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第39話 広げる条件、残す条件

 王都市十三日目の朝。


 エルネスタの棚には、客より先に書簡が届いた。


 王都南区宿屋組合。


 その名を見た瞬間、クラリスの指が止まった。


 隣で帳簿を開いていたノアも、顔を上げる。


「宿屋組合ですか」


「はい」


 クラリスは封を切った。


 王都市も終盤に入っている。


 初日や二日目のように、珍しい品を見て笑う客は減った。


 代わりに、宿屋、馬車宿、荷運びの元締め、商会の仕入れ係が増えている。


 単品を買う客ではない。


 続けて使う客。


 まとめて入れる客。


 使った後の面倒まで見る客。


 そういう相手が、棚の前に立つようになっていた。


 クラリスは文面を読み進めた。


「……本日昼過ぎ、宿屋組合の商談席に来てほしいそうです」


「用件は」


「荷当て布と首守り肩当ての一括導入について」


 クラリスの声が少しだけ硬くなる。


「グランベル商会からも、条件提示があったそうです」


 ノアは目を細めた。


 来た。


 ラウルは、棚を真似るだけでは終わらなかった。


 原毛を見る目に気づき、そこからさらに広げる場所を選んだ。


 南区の宿。


 馬車宿。


 荷運びが出入りし、濡れた荷が置かれ、洗い場が詰まり、布が傷む場所。


 そこにまとめて入れば、広がりは早い。


 クラリスは書簡を机に置いた。


「グランベルの条件も、写しが添えられています」


 ノアは視線を落とす。


 羊皮紙には、整った字で条件が並んでいた。


【荷当て布 三百枚】

【初回導入価格 エルネスタ提示価格の七割相当】

【納入日 翌朝一括】

【破損時交換 別途】

【洗浄説明 別途】

【修繕受付 別途】

【追加納入 随時可能】


 ミリアが横からのぞき込み、息を飲んだ。


「三百枚……」


 クラリスも黙っている。


 三百枚。


 エルネスタにはすぐ出せない数だ。


 しかも翌朝一括。


 価格は七割。


 グランベルらしい。


 早く、広く、安く、数で押す。


 ノアの視界に文字が浮かぶ。


【グランベル提案:宿屋組合向け一括納入】

【初回単価:低】

【導入速度:高】

【数量対応力:高】

【洗浄負担:宿側】

【修繕費:別途】

【分類基準:未設定】

【三十日後実質負担:上昇見込み】


 ノアは息を吐いた。


「悪い手ではありません」


 クラリスが顔を上げる。


「悪い手ではないのですか」


「はい。宿側がすぐ枚数を揃えたいなら、強い条件です」


「では、こちらは負けますか」


「初回価格と枚数だけなら」


 クラリスは、わずかに唇を結んだ。


 ノアは続ける。


「ですが、これは使い始める値段です。使い続ける値段ではありません」


 クラリスの目が変わる。


「三十日後の値段、ですね」


「はい」


 ミリアが小さく言った。


「洗う人の手が、入っていません」


 ノアとクラリスがミリアを見る。


 ミリアは書簡から目を離さない。


「濡れた荷に使うなら、乾かす場所が要ります。泥が入ったら、洗う人が要ります。硬い毛と柔らかい毛が混ざっていたら、使う場所を間違えるかもしれません」


 ミリアは指先を握った。


「布だけなら、安いです。でも、使った後が書いてありません」


 ノアの視界に、表示がひとつ増えた。


【現場後工程:未価格化】


 ノアは頷いた。


「良い見方です」


 ミリアは少しだけ驚いた顔をした。


 クラリスは書簡を閉じる。


「商談席へ行きます」


「はい」


「ただし、同じ条件では勝負しません」


「はい」


 クラリスはもう一度、書簡の表を見た。


「三百枚ではなく、三十日で見ます」


     ◇


 昼前。


 商談室には、クラリスとノアが向かうことになった。


