epilogue 4
エセルを見ると、彼も少し考えるようにしてから答えた。
「今のところ何とも言えない。とにかく情報が足りなくてな。それに関しては俺も手を尽くしているし、そういう情報を集めるのが得意な奴に頼んだりしている最中だ」
「情報を集めるのが得意な? もしかしてそれも魔術師だったりするの?」
「ああ、魔術師もいるな」
魔術師『も』ということはそれ以外にも人を使っているのか。
先日言っていた修繕な得意な魔術師と言い、本当に妙な人脈があるものだと感心しているとエセルはさらに続けた。
「四人の魔術師の遺産を含め魔術が込められた道具ってのはな、一部の好事家共が好んで蒐集しているんだよ」
「まぁ面白いものではあるけど。でも今は世界的に魔術の存在はまずいでしょ? それなのに集めたりする人間なんてそうそういるものなの?」
「いるんだよ。物好きは。そもそも社会情勢とは関係なく、自分の欲を優先する人間なんてごまんといる。表向きは魔術なんて汚らわしい、関わりたくないとか言っておいても裏では嬉々として魔術に関する道具だの書物だのを蒐集する奴は多い。まぁもちろん表沙汰には出来ないから非合法な手段で集めることになるんだけどな。闇オークションだとか闇取引専門業者とかを使って」
「闇オークションに闇取引ねぇ」
そういうものがあるということくらいは聞いたことがあるが、それがどこで行われているなどは知らないし、知っている人間だって周囲にはいないと思う。だから所詮噂の域を出ない与太話だと思っていたし、ミラにとってはある意味魔術と同じくらい非現実的なものでしかない。
もしかしたら兄あたりは知っているかもしれないが、頭の堅いあの兄は非合法だとかそういうものが大嫌いなのだ。話を聞くどころか、口にしただけでも機嫌を損ねそうだ。
そう言うとエセルは苦笑した。
「まぁあいつは俺と違って清廉潔白な紳士だからな。けど今の俺はその非合法を頼るしかない。そして非合法には非合法だ」
「あなたの言う非合法って魔術師のこと?」
「もちろん。公には存在も怪しい魔術とそれを扱う連中。正攻法では無理でも魔術師ならどうとでもなることはある。だから俺はここ数年、魔術師の協力者を集めているんだ」
「じゃあこの間言っていた、修繕の得意な魔術師もあなたの協力者なの?」
「ああ。フランシズで拾ってきた」
犬猫でもあるまいし、拾ってきたと言うのはどうなのだろう。
それとも魔術師には犬猫でもなることができるのだろうか。それとも捨て子か何かだったのか。
「おい。あんた何かどうでもいいこと考えてないか?」
「別にどうでもいいことは考えてないわよ」
「本当かよ? 何にしても人と話している最中に他のことを考えているなんてマナー違反ってやつじゃないか?」
「あなたのようなマナーなんてあってないような人間相手なら別にいいじゃない。自分は守らないくせに、人にだけ守らせようとしないでよ」
ミラの反論にエセルは一瞬沈黙してから答えた。
「……まぁ、正論か」
「そうよ。正論よ」
自信満々にミラは答えた。
初めてまともにこの男に口で勝てた気がする。何ていい気分なんだろう。
そうして上機嫌に皿の上の料理をたいらげてから、ミラは一つ思い出した。
「あ、正論ついでにもう一ついい?」
「何だよ?」
エセル本人はミラに口で負けただとかそんなことは全く気にしていないらしく、そもそも負けたという意識もないのかもしれないが、優雅に紅茶を口にしながらミラを見た。
「今さらだけど、私と心中しかけたり非合法に首を突っ込んだりしてまでその遺産を取り戻したいの?」
遺産が重要だということはわかる。
けれど非合法に関わったことが公になれば、侯爵家の御曹司という彼の立場も少なからず危ぶまれることもあるだろう。それだけでなくエセルは先日、危うくミラと心中しかけてもいる。
いくら遺産が貴重なものだとは言え、地位や名誉、その上に己の命を懸けてまで取り戻さなくてはならないものなのだろうか。
ミラなどは幼い頃からずっと遺産の存在をひた隠しにしてきたし、兄に至っては指ごと切り落とせなどという暴言を吐いたほどだ。
今のこの世の中、魔術師の遺産などというものがそこまでして手元に置いておきたいものとも思えない。遺産を持っていれば、ましてその主と知られれば身の危険に晒されることとてなくもないのではないか。
そう言うとエセルは、危険はあるかもなと気のない調子で答えた。
「それでも俺は遺産を取り戻す。そのためなら命も地位も惜しくない」
そしてグレーの双眸をまっすぐにミラへと向け、宣言するように告げる。
「俺の誇りのために、俺は何としてでも遺産を取り戻さなければならない」
それ以上エセルは何も言わず、ただ二人向かい合っていた。
奇妙な人間だと思う。
嘘吐きだとも思う。
善良ではないと思う。
フェアだけれど性悪だとも思う。
好意的に見られる人間ではないと思う。
だからミランジェ・ヘリテージにとってエセル・クロフォードというのは親しく付き合いたいと思える人間ではない。
薄ら笑いを浮かべた裏に途方もない破滅願望を抱くような人間だ。
けれど興味を持ってしまった。
元カゴ入り娘はカゴの外に見た奇妙な人間に関心を持ってしまった。
(これじゃあ破滅願望があるのは私の方のようだけれど)
カゴの外に広がるのは楽園か焦土か。
そのどちらでもいい。
そのどちらでなくてもいい。
この足で見に行って確かめればいいだけだ。
そして見届けようではないか。
この奇妙な人間の行く末を。
しばらくして部屋の扉がノックされた。
外から晩餐の用意が整いましたと声がかけられ、椅子から立ち上がる。
「今日のメニューは何かしら。楽しみだわ」
「今これだけ食べたくせにまだ食べるのか」
エセルも椅子から立ち上がりながら呆れ半分、感心半分といった調子で言った。
「言ったでしょう。私には今まで食べるくらいしか楽しみがなかったんだから。それに美味しいものをたくさん食べて英気を養わないと。あなたに協力するのは骨が折れそうだもの」
「それはそれは。こちらの私情のためにお気遣い頂いているようで。目的を達成した暁にはいくらでも御馳走しよう」
「楽しみにしているわ。ロード・エセルが留学していらしたフランシズといったら美食の国として有名だものね。ぜひとも美味しいフランシズ料理を食べたいわ」
にっこりと飛びきりの笑顔を向けると、エセルは何だか酷くおかしそうに笑った。
「覚えておこう」
そして二人、部屋を後にした。
了
紳士淑女の革命遊戯、これにて完結です。初の西洋ファンタジーですのでお見苦しい点も多々あったかと思いますがお付き合い頂きありがとうございました。十代男女がメインの割に世間一般的に求められている要素が皆無ともなっおりますが、ひねくれた作者の書いた話と思ってご容赦頂きたいと思います。
それではここまで読んで下さり本当にありがとうございました。