7.第十五代の証言
翌日、俺は研究院の会議室へ向かった。長い机の向こうには、エレナをはじめ、数人の研究者が座っていた。今日は、第十五代の公式証言を確定する日だ。
「それでは、記録の確認を始めます」
まず、日本での職業について尋ねられた。
「田中修一氏は、組織運営において一定の指導的役割を担っておられたとされています。この点について、第十五代としても同様の認識でしょうか?」
「……まあ、そうですね」
俺は頷いた。確かに、後輩に仕事を教えたことはある。複数の仕事を任されることもあった。指導的役割という言葉は少し大げさな気がするが、完全な間違いではない。
「なるほど。では、これまでの証言と一致するということでよろしいでしょうか」
「ええ、まあ……大筋では」
「ありがとうございます」
エレナは記録を取った。俺は、何となく落ち着かない気分になった。しかし、嘘はついていない。
次に、独身生活についての確認が行われた。
「田中修一氏は、生涯を通して個人の自由を重視し、独身生活を積極的に選択されていたとされています」
「……はい」
「第十五代としても、そのような認識でよろしいでしょうか?」
俺は少し迷った。積極的に選択した。そう言われると、微妙なところだ。
結婚したかった時期もある。恋愛がうまくいかなかったこともある。しかし、独身生活を楽しんでいたことも事実なのだ。実際、自由な時間は多かったし、趣味にお金を使うこともできた。それを自分の生き方として肯定していた時期だってある。
「……まあ、自由な生活は好きでしたから」
「なるほど。では、従来の評価と一致するのですね」
「……そうですね」
エレナは嬉しそうに頷いた。何となく、また一つ立派な人物像を補強してしまった気がする。だが、今さら訂正するほどのことでもないだろう。
そう思った。
そして、最後に服飾についての質問が始まった。
「第四代田中修一氏が紹介されたハイレグミニスカートについてです」
来た。
「歴代の田中修一氏は、この衣服が日本で一般的に知られ、機能的な合理性を持つ服装であったと証言されています」
「……はい」
「第十五代としても、同様の見解をお持ちでしょうか?」
俺は、思わず黙り込んだ。
ここだ。
ここで訂正するべきなのだ。
日本であんな服装が一般的だったわけではない。少なくとも、街中で普通に見かけるようなものではなかった。それは、俺自身が一番よく知っている。
しかし、目の前には歴代の証言が並んでいる。
第四代。第五代。第六代。第九代。第十二代。
そして、これから第十五代の証言が加わる。何百年もかけて、同じ田中修一が少しずつ積み重ねてきた証言だ。
ここで否定すれば、研究者たちは当然、理由を尋ねるだろう。
では、なぜ歴代の田中修一氏は、繰り返しこの衣服の合理性を支持してきたのでしょうか。
……その理由なら、分かる。
たぶん、よく分かる。
俺たちは、そういう服装が好きだったのだ。
日本で一般的だったら、ちょっと嬉しい。この世界でも普及してくれたら、もっと嬉しい。ただ、それだけなのだ。
いや、待て。
だからといって、機能的な合理性がないとは言い切れない。動きやすさ。通気性。服装の自由。それらには、確かに一理ある。そして何より、日本に存在した服装であることは間違いない。
では、何を否定すればよいのか。一般的だったかどうか?
しかし、一般的という言葉にも幅がある。少なくとも、知っている人は多かった。テレビや雑誌で見かけることもあった。そう考えれば、一般的に知られていた服装だと言えなくもない。
……言えなくもない、よな?