 クラリスは棚の横に並んだ木箱を見た。


 朝から戻ってきた布は、まだ途切れていない。


 赤、青、白、黒。


 紐で分けた箱が、棚の横に置かれている。


 赤は宿裏のミゼルへ。


 青は装着確認。


 白は洗い方と乾かし方。


 黒は、夜にノアとクラリスが見る。


 その流れを、今いちばん分かっているのはミリアだった。


「ミリアさん」


「はい」


「棚をお願いします」


 ミリアは、少しだけ目を見開いた。


「私が、ですか」


「はい。戻ってきた布を見る目は、あなたの仕事です」


 ミリアは一度、木箱を見た。


 赤、青、白、黒。


 それから、小さく頷いた。


「分かりました。赤はミゼルさんへ。青と白は棚で。黒は夜まで残します」


「お願いします」


 クラリスは軽く頭を下げた。


 ミリアは慌てて首を振る。


「頭を下げないでください。仕事ですから」


 その言葉に、ノアの視界で表示が変わった。


【分類担当:ミリア】

【棚運用:自走】

【戻り布一次判断:継続】

【技能信頼:上昇】


 ノアは静かに頷いた。


「では、行きましょう」


 クラリスは棚を一度振り返った。


 ミリアが、戻ってきた布を広げている。


 赤、青、白、黒。


 その手は、昨日より迷っていなかった。


     ◇


 昼過ぎ。


 王都市の商談棟には、朝の露店とは違う空気があった。


 表通りの賑わいは遠い。


 ここにあるのは、声を張る売り込みではない。


 低い声。


 広げられた契約書。


 品物の見本。


 計算板の音。


 護衛ではなく、帳簿係を連れた者たち。


 クラリスは背筋を伸ばして歩いた。


 ノアはその半歩後ろ。


 商談室には、三人の男がいた。


 一人は、宿屋組合のまとめ役。


 腹の出た中年男で、目だけは笑っていない。


 一人は、馬車宿の帳場を預かる痩せた男。


 もう一人は、荷置き場を使う宿の代表らしい、腕の太い男だった。


 そして壁際に、女が一人立っていた。


 ベラだった。


 腕を組み、面倒くさそうな顔をしている。


 クラリスは一瞬だけ目を留めたが、すぐに組合のまとめ役へ礼をした。


「お招きいただき、ありがとうございます」


「こちらこそ、領主代行殿」


 まとめ役は、椅子を示した。


「座ってくれ。今日は、売り文句より条件を聞きたい」


「承知しています」


 クラリスは座る。


 ノアは横に控えた。


 まとめ役は早速、羊皮紙を一枚出した。


「グランベル商会からは、すでに条件が来ている」


「拝見しました」


「三百枚、翌朝納入。初回価格は安い。うちとしては、かなり助かる」


「はい」


 クラリスは頷いた。


 否定しない。


 安い。


 早い。


 数が揃う。


 そこは事実だ。


 まとめ役は目を細めた。


「エルネスタは何を出せる?」


 昨日の伯母と似た問いだった。


 だが、相手が見ているものは違う。


 原毛農家は、残る仕事を見ていた。


 宿屋組合は、導入後の負担を見ている。


 ノアの視界に文字が浮かぶ。


【商談対象:宿屋組合】

【重視項目:初回費用/導入速度/現場負担/継続交換】

【競合優位:数量・価格】

【自陣優位:運用・分類・修繕導線】

【推奨:三十日運用条件で提示】


 クラリスは口を開いた。


「三百枚は出せません」


 まとめ役の眉が動いた。


 馬車宿の男が小さく息を吐く。


「では、話が早いな」


「ですが、三十日後の荷置き場が止まらない条件を出せます」


 室内が静かになった。


 まとめ役は、椅子の背から体を起こした。


「続けてくれ」


 クラリスは、机の上に小さな紐と布見本を並べた。


 出る前に、ミリアが選んで渡してくれたものだ。


 柔らかいもの。


 硬いもの。


 水を吸いやすいもの。


