第54話 明るいうちに
三日後。
工房は少し静かだった。
作業音は変わらない。
布を裁つ音。
糸を引く音。
職人達の声。
だが。
以前より呼ばれる回数が減っていた。
「ミリア」
声が飛ぶ。
反射的に振り向く。
しかし。
「いや、大丈夫だ」
職人は見本帳を開く。
数秒後。
「あった」
そのまま持ち場へ戻る。
ミリアは思わず見送った。
少し変な気分だった。
役に立っている。
そう思う。
でも。
少しだけ寂しい。
◇
昼。
ガルドが紙を見る。
「十八回か」
「はい」
質問回数。
三日前は二十七回。
今日は十八回。
確かに減っていた。
「思ったより減りましたね」
ミリアが言う。
ガルドは肩をすくめた。
「思ったより見てるんだな」
見本帳を指差す。
職人達も最初は馬鹿にしていた。
だが。
今は違う。
誰かが書き足し。
誰かが直し。
少しずつ厚くなっている。
◇
夕方。
工房の鐘が鳴る。
いつもなら。
ここからが長かった。
片付け。
確認。
質問。
見落とし。
そして残業。
だが。
今日は違った。
「じゃあな」
一人の職人が立ち上がる。
まだ空は明るい。
ミリアは思わず窓を見る。
「早くないですか?」
職人は少し驚いた顔をした。
「そうか?」
「まだ明るいですよ」
男は窓を見る。
そして少し笑った。
「本当だな」
それだけ言って帰っていった。
◇
翌日。
朝。
その職人が少し照れ臭そうに工房へ入ってきた。
「珍しい顔してますね」
ミリアが言う。
「そうか?」
「何かありました?」
男は頭を掻いた。
少し迷う。
だが。
「昨日な」
小さく笑う。
「娘と晩飯食った」
ミリアは固まった。
「え?」
「久しぶりだった」
男はそれ以上話さない。
持ち場へ向かう。
ただ。
少しだけ足取りが軽かった。
◇
ミリアはしばらく動けなかった。
娘。
晩飯。
久しぶり。
その言葉が頭に残る。
質問回数。
見本帳。
基準。
数字。
ずっと数字を見ていた。
だが。
違った。
減ったのは質問だけじゃない。
増えたものもある。
◇
夕方。
実務室。
「十八回です」
ミリアは紙を渡した。
ノアが確認する。
クラリスも横から覗き込む。
「減りましたね」
クラリスが言う。
「はい」
ミリアは頷く。
そして。
少し迷ってから続けた。
「でも」
二人が顔を上げる。
「質問だけじゃありませんでした」
ノアは黙って聞いている。
「昨日」
ミリアは思い出す。
職人の笑顔を。
「娘さんと晩飯を食べられた人がいました」
部屋が静かになる。
クラリスが目を伏せた。
ノアは紙を見る。
十八回。
その数字を。
しばらく見ていた。
そして。
「良かったですね」
静かに言った。
ミリアは少し笑った。
数字は減った。
でも。
それだけじゃなかった。
初めて。
その意味が分かった気がした。
◇
クラリスは帰り際。
机の上の紙を見た。
二十七回。
二十三回。
二十回。
十八回。
並んだ数字。
その先に。
一人の職人と娘の夕食がある。
以前の自分なら。
見えなかった。
そう思った。