俺は、目の前の研究者たちを見た。皆、真剣な表情で答えを待っている。
こんな人たちに向かって、自分の性的な好みについて説明する必要があるのだろうか。
そもそも、過去の田中たちも、みんな同じ記憶を持っていた。その彼らが、一貫して支持してきたのだ。ここで俺が否定するのも、何となく申し訳ない。
それに、ああいう服装が普及したって、別に悪いことではない。むしろ、自由で開放的な社会になるという意味では、歓迎してもよいのではないか。
……そうだ。
別に、間違ったことを言っているわけではない。
「……まあ、そうですね」
俺は答えた。
「なるほど」
「日本では服装の自由が認められていましたし……」
「はい」
「そういう服装も、別におかしなものではありませんでしたから」
「そうですか」
「機能的な部分も、あると思います」
エレナは頷いた。
「ありがとうございます。では、日本において一般的に認識され、合理性を備えた衣服であったという歴代の評価について、第十五代も支持されるということでよろしいでしょうか」
俺は口を開きかけた。
……一般的に認識されていた。合理性を備えた衣服。なるほど。そういう言い方なら、間違いとまでは言えない。
いや、何となく違う気はする。しかし、これ以上説明すると、どんどん変な話になりそうだ。
「……ええ。まあ、おおむねそのとおりかと」
「ありがとうございます!」
エレナは嬉しそうに記録を取った。研究者たちも、満足そうに頷いている。俺は黙って、その様子を眺めた。
……やってしまった。
いや、嘘はついていない。少なくとも、はっきりした嘘は。
ただ、あの服装が日本でどのくらい普及していたのかについては、結局何も訂正しなかった。そして、歴代の評価を支持してしまった。
俺は、何とも言えない気分になった。しかし、それと同時に、妙な安心感もあった。何百年も続いてきた田中修一の証言を、俺が壊すことはなかった。歴代の田中たちが作り上げてきた日本像も、ひとまず守られた。
……守られた?
俺は心の中で首をかしげた。
何から守ったのだろう。
まあ、いいか。
そこまで大した問題でもないだろう。
✳︎
最後に、エレナが記録を読み上げた。
「第十五代田中修一氏は、歴代の証言について、基本的な事実関係および評価がおおむね一致するとの見解を示されました」
俺は頷いた。
「この内容で、よろしいでしょうか」
「……はい」
「ありがとうございます。それでは、こちらに署名をお願いいたします」
俺はペンを取り、今世の名前を書いた。
エルン・ノルテ。
その下には、研究上の呼称が印刷されていた。
『第十五代田中修一』
十五人目。千年以上続いてきた、田中修一の歴史。俺もまた、その一部になった。そして、歴代の田中たちが少しずつ作り上げてきた人物像と日本像を、結局はそのまま引き継いでしまった。
いや。引き継いだというより、少し補強してしまったのかもしれない。
俺は、歴代の田中たちを責められなくなっていた。誰も、大嘘をつこうとしたわけではない。ただ、自分を少しよく見せたかった。自分の好みを、少しだけ正当化したかった。そして、後の田中たちも、それをわざわざ否定する気にはなれなかった。
その結果が、これだ。
俺は少し笑った。何だか馬鹿馬鹿しかった。しかし、そこまで悪いことをしたとも思えなかった。
どうせ、次の田中も同じ記憶を持っているのだ。本当に重大な間違いがあれば、きっと訂正してくれるだろう。
そう考えると、少し気が楽になった。
✳︎
研究院での仕事を終えた俺は、王都の宿へ戻った。翌日には故郷へ帰る予定だった。研究協力への謝礼も受け取ったし、今後の進学についても支援を受けられることになった。歴史的な大発明こそできなかったが、悪くない成果だ。
俺は窓の外を眺めた。王都の街には、魔法灯が並んでいる。初期の田中たちが持ち込んだ知識は、この世界の人々によって改良され、今では俺の知っている日本とは違う技術体系になっていた。
この世界は、もう田中修一の知識を必要としていない。
それでも、田中修一の歴史だけは、こうして残っている。しかも、なかなか立派な歴史だ。
俺は少し誇らしくなった。前世では普通のおじさんだったのに、異世界では歴史上の重要人物なのだから。
まあ、ちょっとくらい話が盛られていたって、いいじゃないか。
俺は、そう自分に言い聞かせた。
その夜は、久しぶりによく眠れた。