 それぞれに、赤と白と青の小さな紐が添えられていた。


「まず、荷当て布を百二十枚。洗い替え用を六十枚。合計百八十枚から始めます」


 馬車宿の男が眉を寄せる。


「少ない」


「はい」


 クラリスは認めた。


「ただし、用途を分けます。濡れ荷用、乾き荷用、荷置き場用、首守り用。混ぜません」


 クラリスは布を一枚持ち上げた。


「これは濡れた荷には向きません。乾いた薪や木箱には使えます。でも、濡れ袋に使うと細く寄って首に入ります」


 次に、硬い布を示す。


「これは首には向きません。でも、荷置き場の角には向きます。柔らかすぎる布より、潰れにくいです」


 まとめ役は黙って聞いていた。


 クラリスは続ける。


「洗い方札を付けます。白紐の布は、洗い場へ。赤紐の布は、修繕へ。青紐の布は、装着位置の確認へ。現場で迷わないようにします」


 痩せた帳場男が言う。


「札を読めない者もいる」


「色と紐で分けます」


 ノアが短く答えた。


「字を読ませる運用にはしません」


 帳場男は目を細めた。


「なるほど」


 ここで、まとめ役が壁際を見る。


「ベラ」


 ベラは嫌そうに顔を上げた。


「なんだい」


「現場としてはどう見る」


「今さら聞くのかい」


「宿の主人だけで決めると、また裏が詰まる。だから、台所を知る者にも聞く」


 ベラは少しだけ目を細めた。


「分かってるなら、最初からそうしな」


「だから呼んだ」


「遅いんだよ」


 ベラは舌打ちしそうな顔をして、机の布を見る。


「布が安いか高いかだけなら、主人たちで勝手に決めりゃいい」


 まとめ役が少し苦い顔をする。


 ベラは構わず続けた。


「でも、濡れた布を誰が洗うか。泥の入った布をどこに干すか。破れた布を誰が見分けるか。そこを抜いた値段は、あとで台所と裏庭に落ちてくる」


 室内の空気が変わった。


 ベラの言葉は荒い。


 だが、現場そのものだった。


「安い布が悪いんじゃない。後始末をただにしてる値段が悪いんだよ」


 ノアの視界に文字が浮かぶ。


【未計上費用:洗浄手間】

【未計上費用:干し場占有】

【未計上費用:破損判別】

【負担集中先:宿裏/洗い場/下働き】

【価格反映推奨】


 ノアは静かに言った。


「無料の手間は、誰かの手に溜まります」


 クラリスは、その言葉を受け取った。


 そして、まとめ役を見る。


「では、その手間にも価格を入れます」


 まとめ役が眉を上げた。


「どう入れる」


「三十日運用で提示します」


 クラリスは羊皮紙を広げた。


【荷当て布 百二十枚】

【洗い替え布 六十枚】

【赤紐・白紐・青紐の分類一式】

【洗い方札】

【修繕戻し先】

【三十日後の再分類一回】

【原毛選別手当込み】

【修繕初回十枚まで込み】


 まとめ役は黙って読む。


 馬車宿の男は目を細めた。


「初回は、グランベルより高いな」


「はい」


 クラリスは言った。


「ですが、洗う人、直す人、分ける人の手間を含めています」


「それを入れなければ安くなるのか」


「はい」


「では、抜けばいい」


 若い帳場男が言った。


 クラリスは即答しなかった。


 ノアも黙っている。


 その沈黙に、ベラが低く笑った。


「抜いたら、誰が払うんだい」


 帳場男がベラを見る。


「誰が、とは」


「洗い場だよ。下働きだよ。夜中に濡れ布を広げる奴だよ。朝になって臭いって怒られる奴だよ」


 ベラは机の布を指で叩いた。


「払わないだけで、消える手間じゃない」


 帳場男は黙った。


 まとめ役は、ベラを見てからクラリスへ視線を戻した。


「三十日後の再分類というのは」


「使ってみて、濡れ荷用と乾き荷用の割合を変えます。宿によって荷が違うはずです」


 クラリスは、ミリアに聞いた言葉を思い出しながら続けた。


