第51話 値段を付けても減らない
翌朝。
工房には昨日の紙が残っていた。
長机いっぱいに並ぶ文字。
教える。
確認する。
判断する。
答える。
縫う以外の仕事達だった。
職人達も自然と集まっている。
昨日、自分達で書いた紙だ。
気にならないはずがなかった。
クラリスはその前へ立った。
「決めました」
工房が静かになる。
「教育手当を作ります」
ざわめきが起きた。
「確認仕事にも手当を付けます」
「判断仕事にも」
ガルドが眉を上げる。
クラリスは続けた。
「今まで働いてもらっていたのです」
「払うべきでした」
誰も反論しなかった。
むしろ。
少し嬉しそうな顔もある。
昨日まで値段のなかった仕事だ。
認められたような気持ちになる。
クラリスも少しだけ安堵した。
これで良かったのだと思った。
だが。
「で?」
ガルドが口を開く。
その一言で空気が変わった。
「で?」
クラリスが聞き返す。
「質問は減るのか」
言葉が止まる。
ガルドは続けた。
「金が増えるのはありがたい」
「だがな」
紙を指差す。
「帰る前に呼ばれるのは変わらねぇ」
工房が静まる。
「新人が迷うのも変わらねぇ」
「確認が増えるのも変わらねぇ」
そして。
「俺が休んだら止まるのも変わらねぇ」
誰も何も言わない。
クラリスも。
言い返せなかった。
◇
夕方。
実務室。
帳簿が開いている。
だが。
クラリスの視線は数字を追っていなかった。
「ノア」
「はい」
「私は間違えたのでしょうか」
ノアは少し考える。
「いいえ」
クラリスは顔を上げる。
「必要なことです」
「ですが」
そこで言葉が止まる。
ノアも昨日の紙を見る。
「辞めた方は」
静かな声だった。
「手当が欲しかったわけではありません」
クラリスは目を伏せる。
昨日の家。
男の子。
そして。
あの言葉。
今日はいる?
あの人が欲しかったのは。
金額ではなかった。
家へ帰る時間だった。
クラリスは小さく息を吐く。
「分かっていたつもりでした」
だが。
分かっていなかった。
◇
工房。
ミリアは昨日の紙を見ていた。
辞めた女性の名前。
何度も出てくる。
戻り布。
修繕判断。
見本確認。
新人対応。
同じ名前ばかりだ。
「あの人なら分かると思ってたんだよな……」
思わず呟く。
その時。
「ミリア」
振り向く。
ノアだった。
「はい」
「昨日」
ノアが言う。
「何回質問しましたか」
ミリアは首を傾げた。
「え?」
「昨日です」
「ガルドへ」
「他の職人へ」
「何回聞きましたか」
意味が分からない。
だが。
考えてみる。
戻り布。
糸。
色。
修繕。
「三回……いや四回?」
もっとあったかもしれない。
自信がなかった。
「分かりません」
ノアは頷く。
「では明日から数えてください」
「何をですか」
「質問です」
ミリアはさらに首を傾げた。
質問を数える。
何のために。
そんな顔だった。
ノアは紙を見る。
辞めた女性の名前が並んでいる。
「仕事なので」
短い言葉だった。
ミリアは紙を見る。
辞めた女性の名前。
戻り布。
見本確認。
新人対応。
同じ名前が何度も並ぶ。
質問。
それも仕事。
そう言われると。
少しだけ気になった。
工房の窓から夕日が差し込む。
ミリアはもう一度紙を見る。
昨日とは違う見え方だった。
あの人は何をしていたのか。
その答えが。
少しだけ見え始めていた。




