婚約破棄を宣言する!
表彰会は、学園の敷地内にあるパーティホールで行われる。
煌めくシャンデリアに、鏡面の如く磨き上げられた石造りの床、壁際には華やかに活けられた色とりどりの花が並び、大階段の先にはパーティの主役が立つ表彰台と、王と王妃が座すための玉座がある。
正面入口から入場した生徒たちは、広いホールの思い思いの場所で友人と談笑し、開宴のときを待っていた。
其処へ、一層大きなざわめきが起こり、何事かとホール中の視線が集まる。
「まあ、アンブローズ様だわ」
「どうしてアナスタシア様をエスコートしていらっしゃらないのかしら」
「ご友人のバートランド様たちもご一緒のようだけれど……」
「誰も婚約者の方をお連れでないなんて」
ヒソヒソと囁く声が、さざ波のように広がっていく。
フィオナはアンブローズ王子にエスコートされて会場入りし、そのまま王子と共に壇上へと上がっていった。ホールを見渡せる位置に立つとアンブローズ王子は眼下に視線を送り、なにかを探す素振りを見せた。
其処へ、アナスタシアを始めとする令嬢たちが会場入りした。彼女たちの手を引きエスコートすべき令息は皆、既に会場にいる。つまらないものを見る目で婚約者たる令嬢たちを眺めており、その異様な空気は他の生徒たちにも伝播しつつあった。
「皆の者! この場を借りて伝えたいことがある!」
何とも形容しがたい靄掛かった空気を切裂くように、アンブローズ王子が会場中に響き渡る声を上げた。
「俺は今日このときを以て、悪女アナスタシアとの婚約を破棄し、聖女フィオナとの婚約を宣言する!」
ざわっと空気が揺れた。
友人たちと顔を見合わせる者、口元を扇子で隠して小さく囁き合う者、不安そうに自らの婚約者に縋る者、己が婚約者を安心させるべく抱き寄せる者等々。生徒たちは様々な反応を見せる。
当のアナスタシアはというと、背筋を伸ばし表情一つ眉一つ動かさずに、凜とした姿勢を崩さず壇上を真っ直ぐに見上げている。
「どれもこれも貴様自身が招いたことだ! 毎日のようにフィオナを呼び出し、陰で取り巻き共と結託してフィオナを学園から追い出そうといびり倒していただろう!」
驚愕の空気を孕んだ視線が、アナスタシアたちへと注がれる。
アンブローズ王子に肩を抱かれているフィオナは、俯いていて表情が見えない。
「陰湿な悪女は将来の王妃に相応しくない! よって、貴様との縁はこれまでだ! 俺は真実の愛で結ばれたフィオナを王妃に迎える!」
嘲りの表情でアナスタシアを見下ろして、アンブローズ王子は言い切った。此処で王妃という言葉を使ったということは、まだ王太子にすらなっていないというのに、次期国王になるつもりでいるようだ。
王子に続くようにして、バートランドが口を開く。
「ベリンダ、お前、俺が贈ったドレスを着てこなかったな。つまり婚約破棄されても構わないということだな? お前のような穢れた商売女をもらってくれるような男はこの世に二人といないだろうに、自分から不幸になる道を選ぶとは、やはり商売女は頭が悪いな」
「コニー。君は従順なところだけが唯一の長所だったっていうのに、それすら捨ててしまったら何の取り柄もない底辺貴族モドキじゃないか。また平民に戻って身の丈にあった石ころ娘らしい生活を送ったらどうかな」
「ディアドラ。浅ましい田舎女のお前が婚約者だったこと、俺はずっと苦痛だった。今後は土地の広さだけが取り柄の田舎貴族らしく、畑でも耕して暮らすことだ」
更にキャメロン、デリックが続けざまに婚約者を公の場で誹り、此処ぞとばかりに声を揃えて婚約破棄を言い渡した。
瞬間、パチン、と音を立ててアナスタシアが扇子を閉じた。
「アンブローズ様、並びにバートランド様、キャメロン様、デリック様、皆様はこの表彰会の場でわたくしたちとの婚約を破棄し、関係性を白紙とする。……お間違いはないのですね?」
「見苦しいぞ! 今更縋ろうったって……」
「質問には正確にお答えくださいまし」
呆れた物言いにムッとなりつつも、アンブローズ王子は「その通りだ!」と叫び、加えて「なにを言われようとも取り消すつもりはないからな!」と重ねた。
それを聞いたアナスタシアは、更にバートランドたちにも視線で返答を求めた。
「言ったとおりだ! 覆す気はない!」
「勿論、俺も右に同じさ」
「ああ」
四人の証言を受け、アナスタシアは花が咲いたような微笑を浮かべる。
「だそうです、フィオナさん。もう宜しいですよ」
「は……?」
アンブローズ王子が、間の抜けた声を漏らす。
思わず傍らのフィオナを見下ろすと、愛らしい笑みを浮かべてアンブローズ王子を見上げていた。その笑みにアンブローズ王子が安堵の息を漏らした、次の瞬間。
「アナスタシア様!」
フィオナはするりとアンブローズ王子の手から抜け出して、あっという間に階段を駆け下りてアナスタシアの胸に飛び込んだ。
固唾を呑んで見守っていた周囲の生徒たちが、アンブローズ王子とアナスタシアを交互に見る。いったい、なにが起きているのか。
アンブローズ王子たちの言い分では、聖女フィオナはアナスタシアたち令嬢に陰でイジメられていて、アンブローズ王子たちと親しく過ごしていて、そしていま新たに婚約したのではなかったのか。
しかし、聖女は王家に仕える修道院からの使者だ。王族と婚姻関係を結ぶことなどあってはならないことのはず。なにより会場にいる誰一人としてイジメの現場を見たことがある者はいない。
混乱する一同に、アナスタシアは努めて冷静に告げる。
「フィオナさんは聖女として、将来王家に仕える者として、上位貴族の子息らが頭を垂れるに相応しいか否かを見極めていらっしゃいました。権力のある人物には必ずと言っていいほど悪意が忍び寄ります。それは如何にも胡散臭い詐欺師や薄汚い格好の野盗だけではありません。ときに無垢な子供の姿をした暗殺者や、可憐な少女の姿をした諜報員が現れます」
其処まで聞いて、アンブローズ王子たちはハッと息を飲んだ。
「そういったものが現れても毅然とした態度をとり続けられるかどうか。簡単に籠絡されないかどうか。見極めるために使わされたのがフィオナさんです」
「なのでした!」
アナスタシアの言葉に、フィオナが続けて言う。
「わたしの出身は、修道院は修道院でも慈悲の刃なんです。王家に仇なす者に対して一切の慈悲を許さず。そして例え王族でも、正道を外れれば同様の裁きを与えます。全ては誉れ高き王家と民の平穏のために」
胸に手を当てて宣言するフィオナの姿に、無知で無垢な平民娘の面影はない。
「慈悲の刃……女性だけで形成された、王家の影よね」
「男性だけが所属する王立騎士団と対を成す、もう一つの国の守護者よ」
「人員構成や拠点、その他一切不明だと聞いているけれど……こうして表に出てくることもあるのね」
周囲の潜めた声が、アンブローズ王子たちにも届けられる。
国を守る存在が二種類あることは、王族のみならず貴族も知るところである。ただ表立って凱旋し、我々は国の守護者たる一団であると知らしめている騎士団と違い、慈悲の刃とは噂に聞くとおりの影なる存在。
誰が率いて、誰が所属し、何処に在るか。一切が公にはされない。
そんな影の者が可憐な野の花のような少女だったとは、誰も夢にも思わなかった。




