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第30話 仮縫いの値段

 王都大市、四日目の朝。


 クラリスたちは、大市の棚へ向かう前に、王都南区の細い路地へ入った。


 大通りから一本外れるだけで、空気が変わる。


 華やかな看板は減り、代わりに、革を干す匂い、染料の匂い、湿った布の匂いが混ざっていた。


 ノアは、昨日まとめた確認表を抱えている。


 クラリスは、ローレン商会から借りた安縄と、荷運びが持ち込んだ太縄を持っていた。


 そして、サラが書いてくれた紹介の紙を一枚。


南区裏通り

針仕事の早い店

ミゼル仕立て屋

ただし、口が悪い


 クラリスはその最後の一行を見て、少しだけ不安になった。


「サラさんの紹介文は、正直ですね」


「はい」


「口が悪い、は必要だったのでしょうか」


「重要な情報です」


 ノアは短く答えた。


 クラリスは息を吐き、古い木の扉の前に立った。


 看板には、針と糸の絵。


 その下に小さく、こう書かれていた。


直し物

仮縫い

作業着

急ぎ物は割増


 クラリスは扉を叩いた。


「開いてるよ。閉まってたら返事しないだろ」


 中から、低い女性の声がした。


     ◇


 ミゼル仕立て屋は狭かった。


 だが、狭いだけで雑ではない。


 壁には布束が縦に並び、棚には針、糸、留め具、革紐、小さな金具が分類されている。


 窓際には作業台があり、その上に、ほつれた袖の作業着が置かれていた。


 店主のミゼルは、四十代ほどの女性だった。


 髪を後ろでまとめ、指には細かな傷がある。


 クラリスを見ると、すぐに身なりを見た。


 次に、ノア。


 それから、クラリスが持っている縄と端材を見た。


「貴族のお嬢さんが、朝から縄を抱えて来る店じゃないんだけどね」


 確かに口は悪かった。


 クラリスは背筋を伸ばした。


「仮縫いをお願いしたいのです」


「何を」


「濡れ縄用の肩当てです」


 ミゼルの眉が動いた。


「肩当て?」


「はい。荷運びの肩に、濡れた縄が食い込むのを軽くするためのものです」


「荷運び用なら、革屋に行きな。うちは貴族の気まぐれ工作所じゃない」


「革では重くなりすぎる可能性があります。まずは布で当て方を確認したいのです」


「まずは?」


 ミゼルは作業台に肘をついた。


「完成品を作れって話じゃないのかい」


「違います」


 ノアが答えた。


「今日は仮縫いです。販売用ではありません。肩幅、縄の太さ、濡れた時の逃げ方を見るための確認用です」


 ミゼルはノアを見る。


「確認用に金を払うのかい」


「払います」


 クラリスが答えた。


 ミゼルは少し黙った。


「変な客だね」


「よく言われます」


「そこで誇るな」


「誇ってはいません」


「なお悪いね」


 ミゼルは面倒そうに手を出した。


「で、紙は?」


 ノアは確認表を広げた。


肩幅:狭/標準/広

縄:細/標準/太

濡れ:乾/湿/濡

痛む場所:肩上/肩前/首側/胸側

肩前逃げ止め必要

胸側端は柔らかく

肩上幅追加


 ミゼルは表を見た。


 最初は面倒くさそうだった顔が、少しずつ変わった。


「……誰が書いた」


「私とノアです」


「違う。痛む場所の話だよ」


「荷運びの方々です」


 ミゼルは表を指で叩いた。


「肩前で逃げる。胸側端が擦れる。首側に寄る。これは、机で考えた言葉じゃないね」


「はい」


「実際に肩を貸したやつがいる」


「はい」


 ミゼルは、そこで初めて椅子を引いた。


「座りな。話だけは聞く。受けるかどうかは別だよ」


     ◇


 仮縫いは、簡単ではなかった。


 ミゼルはまず、縄を持った。


 細い安縄。


 太い縄。


 濡れた縄。


 乾いた縄。


 それぞれを手で曲げ、布に押し当て、重さを見た。


「布だけで止めようとすると、ずれる」


