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序章 黒鴉の爪痕 その3 楽しくもない歓迎の宴

※


夜が更(ふ)ける前に、歓迎の宴がはじまった。

会場に入るなり、孔明は趙雲が心配していた理由を理解した。

孔明を見るなり、会場にいた者たちが、いっせいにぴたっと会話を止め、視線をいっせいに集めてきたからである。

その視線は、どれもこれも、とても友好的とは言い難い。

『癖がある、か。なるほど』

納得しつつ、孔明は度胸のいい所をみせて、悠然として、顔には穏やかな笑みをたたえたまま、劉備のとなりに着席する。


さいわいだったのは、劉備の次席に座っている初老の男だけが、優しい笑顔を見せてくれたことだ。

品の良さそうな、目の表情のとびきり優しいその人物は、劉備の妻の兄で、孔明とおなじ徐州の出身の麋竺(びじく)、字(あざな)を子仲(しちゅう)だろう。

徐州の人物らしく、孔明とおなじくすらっとした体躯(たいく)で、髪に白い物が混ざっているものの、衰えているという印象は受けない。

『そういえば、麋家の男はだれもが弓馬に長けているという評判だったな』

孔明は思い出しつつ、笑顔で会釈してきた麋竺に、丁寧に自分も頭を下げた。

「新野城へようこそ、孔明どの。家臣を代表して、歓迎いたしますぞ」

と、麋竺が言った。


劉備に近い席には、旧来の家臣たちが多くはべっているようだ。

かれらは麋竺をのぞいて、だれもがこちらを胡散臭(うさんくさ)いものを見る目を向けてくる。

それを知っているだろうに、知らぬふりをしているようすの劉備は、満面の笑みで、声を張り上げた。

「みんな集まったな。こちらが、わしがあらたに迎えた軍師の諸葛孔明どのだ」

劉備はいったんことばを切り、会場にあつまっている男たちの顔をぐるりと見回す。

だれもことばを発さず、ほとんどが口をへの字にして劉備に目線を集めている。

それでも劉備は笑顔のまま、つづけた。

「孔明は、徐元直の弟弟子(おとうとでし)にあたり、臥龍先生とも呼ばれている。心強いことに、明日から即戦力になってくれるぞ。さっそく城の仕事についてもらうから、みな軍師の言うことを良く聴いてくれ」

劉備がそこまで言っても、だれもが口を閉ざしている。

重苦しい沈黙を打破すべく、孔明がにこやかな笑みを浮かべつつ、みなに礼を取った。

「新参者ですが、わが君のため、けんめいに努力いたします。どうぞよろしくお願いいたします」

孔明が遜(へりくだ)って挨拶をしたこと、そしてその張りのある声に圧倒されたことで、家臣たちはようやく、しぶしぶ、というふうに、劉備に礼を返した。

「わが君のおっしゃる通りにいたします」

劉備は、さらに唇の両端を上に向けた。

「そうとも、みんな仲良くやってくれ。では、今宵は楽しもう。おおいに飲んで喰らって、明日に備えるのだ」

それを合図に、家臣たちは目の前の長卓にならべられた大皿の料理に、いっせいにかぶりつきはじめた。


「みな、人見知りをするようでな、さいしょは愛想は悪いが、すぐに慣れる。軍師は軍師のやりたいようにやってくれ。わしもできうる限り後押しするから」

酒を飲みながら劉備が言った。

しかしその横では、関羽と張飛が面白くなさそうにしている。

時々横目でにらんでくるのにも、孔明は辟易(へきえき)した。

劉備の義兄弟の二人がそんな様子なので、ほかの家臣もいわずもがな。

とくに、麋竺のとなりにいる神経質そうなちょび髭の男は、じっとりした目線をさきほどから劉備と孔明に交互に送ってくる。

「あの方のお名前は?」

孔明が劉備に問うと、

「孫乾(そんけん)、字(あざな)を公祐(こうゆう)だ。徐元直(じょげんちょく)(徐庶)が抜けたあとは、城内の事務仕事を仕切ってくれた男さ。ちょっと細かいところもあるが、仕事はできる。よく話し合って仕事を進めてくれ」

分かり申した、と孔明は返事をしたが、孫乾があまりにも自分を恨んでいるような目で見てくるので、ついつい、じろりと見返してしまった。

すると孫乾は顔を赤くして、ぷいっと横を向いてしまった。

そして、聞えよがしに言う。

「臥龍だか何だか知らぬが、けっきょく、どこの馬の骨ともわからぬやつではないか。即戦力というが、いままで田舎に引きこもっていたやつに、城の仕事のなにがわかる。冗談も休み休み言ってほしいというものだ」

劉備に聞こえてもよいのかと、聞いた孔明のほうがひやっとしたが、劉備はちょうど、関羽と張飛の機嫌を取っていて、孫乾の嫌みを聞いていなかったらしい。

たしなめたほうがいいか? 

いや、まだ城になじんでいないわたしが、いまかれをやり込めると、関係がこじれそうだなと算段していると、孫乾のことばに合わせるように、となりのやわらかそうな癖のある毛をした優男が言った。

「まったく、兄上のおっしゃるとおりです。いままでの兄上の努力を横から掻(か)っ攫(さら)おうとする者に、頭なんぞ下げる必要はありませぬ」

だれだ、あれは? 焚(た)きつけてどうする、と孔明が憮然としていると、孔明の背後から、声がした。

「あれは孫直(そんちょく)といって、孫乾の末(すえ)の弟だ」

孔明がぎょっとして振り返ると、趙雲であった。

趙雲は劉備と孔明の主騎(しゅき)として、近くの席に、酒も飲まずに待機していたようである。


つづく


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