真の美しさを知る令嬢
女子寮に戻り自室を目指して歩いていると、談話室からすすり泣く声が聞こえた。気になって覗いてみれば、泣いているベリンダが友人に囲まれて慰められている。
「あの……なにか御座いましたか?」
フィオナが声をかけると友人たちがまず振り返り、それからベリンダが涙に濡れた顔を上げた。ハンカチはすっかり濡れており、目元も赤く染まっている。
「それが……」
友人の一人ヘレナが、ベリンダを気遣いながら事情を話した。
先程、婚約者のバートランドからドレスが届き、開封したところ中身は娼婦が店で着るようなセクシーなドレスだった。胸や背中も大きく開いていて、脚が付け根まで見えるほどの深いスリットがあり、更に袖はシースルーで肌色が透けて見える作りになっている。
所謂高級娼婦がステージ上で踊るときに着るタイプのドレスだ。
「これが、添えられていたお手紙ですわ」
ヘレナから手紙を受け取り、目を通す。
其処には「下品な商売女」「お前にはこのドレスがお似合いだ」「これを着て次のパーティに来い」「着てこなかったら婚約解消してやる」などの信じられない暴言が連なっており、フィオナは目を瞠った。
「印章とサインは間違いなくボガート家のものですね。なりすましによる嫌がらせの線はなさそうです」
「そう……やはりそうですのね」
フィオナはベリンダの前にしゃがんでそっと手を取り、顔を見上げた。
「ベリンダ様。ご自身でのドレスのご用意は御座いますか?」
ベリンダは涙を拭いながら頷く。そして小さく「でも……」と零し、このドレスを着なければ婚約解消されてしまうと震える声で続けた。
「よろしいではありませんか。聞いたところボガート家から持ちかけられた婚約とのこと。それも忘れて数々の無礼を働いているのはバートランド様のほうです」
「そうですわ、ベリンダ様。あのような輩にも劣る男にベリンダ様は勿体ないと常々思っておりましたのよ」
「ヘレナ様の仰るとおりですわ。ベリンダ様にはもっと相応しい殿方がいらっしゃいますわ」
「あちらから婚約解消してくださるというなら喜んで受けて立ちましょう。わたくしたちはいつだってベリンダ様の味方ですわ」
フィオナの言葉にヘレナが続き、更にイザドーラとジュディスが重ねる。それでも踏み切れない様子のベリンダに、フィオナは両手でベリンダの震えるか細く白い手を包み込みながら、諭すように語りかけた。
「貴族でも庶民でも関わりなく、結婚とは終着点ではなく始まりです。ベリンダ様がご卒業なさったあと、バートランド様と生きることが幸福に繋がるとは思えません。確かに貴族の方々の結婚は、政治的な意味合いも大きいと思いますけど……それでも此処までひどい侮辱をしてくるような相手を無理にでも選ばなければならないほど、ご実家が困窮しているわけではありませんよね?」
「フィオナさん……」
ベリンダは初めて濡れた目元からハンカチを離し、フィオナを、そして友人たちを見つめ返した。
「わたくしは、わたくしの幸福を考えても良いのかしら……」
「当然ですわ! なにより、お父上のバレット伯爵様だって、我が子の幸福を第一に考えていらっしゃるはずです」
「たとえ家のための婚約であっても、理不尽な奴隷契約をしなければならない理由はありませんわ」
「ベリンダ様が黙って耐えていらっしゃるからと調子に乗っているのでしょう。最早戻るべき道は断たれました。全て、彼自らが切り捨てたのですわ」
友人たちの力強い言葉に、ベリンダも漸く頷いた。
「ええ……そうですわね。両親には迷惑をかけてしまいますけれど、わたくしも決意致しました。皆様、不甲斐ないわたくしを支えてくださりありがとうございます」
「まあ、友人を助けるのは当然のことですわ」
ヘレナの言葉に同意するように、イザドーラとジュディスが頷く。
そしてベリンダはフィオナを優しい眼差しで見下ろし、淡く微笑んだ。
「フィオナさんもありがとう。不慣れな環境で大変でしょうに、わたくしのことまで気遣ってくださって」
「そんな、とんでもないです。寧ろわたしのほうがいつもお世話になっているので、僅かでも力になれたならうれしいです」
ぎこちなかったベリンダの微笑が、やわらかいものへと変わる。それを見て、漸く友人たちも安堵の息を吐き、悲壮感に満ちていた空気が和らいだ。
「わたし、部屋に戻りますね」
「ええ。ありがとう、フィオナさん。ご機嫌よう」
談話室を出て、一人廊下を進む。
もう悲しい泣き声は聞こえてこない。
フィオナは唇を引き結んで自室に入ると後ろ手に扉を閉め、溜息を吐いた。
「次の表彰会……きっと其処で……」
初秋に行われる表彰会は、その名の通り在籍中に大きな功績を残した者を表彰するために開催される。基本的には入学と卒業パーティにしか現れない国王と王妃が直接表彰し、功績を称える言葉と記念品を贈呈する。
そのため、表彰会は入学式や卒業式に並ぶほど盛大に行われ、参加する生徒たちは貴族としての質を問われることとなる。
表彰される人物は事前に知らされ、その者とドレスを被らせないようにすることや主役を食うような装いにしないことなどの社交性が求められる。かといって、晴れの舞台を飾る一輪の花としてあまりにみすぼらしい格好で参加すれば嘲笑の的になってしまう。
それは勿論男子生徒も同じことだ。表彰者よりも自分に衆目を集めようとすれば、たちまち恥知らずな目立ちたがりのレッテルが貼られることだろう。
貴族としての正しい振る舞いを求められる場。
だからこそ、一つ突き崩せば失脚の足がかりにもなる場。
フィオナの部屋の机には、上等な紙に綴られた一通の手紙がある。王家の印章に、流麗な文字。なめらかな手触りのそれを取り上げ、目を閉じる。
「もうすぐ、全てが終わるわ」
口元に笑みを引いて呟くと、フィオナは手紙を引き出しの奥へとしまい込んだ。