 ミゼルは即座に言った。


「やはり」


 ノアが頷く。


「肩の上に乗せるだけなら、ただの肩布だ。濡れ縄は前に逃げる。だから胸側で一度受ける必要がある」


「胸側の帯ですね」


「ただし硬いと擦れる。ここは薄い布を巻くか、縁を返す」


 ミゼルは布を指で折る。


「この返しに手間がかかる。安くしろなんて言ったら、今すぐ縄ごと追い出すよ」


 クラリスはすぐに書いた。


胸側端:返し縫い必要

手間増

擦れ軽減


 ミゼルがそれを見て、少し口元を歪めた。


「手間増まで書くのかい」


「はい」


「値段に入れるつもりかい」


「入れます」


「客が嫌がるよ」


「嫌がると思います」


「分かってて入れるのかい。あんた、商売下手だね」


 クラリスは頷いた。


「入れなければ、仕立て屋さんの仕事が無料になります」


 ミゼルは黙った。


 その沈黙は、短かった。


 だが、先ほどまでの面倒くさそうな空気とは違った。


「……本当に変な貴族だね」


「よく言われます」


「そればっかりだね」


「最近、増えました」


「増やすんじゃないよ」


 ミゼルは鼻で笑った。


 それから、布を一枚取った。


「仮縫いなら、昼過ぎまでに一つは作れる。ただし雑にはやらない。仮縫いでも針は通す」


「お願いします」


「金は先だ」


「はい」


「あと、これは売り物にするな。縫い目は確認用だ」


「棚にもそう書きます」


「本当に書くんだろうね」


「書きます」


 ミゼルは、少しだけ呆れたように笑った。


「なら、やるよ。変な客には、変な仕事が来るもんだ」


     ◇


 大市の棚へ戻ると、グランベルの棚はすでに動いていた。


雨の日荷回り一式

肩掛け補助布つき

二日目使用者の声あり


 新しい札が増えていた。


 クラリスは足を止める。


 昨日より、さらに進んでいる。


 ラウルは、使用者の声を拾っている。


 ただ売るだけではない。


 こちらの戻り札を見て、グランベルも声を拾い始めた。


 棚には、短い感想札が並んでいた。


すぐ使えた

肩に直接当たるより楽

短時間なら十分

雨の日の積み替えに便利


 強い。


 分かりやすい。


 そして、嘘ではない。


 クラリスは唇を結んだ。


「ラウルさんは早いですね」


「はい」


 ノアも見ていた。


「こちらの戻り札に近い形式です」


「真似されたのでしょうか」


「一部は」


「嫌ですね」


「はい」


 ノアは否定しなかった。


「ですが、声を拾うこと自体は悪くありません」


「分かっています」


 クラリスは小さく息を吐いた。


「だから嫌なのです」


 悪いことなら、切り捨てられる。


 だが、ラウルは悪いことだけをしない。


 良いものを見れば取り入れる。


 だから、強い。


 クラリスは自分の棚に向かった。


 そこには、昨日の確認表と、今日の新しい札を出す。


濡れ縄肩当て

本日、仕立て屋で仮縫い中

販売用ではありません

午後、使用確認予定


 それを見た若い荷運びが、目を丸くした。


「もう作ってんのか」


「仮縫いです」


 クラリスは訂正した。


「売り物ではありません」


「またそれか」


「はい」


「でも、昼過ぎに見れるんだな」


「はい」


 若者は少しだけ口元を上げた。


「じゃあ、戻ってくる」


 それだけ言って、通路へ消えた。


 クラリスは、その背中を見送った。


 戻ってくる。


 その言葉が、少しずつ棚に増えている。


     ◇


 昼過ぎ。


 ミゼルが来た。


 自分で来た。


 仮縫い品を布袋に入れ、片手で抱えている。


「ここが例の変な棚かい」


 開口一番、それだった。


 クラリスは軽く頭を下げた。


「来てくださったのですね」


「縫ったものがどう使われるか、見ないと直せないだろ。あんたたちに任せたら、また紙だけ増やしそうだしね」


