なトドメを刺した。
成り行きを見守っていた周囲の生徒たちは罪人のように連行されていく四人をただ呆然と見送り、そして彼らを連れ出していく令嬢たちの顔に見覚えがなかったことに気がつくと、空恐ろしさに小さく身震いをした。
彼女たちは当たり前にこの場に馴染んでおり、当然のように紛れ込んでいた。
フィオナがいつの間にか彼らの心に入り込み、四人共を虜にしていたように。
「皆様、どうぞ気を取り直して、コニーの開発したシャンデリアの美しさを是非ともご堪能くださいませ」
壇上から、フィオナが皆に向けて告げる。
その姿は貴族社会を知らない平民の娘とは思えないほど堂に入っており、コニーとよく似たドレス姿も決して着られているみっともなさがなく、此処にいる令嬢たちに劣らぬ品が感じられた。
最初こそ戸惑いが隠しきれなかった生徒たちだが、ふと見上げた天井につり下がるシャンデリアを認めると、思わずといった様子で感嘆の息を漏らした。
炎の魔石で作ったランプとは異なるやわらかな乳白色の光は、広いホールを明るく照らしながらも目に優しく、陽光と違いキラキラと瞬く様さえ眺めていられた。
「ずっと気になっていたのだけれど、この灯の下だと肌の色が凄く綺麗に見えるの。わたくし、唐突に化粧のノリが良くなったのかと思ってしまったわ」
「わたくしもよ。過去嘗てないくらい、肌が凄くなめらかに見えるの」
令嬢たちが頬を押さえ、うっとりと零した。
化粧を施していない腕を見ても、まるでおしろいを叩いたようなやわらかな白色に映る。これまで自分を美しく見せるには化粧の技術を磨くしかなかった。だが、灯がそれを後押ししてくれるなら、肌や髪への負担も軽減されるのではないだろうかと、期待が膨らむ。
「なあ。この石を使った灯ならベッドサイドに置いても安全なんじゃないか? 俺、ずっと寝る前に本を読みたかったんだ」
「それいいな。広く普及するようになったら、子供部屋のランプも改善されそうだ。庶民は高価な強化ガラスを買えなかっただろ? 今後は夜の火事も減りそうだよな」
「僕たちが生まれる前は暖炉の灯が唯一の光源だった時代もあるそうだよ。移動には蝋燭が剥き出しの手燭を使っていたんだって。其処から随分と発展したものだね」
「ほんの数十年でこれほど便利になったのは、コニー嬢のような才媛や数多の学者が生活の不便を解消しようと努力してくれたお陰ってわけだ」
これまでの人生で感じたことがない、溢れんばかりの敬意がコニーに注がれる。
新興貴族はまず貴族社会に溶け込むだけでも一苦労だ。なにしろそれまでは平民の労働者階級で、叙勲された時点から貴族になるのだから、生まれながらの貴族たちと抑もの素養が違う。パーティでのマナーを知らずに恥を掻き、茶会の常識を知らずに粗相をして、それでも食いつき続けた者だけが生き残ることが出来る世界だ。
コニーは見事に努力と才能で厳しい生存競争を生き抜いた。
その苦労が、いま漸く報われたのだ。




