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第52話 同じ質問

 翌朝。


 ミリアは小さな紙を持っていた。


 昨日ノアから渡されたものだ。


 上には一行だけ書かれている。


 質問回数。


「本当に数えるのか……」


 思わず呟く。


 だが。


 ノアは本気だった。


 なら数えるしかない。


     ◇


「ミリア」


 朝一番。


「この戻り布、修繕できますか?」


 一回。


 紙に線を引く。


 数分後。


「この色どう思う?」


 二回。


「前の見本どこだ?」


 三回。


「この糸、同じか?」


 四回。


 さらに。


「分類札これで合ってるか?」


 五回。


 気付けば紙には線が増えていた。


 ミリアは少し笑う。


 最初は大げさだと思っていた。


 だが。


 意外と呼ばれる。


     ◇


 昼前。


「ミリア」


「ミリア」


「ミリア」


 立て続けだった。


 戻り布。


 糸。


 色。


 分類札。


 見本箱。


 質問は止まらない。


 昼休み。


 ミリアは紙を見た。


「十回……」


 思わず呟く。


 想像より多かった。


 そこへガルドが座る。


「何回だ」


「十回です」


 ガルドは鼻を鳴らした。


「少ねぇな」


「え?」


「今日は静かな方だ」


 ミリアは思わず顔をしかめる。


 十回だ。


 半日で十回。


 十分多い。


 だが。


 ガルドは平然としていた。


     ◇


 午後。


 質問はさらに増えた。


「この戻り布どうする?」


「この糸、前のと同じか?」


「見本箱どこだ?」


「この色、昨日のと違うか?」


 ミリアは途中で手を止めた。


 今の質問。


 今日聞いた。


 いや。


 午前にも聞いた。


 昨日も。


 一昨日も。


 先週も。


 違う人だ。


 だが。


 質問は同じだった。


 戻り布。


 糸。


 色。


 分類札。


 何度も。


 何度も。


 同じことを聞かれている。


     ◇


 夕方近く。


「ミリア」


 また呼ばれる。


 戻り布だった。


「修繕できますか?」


 今日だけで五回目。


 同じ質問。


 また同じ。


 また。


 また。


 ミリアは答える。


 そして。


 ふと動きが止まった。


「またこれだ……」


 思わず漏れる。


 その瞬間。


 頭に浮かぶ。


 辞めた女性の名前だった。


 戻り布。


 見本確認。


 新人対応。


 修繕判断。


 紙に並んでいた仕事。


 全部。


 今の自分がやっていることと重なる。


 しかも。


 自分は一日だけだ。


 あの人は違う。


 一週間。


 一ヶ月。


 一年。


 ずっと。


「そりゃ帰れないよ……」


 小さな声だった。


 誰も聞いていない。


 だが。


 それが本音だった。


     ◇


 夕方。


 実務室。


 ミリアは紙を机へ置いた。


 線で埋まっている。


 ノアが目を落とした。


「何回でしたか」


 ミリアは答える。


「二十七回です」


 クラリスが顔を上げる。


「二十七回?」


「はい」


 ミリア自身も驚いていた。


 朝は大したことがないと思っていた。


 だが。


 数えてみると違った。


 二十七回。


 それは思っていたよりずっと多い。


 ノアは紙を見る。


「気付いたことは」


 ミリアは即答した。


「同じです」


「同じ?」


「質問です」


 紙を指差す。


「ほとんど同じでした」


 戻り布。


 色。


 糸。


 分類札。


 同じ項目が何度も並んでいる。


 クラリスも紙を見る。


 確かにそうだった。


「だったら」


 ミリアは言葉を続ける。


「答えを置いておけばいいんじゃないですか」


 静かになる。


 ミリア自身も少し驚いていた。


 思いついただけだ。


 だが。


 妙に納得できる。


「戻り布なら戻り布」


「糸なら糸」


「見れば分かるようにしておけば」


 ノアは小さく頷いた。


「良い考えです」


 ミリアは少し照れた。


 質問する側だった自分が。


 初めて答えを考えた。


 その時。


 実務室の扉が開く。


 ガルドだった。


「何だ?」


 ノアが答える。


「質問を減らします」


 ガルドは鼻を鳴らした。


「そんなもんで減るか?」


 ノアは静かに言う。


「試しましょう」


 ガルドは肩をすくめた。


「減ったら酒でも奢ってやる」


 そう言って出ていく。


 ミリアは紙を見る。


 二十七回。


 たった一日で二十七回。


 その数字は。


 昨日まで見えていなかった仕事の重さを。


 何より分かりやすく教えていた。

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