 ミゼルは作業台の代わりに棚の端を使い、仮縫い品を広げた。


 それは、完成品には見えなかった。


 縫い目は粗くないが、布端には印が残り、調整用の余りもある。


 肩に乗る部分は広く、胸側に柔らかい帯が伸びている。


 ただし、留め具は仮の紐だ。


「売るなよ」


「売りません」


 クラリスとノアが同時に答えた。


 ミゼルは少しだけ目を細める。


「息が合ってるね」


 クラリスは一瞬だけ言葉に詰まった。


 ノアは表情を変えない。


「確認を始めます」


「誤魔化したね」


「確認を始めます」


 ミゼルは笑った。


     ◇


 年配の荷運びは、約束通り来た。


 若い荷運びも来た。


 肩幅の狭い男も、広い男も来た。


 さらに、昨日は遠巻きに見ていただけの荷運びまで数人、棚の近くで足を止めている。


 ミゼルは全員を見て、眉をひそめた。


「肩が違いすぎる」


「はい」


 ノアが頷く。


「全員同じ型では無理です」


「無理だね。けど、だからって全部拾うのも馬鹿だよ」


 ミゼルは年配の荷運びに仮縫い品を当てた。


 濡れ縄をかける。


 男が歩く。


 肩を回す。


 荷を引く動作をする。


 少し黙る。


「昨日よりいい」


 クラリスは息を止めた。


「首側は?」


「まだ少し来る。でも、昨日より逃げねえ」


「胸側は」


「端はましだ。擦れは少ない」


 ミゼルがすぐに布端を触る。


「返しは効いてる。ただ、ここが濡れると伸びるかもしれない」


 ノアが書く。


仮縫い一号

年配荷運び

肩前逃げ止め:有効

首側当たり:軽減

胸側端:改善

濡れ時の伸び要確認


 若い荷運びが身を乗り出す。


「俺も」


「順番だ」


 年配の男が言う。


「お前はすぐ騒ぐ」


「騒いでねえよ」


「昨日、ずれたって騒いでたろ」


「それは本当だったからだろ」


 周囲が笑う。


 クラリスも少しだけ笑った。


 棚の空気が、昨日までと違う。


 売り場というより、現場の確認場所になっている。


 だが、人は離れない。


 むしろ、止まっている。


     ◇


 若い荷運びには、仮縫い品は少し大きかった。


 肩の上で余り、胸側の帯が下がる。


「重い」


 彼はすぐに言った。


「俺にはでかい」


 ミゼルが頷く。


「狭い肩用は別だね」


 クラリスは書く。


肩幅狭

仮縫い一号:大きい

胸側帯が下がる

小型仕様必要


 肩幅の広い男には、逆に足りなかった。


「端が丸まる」


 ミゼルがすぐに言う。


「大判が要る。布代が増える」


 クラリスは書く。


肩幅広

大判仕様必要

布代増

価格差必要


 その言葉に、肩幅の広い男が顔をしかめた。


「俺だけ高くなるのか」


 クラリスは一瞬、返答に迷った。


 ノアが静かに言った。


「布を増やせば、価格は上がります」


「だろうな」


「ですが、同じ価格にすると、小さい型の人が余分に払います」


 男は黙った。


 ノアは続ける。


「大判型を高くするか、全体価格をならすか。決める必要があります」


 男は腕を組んだ。


「俺は高くてもいい。すぐ丸まる方が困る」


 若い荷運びが横から言う。


「俺は小さい方で安いなら、その方がいい」


 クラリスは、その二人を見た。


 価格差。


 仕様差。


 同じものとして売れば、誰かが余分に払う。


 分ければ、誰かが高くなる。


 どちらも痛みがある。


「型を分けます」


 クラリスは言った。


「標準型、小型、大判型。価格も分けます」


 その瞬間、ミゼルが露骨に嫌な顔をした。


「小型、標準、大判。三つも作る気かい」


「はい」


「馬鹿じゃないのかい」


 クラリスは一瞬、返事に詰まった。


 ミゼルは遠慮なく続けた。


「初回から三型なんて、普通はやらないよ。標準を一つ作る。合わない客は、合わないで終わり。それが一番早いし、安い」


