# 第三話「魔王城の前で」
# 第三話「魔王城の前で」
ハル山脈を越えたところで、魔王城が見えた。
被疑者は現場に戻る。それが彼らの習性だ。
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「あれがゴルダスね」
黒い尖塔が雲を突き刺すように立っている。五本の塔が中央の本体を囲み、頂部には赤みを帯びた光が滲んでいた。神殿の壁画で何度も見たことはあるが、実物は遥かに大きかった。
「でかいな」とドルフが言った。
「歴代の勇者が越えてきた…… 俺たちも越えられる」
「根拠は?」とセリアが聞いた。
「根拠はないが、そう思うことにした」
セリアがため息をついた。
でも、あきれた顔の中に何か柔らかいものがあるのを俺は知っている。
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ルナが静かに言った。
「怖いですか、アレンさん」
「怖い」と俺は答えた。「でも行く」
「そうですね」とルナがつぶやく。「わたしも怖いです。でも行きます」
四人で少し笑った。それだけで、少し楽になった。
街はいつもより静かだった。静かすぎた。
城門まではあと半刻ほどの距離だ。道は岩盤の上を走っていて、左右に草一本生えていない。魔王領の空気は、山脈の向こうとは明らかに違う。重くて、どこか乾いている。
「作戦を確認するわ」とセリアが地図を広げた。
「城門は一つ。正面突破しかない。アレンとドルフが前衛、私が後方支援、ルナは回復と援護。城内は三層構造で、第三層最深部が魔王の間よ」
「変わってないな」と俺は言った。「神殿で聞いた通りだ」
「問題は第一層の守備ね。歴代の記録によると、魔族の兵士が複数配置されている」
「ぶち抜いていくだけだぜ、難しく考えんなよ」とドルフが大剣を肩に担いだ。
「難しくしてるのは私じゃなくて現実の方よ」
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城門が近づいてくる。鉄の扉に、錆と血が混じったような染みが走っている。男は長くこの仕事をしてきた。その目には、ためらいという感情がなかった。
俺は光剣アルスの柄に手をかけた。
【魔王城攻略スープ】
材料(4人分):
・ドラゴンの鱗 二枚
・勇者の決意 ひとつかみ
・魔王城の地下水 適量
・恐怖 少々
作り方:
1. 鱗を砕き、弱火で十分炒める。
2. 残りの材料を加え、魔力が出るまで煮込む。
3. 魔王城の扉の前で一口飲む。勇気が出る、かもしれない。
※ 「恐怖」の分量は個人差があります。入れすぎると逆効果になる場合があります。
「あの…… いまのは、なんだったんでしょうか」
ルナが言った。俺たちは城門の手前、五十歩ほどの場所に立っていた。
「……なんのことだ?」と俺は聞いた。
「その、さっきの…… 材料とか、作り方とか書いてあるやつです。レシピみたいな」
「レシピ?」
ドルフが首を振った。
「気にするな、前に進もうぜ。城門が目の前だぞ」
「……まあ、そうしましょう」とセリアが言った。手元で何かを素早くメモしている。
俺はルナを見た。ルナはまだ少し困惑した顔をしていた。
でもドルフの言う通りだ。今は前に進む以外にない。
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城門は、押したら開いた。
拍子抜けするほど、あっさりと。
「……罠か?」とドルフが低く言った。
「罠かもしれない、でも他に道はないわ」とセリアが答える。
内部は薄暗かった。遠くで松明が揺れている。天井は高く、石造りの廊下が奥へと続いていた。床には黒い染みが無数についている。人の足跡のようだ。
歩き出す。足音が反響する。
十歩も行かないうちに、奥から気配がした。
「来る」とドルフが大剣を構えた。
廊下の暗がりから、何かが出てきた。人の形をしているが、人の気配ではない。身長は俺より頭ひとつ高く、黒い鎧を身につけている。目の部分に赤い光が宿っている、魔族の兵士だ。歴代の記録に出てくる「城内守護者」と呼ばれる種族。
「セリア、俺が引きつける。詠唱に入れるか」
「三体なら余裕よ」
「行くぜ」
ドルフが先頭から突っ込んだ。最初の一体を大剣で薙ぎ払い、腕を掴んで壁に叩きつける。俺は光剣アルスを引き抜くと白い光が廊下に広がり、魔族の動きが一瞬止まった。
その隙に斬り込む。
相手は素早かったが、手慣れてはいなかった。城内に長くいる守護者は、本来なら外の魔物より強いはずだ。だが歴代の勇者が通り抜けてきた道でもある。俺は焦らずに間合いを計り、脇腹に一撃を入れた。魔族の兵士が倒れる。
背後でセリアの詠唱が完成。炎の矢が飛び、魔族を仕留めた。
静かになった。
彼は扉の前で三秒間、息を止めた。それから中に入った。
ドルフが額の汗を拭った。
「悪くない出だしだぜ」
「調子に乗らないで」とセリアが言った。「一層の守護者がこの程度なら、二層・三層はもっとくるのよ」
「わかってる。次だ」
要旨: 本稿では,勇者パーティ(アレン・グレイフォード,他三名)による魔王城第一層攻略の実態について考察する.先行研究(歴代勇者の戦闘記録,第一〜六代)を踏まえ,現代における戦術的優位性の検討を行う.なお,本稿はあくまで著者の私見であり,アルトゥーナ王国政府の公式見解ではない.