「馬車宿なら、濡れた袋と泥のついた荷が多い。街中の宿なら、首守りより荷置き場用の方が使うかもしれません」


 馬車宿の男がクラリスを見る。


「分かるのか」


「戻ってきた布を見れば、分かります」


 クラリスは答えた。


「どこが濡れるか。どこに泥が残るか。どこが硬くなるか。戻ってきた布に出ます」


 まとめ役が言った。


「グランベルにも見られる者はいるだろう」


「はい」


 クラリスは認める。


「いずれは」


「今は?」


「今は、私たちが先に見ています」


 その言葉は、強すぎなかった。


 だが、逃げてもいなかった。


 ノアはクラリスを見る。


 クラリスは続けた。


「グランベル商会は広げる力があります。早く、安く、多く届けられる。そこは事実です」


 まとめ役は黙っている。


「ですが、エルネスタは戻ってきた布を見ます。洗う人の手も、直す人の手も、選ぶ人の目も価格に入れます」


 クラリスは一度、息を吸った。


「安く始める条件ではなく、止まらず使い続ける条件を出します」


 室内が静かになった。


 ベラが腕を組んだまま、少しだけ口角を上げる。


 まとめ役は長く羊皮紙を見ていた。


 やがて、低く言った。


「洗い場の揉め事まで契約書に入れた商会は、初めてだ」


 クラリスは、すぐには答えなかった。


 まとめ役は羊皮紙を机に置いた。


「即決はしない」


「はい」


「グランベルの条件も、エルネスタの条件も、組合で比べる」


「承知しています」


「ただし」


 まとめ役は、クラリスを見た。


「初回の試験導入として、馬車宿二軒に入れる。三十日ではなく、まず七日だ」


 クラリスの目がわずかに見開かれる。


「七日ですか」


「王都市は明日で終わる。だが、宿は終わらない。七日で戻り布を見せてくれ」


 ノアの視界に文字が浮かぶ。


【試験導入:獲得】

【数量:限定】

【期間:七日】

【評価基準:戻り布/洗浄負担/破損率】

【次回契約可能性:発生】


 ノアは小さく息を吐いた。


 勝ちではない。


 だが、残った。


 クラリスは深く頭を下げた。


「ありがとうございます。七日後、戻ってきた布でお見せします」


 まとめ役は頷いた。


「その言い方が、エルネスタらしいな」


 ベラがぼそりと言った。


「面倒くさいとも言うけどね」


 クラリスは少しだけ笑った。


「はい。面倒なまま、残します」


     ◇


 商談が終わると、ベラは先に部屋を出た。


 クラリスたちも廊下へ出る。


 王都市の商談棟は、午後の光で少し薄暗い。


「試験導入……取れたんですよね」


 クラリスは、まだ少し信じきれない顔をしていた。


「はい」


 ノアは答えた。


「でも、少ないです」


「はい」


「七日です」


「はい」


「良い条件ですか」


「はい。戻ってきた布を見られます」


 クラリスは少しだけ目を伏せた。


「また、戻ってくるんですね」


「はい」


「失敗も、戻ってきますね」


「はい」


 ノアは頷いた。


「ですが、次は、戻り布が商談資料になります」


 クラリスは布見本の包みを抱え直した。


 ミリアが選んだ布だ。


 その目が、商談席に届いた。


 連れてこなくても、仕事は届いた。


     ◇


 その頃。


 グランベル商会の応接室で、ラウルは報告を受けていた。


「エルネスタは、宿屋組合から試験導入を取りました」


「数量は」


「馬車宿二軒。七日間です」


「少ないですね」


 部下は頷く。


「はい。こちらの三百枚一括に比べれば」


 ラウルは窓の外を見た。


「ですが、残りました」


 部下は黙る。


 ラウルは机の上のグランベル案を指で叩いた。


「こちらは広げる条件を出した。彼らは残る条件を出した」


「宿屋組合は、まだこちらを選ぶ可能性もあります」


「もちろんです」