「ですが、それでは」


「分かってるよ。肩が違うんだろ。縄も違う。濡れ方も違う。だから面倒なんだ」


 ミゼルは確認表を指で叩いた。


「小型を作れば型紙が増える。大判を作れば布が増える。標準だけなら拾えた客を、三つに分けた瞬間、値段も手間も跳ねる。あんたたち、売る気あるのかい」


 クラリスは、すぐには答えられなかった。


 早く売るなら、標準型だけでいい。


 それが一番分かりやすい。


 グランベルなら、そうするだろう。


 標準を作り、足りない客には後で対応する。


 あるいは、合わない客を最初から客にしない。


 それは商売として間違っていない。


 だが、昨日ここに戻ってきた肩は、一つではなかった。


 細い肩。


 広い肩。


 濡れ縄を首側に逃がす肩。


 太縄で肩端が丸まる肩。


 それを一つの型に押し込めば、誰かの痛みがまた見えなくなる。


「売る気はあります」


 クラリスは言った。


「ですが、合わない人の肩を、最初から切るつもりはありません」


 ミゼルは目を細めた。


「きれいごとだね」


「はい」


「きれいごとは高いよ」


「値段に入れます」


「客が逃げる」


「全員には届きません」


 クラリスは、そこで一度息を吸った。


「でも、合わないものを売って戻らなくなるより、合う人に残る値段を置きます」


 ミゼルはしばらく黙っていた。


 それから、乱暴に髪をかき上げた。


「……本当に面倒な貴族だね」


「すみません」


「謝るな。やるなら金を払え」


「払います」


「なら、三型だ。小型、標準、大判。だけど最初から全部同じ数で作るんじゃない」


 ノアが顔を上げる。


 ミゼルは続けた。


「標準を先に置く。小型と大判は予約と確認付き。そこを間違えたら、あんたたちの棚はただの高い面倒くさい棚になる」


 ノアが頷いた。


「妥当です」


 ミゼルはノアを睨んだ。


「あんたも涼しい顔して面倒を増やすんじゃないよ」


「すみません」


「謝るなら型紙代を払え」


「払います」


「ならいい」


 肩幅の広い男が、小さく笑った。


「この仕立て屋、怖えな」


 ミゼルは即座に睨んだ。


「怖くない仕立て屋に命綱みたいな仕事着を預けるんじゃないよ」


 男は黙った。


 年配の荷運びが、にやりと笑った。


「気に入った」


「私は気に入られに来たんじゃないよ」


「なら、なおいい」


 周囲がまた笑った。


 クラリスは、ミゼルの横顔を見た。


 口は悪い。


 だが、仕事が逃げない。


 値段からも、手間からも、合わない客からも、逃げない。


     ◇


 向かいのグランベル棚から、商会員が一人見ていた。


 肩掛け補助布つきの一式は、今日も売れている。


 だが、何人かは、グランベルで買った後に、エルネスタの棚へ寄っていた。


 すぐ使うものはグランベルで買う。


 長く使うものは、エルネスタで確認する。


 その流れが、わずかに生まれ始めていた。


 ラウルは遅れて現れた。


 仮縫い確認の様子をしばらく見て、静かに言った。


「仕立て屋まで巻き込みましたか」


「巻き込みました」


 クラリスは答えた。


「費用が増えますね」


「はい」


「価格が上がります」


「はい」


「客は減ります」


「はい」


「それでも?」


 クラリスは、仮縫い品を見た。


 年配の荷運び。


 若い荷運び。


 ミゼル。


 ローレン商会の縄。


 戻り札。


 確認表。


「それでも、ここを抜くと、肩が払います」


 ラウルは、少しだけ黙った。


「良い答えです」


「短いですね」


「ええ」


 ラウルは仮縫い品を見た。


「グランベルなら、標準型だけを大量に作ります」


「でしょうね」


「小型や大判は、後から追加する」


「その方が早いです」


「はい。数も取れます」


 クラリスは頷いた。


「でも、私たちは初回から分けます」


