第53話 答えを置く
翌朝。
ミリアは昨日の紙を見ていた。
二十七回。
質問回数。
何度見ても数字は変わらない。
「こんなに聞いてたんだ……」
思わず呟く。
昨日は数えるのに必死だった。
だが。
改めて見ると多い。
自分も。
他の職人達も。
何度も聞き。
何度も答えていた。
「だから減らします」
横から声がした。
ノアだった。
いつもの調子だ。
ミリアは紙を見る。
二十七回。
本当に減るのだろうか。
◇
工房の長机へ紙が並べられる。
戻り布。
糸。
色。
分類札。
昨日多かった質問だ。
「何だこれ」
ガルドが聞く。
「質問です」
ノアが答えた。
「昨日多かったものを並べています」
「そんなもん並べてどうする」
「見本帳を作ります」
工房が静かになる。
「見本帳?」
「答えを置いておくんです」
数秒後。
ガルドが鼻を鳴らした。
「誰も見ねぇぞ」
笑いが起きる。
ミリアも少しそう思った。
分からないなら聞く。
今までずっとそうしてきた。
◇
「私は見ます」
気付けば口が動いていた。
皆がこちらを見る。
「昨日、二十七回でした」
紙を持ち上げる。
「二十七回聞くよりは」
少し考える。
「たぶん楽です」
誰かが吹き出した。
ガルドも笑う。
「そりゃそうだ」
空気が少し和らいだ。
◇
作業が始まった。
ガルドは修繕例。
ベテラン職人は糸。
別の職人は色。
ミリアは整理。
クラリスは紙を手配する。
「もっと必要です」
「用意します」
クラリスは即答した。
「これは必要な経費です」
職人達が少し驚いた顔をした。
◇
だが。
途中で手が止まる。
「これは修繕だ」
「いや返品だろ」
同じ布を前に意見が割れた。
「この程度なら直せる」
「客は納得しねぇ」
別の職人も口を挟む。
「俺は修繕だと思う」
「私は返品だ」
ミリアは目を瞬いた。
答えが一つじゃない。
そんなこと考えたこともなかった。
ガルドが眉をひそめる。
「じゃあ今までどうしてた」
職人達が顔を見合わせる。
そして。
一人が言った。
「聞く相手次第でした」
静かになる。
別の職人も苦笑した。
「ガルドなら修繕」
「俺なら返品」
「そんな感じだったな」
ミリアは言葉を失った。
昨日まで普通だと思っていた。
だが。
普通じゃない。
◇
クラリスも黙っていた。
聞く相手次第。
その言葉が引っ掛かる。
領地でも似たことがあった。
誰に相談するか。
誰が判断するか。
それで結果が変わる。
だから揉める。
だから迷う。
だから人に頼る。
ノアが静かに言った。
「見つかりました」
全員が見る。
「問題です」
ガルドが聞く。
「質問じゃなかったのか」
「質問だけではありません」
ノアは机の布を見る。
「基準です」
工房が静かになる。
「同じ仕事なのに」
「答えが違う」
「だから毎回聞かなければならない」
誰も反論できなかった。
その通りだったからだ。
◇
夕方。
見本帳の第一版が完成した。
立派なものではない。
紙を綴じただけ。
だが。
そこには基準が書かれていた。
「これで減るかね」
ガルドが言う。
その時だった。
「すみません」
新人の声。
全員が振り向く。
「戻り布なんですが」
布を抱えている。
ミリアは立ち上がりかける。
だが止まった。
「見本帳」
「え?」
「まず見てみて」
新人は首を傾げながら頁をめくる。
一枚。
二枚。
三枚。
そして。
「あ」
顔が変わった。
「分かりました」
そのまま持ち場へ戻っていく。
誰も説明していない。
誰も呼ばれていない。
工房が静かになる。
ガルドが鼻を鳴らした。
「一回減ったな」
ミリアは昨日の紙を見る。
二十七回。
その数字の横へ。
小さく一本線を引く。
二十六回。
まだ多い。
けれど。
昨日より少しだけ前へ進んだ気がした。