キーワード: 魔王城,勇者パーティ,第一層攻略,光属性,戦術的優位性
1. 序論
近年(建国暦620年現在),第七魔王の出現により大陸南部における魔族活動が顕著に増加している.本稿では,現在進行中の魔王城攻略作戦を記録・分析することを目的とする.
(以下略)
セリアが、立ち止まった。
「……これは、論文?」
誰も答えなかった。
「何の論文? 誰が書いてるの?」
「気にするな」と俺は言った。自分の声が、少し変だった。落ち着いているようで、落ち着いていない声。
「わたしたちのことが、書かれてましたよね?」とルナが言った。確認するような、静かな口調で。「建国暦620年、とか。名前も、全部」
沈黙が続いた。
廊下の空気が重い。松明が揺れる。
「行こう」とドルフが言った。返事を待たずに、前を向いた。
俺たちは歩き出した。
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第二層への階段は、幅が狭かった。
一列にしか進めない。先頭をドルフが行き、後ろに俺、セリア、ルナと続く。石の壁に松明が等間隔に設置されているが、それでも足元が見えにくい。階段は急で、踏み外せばそれなりの高さから落ちる。
「何体いると思う」とドルフが声を落として言った。
「二層は記録が少ない」とセリアが答えた。「四代目勇者の記録には『多数の守護者』とだけある。五代目は二層で消耗して三層に届かなかったわ」
「縁起でもない話だ」
「事実を言っただけよ」
俺は階段を登りながら、上を見た。光がない。どこまで続いているかわからない暗さがある。
怖い、と思う。
でも後ろに引き返すことは、もうない気がする。山脈を越えた時点で、そういう選択肢は消えていた。消えていた、というより、俺自身が捨てた。ここまで来て引き返す理由が、俺には見つからない。
魔王城の空気がどこか懐かしい、と感じる瞬間があった。おかしな感覚だ。
夜が深くなるほど、真実は遠くなる。
階段の途中に踊り場があった。広さは四人が立てる程度。壁に何かが刻まれている。古い文字のようだったが、読める者はいなかった。
「もうすぐ二層だ」とドルフが言った。「気を引き締めろ」
「言われなくても」とセリアが返した。
ルナが小声で言った。
「なんか変な感じがします」
「戦闘前だから緊張してるだけだ」と俺は言った。
「それだけじゃないと思うんですけど……」
それ以上は続かなかった。踊り場を越えると、前方に光が見えてきた。二層の回廊だ。
(ト書き)魔王城第二層。薄暗い回廊。松明が揺れる。四人、上手から登場。
アレン : ここまで来たら、引けない。
セリア : (地図を確認しながら)第三層まで、あとどのくらいかしら。
ドルフ : (剣の柄を握る)どのくらいでも同じだ。前に進むだけだ。
ルナ : (立ち止まり、前方を見つめて)……なんか変な感じがします。
(照明、変化。不安を示す。)
(ト書き)全員、足が止まる。暗転。
全員、足が止まっていた。
俺たちは二層の回廊に立っていた。松明が揺れている。四人とも、動かなかった。
「今」と俺は言った。「俺たちのことが、書かれなかったか?」
しばらく、誰も答えなかった。
「……ええ」とセリアが言った。「台詞まで一致してたわ。さっきの私の台詞」
「俺は『剣の柄を握る』とか書かれてたぞ」とドルフが言った。声がかすかに変だった。「たしかに握ってたけど。でもそれってよ……」
「わたしも」とルナが言った。「『立ち止まり、前方を見つめて』って書かれてました。立ち止まってました。前を見てました」
誰も言葉を続けられない。
「わたしたちは」とルナが続けた。静かな声だった。「誰かに見られているんでしょうか」
答えが出なかった。
松明が揺れる。石の壁が冷たい。三層への道は、この先にある。
俺は息を吸った。
「……前に進もう」
それしか言えなかった。それしか、なかった。
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第三層への扉は、二層の最奥にあった。
重い鉄の扉だった。表面に古い魔法陣が刻まれている。押して開くのか、引いて開くのか、鍵がいるのかもわからない。
「セリア、何か知ってるか」
「記録には『重い扉』としか書いていないの」
「そのまんまじゃねえか」とドルフが言った。
扉の前に立つ。四人で並んだ。
「……行くか」と俺は言った。
「ええ」とセリアが答えた。
「もちろんだぜ」とドルフ、「はい」とルナ。
俺は扉に手をかけた。重い。光剣アルスを鞘に収めたまま、両手で押す。ゆっくりと、扉が動き始めた。
(ト書き)扉が開く。




