幕間 同等品質
遠征準備は順調だった。
王都北門近くの仮宿舎。
補給係マイルは机に向かい、契約書を読んでいた。
保存食。
包帯。
聖水。
魔術触媒。
必要数は揃う。
納期も問題ない。
価格も予算内だった。
向かいの商人が感心したように笑う。
「補給係さん、細かいですね」
「前に失敗しましたから」
マイルは契約書から目を離さなかった。
以前なら数量しか見ていなかった。
今は違う。
納期を見る。
在庫を見る。
契約条件も読む。
補給係として当然のことを、ようやく覚え始めていた。
ページをめくる。
そして手が止まった。
【不足時は同等品質の代替品による納品を認める】
マイルは眉をひそめた。
「これは?」
商人が覗き込む。
「ああ、その条文ですか」
「品薄の時のためですね」
「同等品質なら問題ないでしょう」
自然な説明だった。
おかしくはない。
むしろ合理的だ。
だが。
マイルはもう一度読む。
「代替品は誰が決めるんですか」
「商業組合の品質基準です」
商人は答えた。
「市場で同等と認められた物になります」
それも正しい。
マイルは黙った。
何かが引っかかる。
だが何が引っかかるのか、自分でも分からない。
その時だった。
「どうした」
勇者アレスが入ってきた。
訓練帰りらしい。
汗を拭きながら近づいてくる。
マイルは契約書を差し出した。
「代替品条項です」
アレスは最後まで目を通す。
「なるほど」
「分かりますか」
「分からん」
即答だった。
だが続ける。
「だからお前が止まってるんだろ」
契約書を返す。
「気になるなら聞け」
マイルは少しだけ笑った。
以前なら、
安いなら良い。
で終わっていた。
アレスも少し変わっている。
マイルは商人へ向き直った。
「代替品は全部ですか」
「はい」
「保存食も」
「はい」
「包帯も」
「はい」
商人は頷く。
「もちろん魔術触媒もです」
「触媒も?」
声がした。
部屋へ入ってきたのは魔術師セレスだった。
商人が頷く。
「同等品質品になります」
セレスは契約書を受け取る。
読んでいた目が止まった。
「少し待ってください」
部屋が静かになる。
マイルが顔を上げる。
セレスは契約書を見たまま言った。
「私の術式、一部の触媒を指定しています」
商人が首を傾げる。
「品質は同等ですよ」
「品質の話ではありません」
セレスは即答した。
「反応の癖が違います」
商人も困った顔になる。
「ですが不足時だけです」
「普段は納品しません」
それも正しい。
不足しなければ問題はない。
セレスはしばらく考えた。
やがて小さく息を吐く。
「不足しなければ大丈夫です」
商人は安心したように笑った。
「もちろんです」
「不足なんて滅多にありません」
マイルは契約書を見る。
条文は残ったままだった。
だが今の自分には判断できない。
補給を止める理由にもならない。
遠征日は近い。
必要な物資もある。
羽ペンを取る。
「契約します」
商人は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
◇
商人が帰った後。
部屋には静けさが戻っていた。
アレスは訓練へ戻った。
セレスも研究室へ向かった。
マイルだけが机に残る。
契約書を開く。
【不足時は同等品質の代替品による納品を認める】
その一文を見る。
同等品質。
さっきまでは、それで十分だと思っていた。
だが今は違う。
セレスの言葉が頭に残っている。
品質の話ではありません。
反応の癖が違います。
マイルは契約書を閉じかける。
そこで手が止まった。
気づく。
自分は聞いていない。
代替品になる触媒の名前を。
保存食の種類を。
包帯の素材を。
何が届くのか。
どこまで違っていいのか。
聞いていない。
数量は見た。
価格も見た。
納期も見た。
契約条件も読んだ。
だが。
何に使うのかは聞かなかった。
机の上の契約書を見る。
不備はない。
条件もおかしくない。
だから余計に嫌だった。
補給係として。
どこを見ればよかったのか。
まだ分かっていない。
窓の外では遠征用の荷車が並んでいる。
準備は順調だった。
少なくとも数字の上では。
マイルは契約書を引き出しへしまった。
――不足しなければ大丈夫です。
――不足なんて滅多にありません。
その言葉だけが妙に耳に残る。
同等品質。
その言葉を、マイルは最後まで信じ切れなかった。
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