「売りにくい」


「はい」


「戻りやすい」


「はい」


 ラウルは笑った。


「その言い方、そろそろこちらでも使いたくなりますね」


「やめてください」


 ノアが即答した。


 ミゼルが二人を見比べた。


「何だい、このやり取り」


「商売敵です」


 クラリスが答える。


「仲良く見えるけどね」


「違います」


 クラリスとノアがほぼ同時に言った。


 ラウルだけが楽しそうに笑った。


     ◇


 夕方、仮縫い確認は終わった。


 ミゼルは、三つの型を紙にまとめた。


小型

肩幅狭め

胸側帯短め

布量少

価格低め

予約・確認付き


標準型

一般荷運び向け

細縄・標準縄対応

初回確認推奨

先行販売候補


大判型

肩幅広め/太縄用

布量増

価格高め

長時間作業向け

予約・確認付き


 クラリスは、その紙を見た。


 商品が、ようやく形になり始めている。


 ただし、ここで終わりではない。


 価格を決めなければならない。


 布代。


 仕立て屋の仮縫い代。


 型紙代。


 確認にかかった時間。


 戻り札の管理。


 どこまで入れるのか。


 入れれば高くなる。


 抜けば誰かが払う。


 ノアは静かに言った。


「価格は明日決めます」


「今日ではなく?」


「疲れています」


「私がですか」


「全員です」


 ノアはミゼルを見た。


 ミゼルは即答した。


「疲れたね。細かい客ばっかりだ」


 年配の荷運びが言う。


「俺らは肩を貸したんだ。客じゃねえ」


「金を払うなら客だよ」


「まだ払ってねえ」


「じゃあ、なお悪い」


 周囲が笑った。


 クラリスも笑った。


 疲れている。


 だが、悪い疲れではなかった。


     ◇


 宿へ戻る前、ミゼルがクラリスを呼び止めた。


「お嬢さん」


「はい」


「仮縫い代、安くしないよ」


「はい」


「急ぎだから割増だ」


「分かっています」


「でも、型紙代は半分でいい」


 クラリスは目を上げた。


「なぜですか」


「私も後で使える」


 ミゼルは紙を叩いた。


「荷運びの肩当てなんて、今まで適当に布を巻けばいいと思ってた。でも、仕事としてあるなら、うちでも直し物を受けられる」


 クラリスは黙った。


「だから半分は、うちの勉強代だ」


「それでよろしいのですか」


「よろしいかどうかは私が決める」


 ミゼルはにやりと笑った。


「ただし、エルネスタの名前で売るなら、うちの縫い代を消すな」


 クラリスは深く頷いた。


「消しません」


「ならいい」


 ミゼルは布袋を肩にかけ、路地へ戻っていった。


 クラリスはその背中を見送った。


 仕立て屋の仕事にも、値段が戻った。


 そう思った。


     ◇


 夜。


 宿の小部屋には、三つの型の紙が並んだ。


 小型。


 標準型。


 大判型。


 その横に、ノアが価格の欄を空けている。


 クラリスは、そこにすぐ数字を入れようとして、手を止めた。


 ノアが見ている。


「食事ですね」


「はい」


「言われる前に気づきました」


「良い判断です」


「短いですね」


「はい」


 クラリスは笑った。


 今日は、数字を置く前に食べる。


 それもまた、値段を見落とさないことの一つだった。


 窓の外では、王都大市の灯りが揺れている。


 グランベルは早い。


 広い。


 強い。


 けれど、エルネスタの棚には、遅いからこそ拾えたものがある。


 肩を貸した男。


 縄を貸した商人。


 仮縫いをした仕立て屋。


 戻ってきた痛み。


 まだ売る前の、値段に入れるべき仕事。


 クラリスは、三つの型の紙をそっと重ねた。


 明日は、この肩当てに値段を置く。

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