 ラウルは微笑んだ。


「だから、次はこちらも使い続ける条件を出します」


「洗浄と修繕を含めますか」


「そのまま真似れば、遅い」


 ラウルは首を振った。


「洗い場そのものに届く形を考えます。宿の主人だけではなく、裏で布を扱う者に」


 部下が少し驚いた顔をした。


「下働きに、ですか」


「ええ」


 ラウルは楽しそうに目を細めた。


「エルネスタが見た場所は、正しい。ならば、こちらはそれを広げる」


 窓の向こうでは、王都市の旗が揺れていた。


「最終日に、もう一度条件を出します」


     ◇


 夜。


 宿の小部屋の机には、黒い紐のついた布が一枚置かれていた。


 ミリアが棚から残してくれたものだ。


 端が少し硬くなっている。


 汚れはひどくない。


 破れてもいない。


 だが、同じ場所だけ何度も折れ、布目が寄っていた。


 クラリスは帳簿を開く前に、その布を見ていた。


「これは、失敗ですか」


 ノアは布を手に取った。


「失敗の手前です」


「手前」


「はい。まだ直せます」


 クラリスは、その言葉をゆっくり受け取った。


 今日の商談も同じだった。


 勝ちではない。


 失敗でもない。


 戻ってきたものを、次の値段に変えられるかどうか。


 それが問われている。


 クラリスは帳簿を開いた。


【王都市十三日目】

【宿屋組合商談】

【グランベル条件:三百枚一括/初回低価格】

【エルネスタ条件:七日試験導入/馬車宿二軒】

【評価基準:戻り布、洗浄負担、破損率】

【ベラ証言:洗う人の手間】

【黒紐:折れ癖あり、次回型へ反映】

【次回:戻り布を商談資料化】


 クラリスはペンを置いた。


「勝った、とは言えませんね」


「はい」


 ノアは答えた。


「取れたのは、二軒だけです」


「はい」


「期間も、七日だけです」


「はい」


 クラリスは小さく息を吐いた。


「でも、残りました」


「はい」


 ノアは少しだけ表情を緩めた。


「良い残り方です」


 クラリスは黒紐の布を見る。


「グランベルのように、三百枚を一度に置くことはできません」


「はい」


「でも、戻ってきた布を見ることはできる」


「はい」


「それが、私たちの商談資料になる」


「はい」


 クラリスは、ふとノアを見た。


「今日は、はいが多いですね」


「昨日も言われました」


「そうでしたね」


 二人の間に、少しだけ笑いが落ちた。


 昼間の商談室の硬さが、少しだけほどける。


 クラリスは帳簿の余白に、一行を書いた。


 初回で広げられなくても、戻ってきたものは次の値段になる。


 ノアはそれを見て、頷いた。


「良い整理です」


「今日は、少しだけ自分でもそう思います」


「はい」


 クラリスはペンを置いた。


「ノア」


「はい」


「戻ってきた布を見るのは、怖いですね」


「はい」


「失敗も戻ってきますから」


「はい」


「でも、戻ってきてくれるなら、直せますね」


 ノアは、少しだけ間を置いた。


「はい」


 その返事は、いつもより柔らかかった。


 クラリスは帳簿を閉じた。


 今日は、燭台の火を落とすのはノアではなかった。


 クラリスが自分で、少しだけ火を弱めた。


「明日は、王都市最終日です」


「はい」


「広げる人と、残す人。どちらも見られる日になりますね」


「はい」


 ノアは頷いた。


「そして、値段を決める日です」


 クラリスは静かに頷いた。


 机の上には、黒紐の布が残っている。


 失敗の手前。


 まだ直せるもの。


 外では、王都市十三日目の夜が更けていく。


 明日、十四日目。


 市の終わりに、残る値段が問われる。

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