6.先代たちの言い分
どうにも気になった俺は、ハイレグミニスカートに関する歴代の証言を調べることにした。第四代の原資料には、実に堂々とした説明が残っていた。
『日本では女性の服装に広い自由が認められており、身体の動きを妨げない衣服が好まれていた。ハイレグミニスカートは、そうした合理的な服飾文化をよく表している』
……よく表している?
何を言っているんだ、第四代。お前、そんな服を日常的に見かけたことがあるのか?
いや、待て。前世の俺には、その答えが分かっている。
もちろん、ほとんどない。
だが、次の第五代の証言を読むと、少し様子が違っていた。
『日本において同様の服装が広く知られていたことは事実である。特に暑い季節には、肌の露出が多い衣服が用いられることもあった』
……うん。まあ、嘘ではない。
第六代。
『前代の証言について、おおむね異論はない。日本では服装の自由が重視され、このような衣服も社会的に許容されていた』
これも、完全な間違いではない。
第九代。
『ハイレグミニスカートは、日本の進歩的な服飾文化を代表する衣服の一つであり、その機能的合理性は高く評価されていた』
……おい。
第十二代。
『日本社会において、女性の服装の自由は広く認められていた。ハイレグミニスカートは、その自由と合理性を象徴する衣服であったと考えて差し支えない』
俺は本を置いた。何とも巧妙だった。
最初は、日本にもそういう服装が存在したという話だった。そこへ、機能性や服装の自由という、もっともらしい説明が加わった。後の田中たちは、それを少しずつ補強している。しかも、全員同じ記憶を持っているのだから、何となく言いたいことは分かる。
実際、日本では服装の自由が認められていた。露出の多い服装も存在した。ハイレグミニスカートという言葉を聞けば、どんな服か想像もつく。
……まあ、着ている人を日常的に見かけたかといえば、そんなことはないのだが。
しかし、そう考えているうちに、別の気持ちも湧いてきた。ああいう服装が、もっと普及していてもよかったのではないか。別に、誰かに強制するわけではない。本人が好きで着るなら、それは自由だ。それに、機能的な利点だってあるかもしれない。
そう考えると、第四代の言い分にも一理ある気がしてくる。
俺は、第九代の証言をもう一度読んだ。
『その機能的合理性は高く評価されていた』
……まあ。
そういう評価があっても、おかしくはないか。
俺は静かに本を閉じた。何だか、過去の俺たちに言いくるめられた気分だった。
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その後も歴代の記録を調べていくと、似たような話はいくつも見つかった。仕事について。独身生活について。趣味について。最初は簡単な事実の説明だったものが、後の転生者の証言によって少しずつ立派なものになっている。
ただし、誰も明らかな大嘘をついているわけではない。
例えば、俺が後輩に仕事を教えていたことは事実だ。それを指導的役割と呼べるかは微妙だが、完全に間違っているとも言い切れない。独身生活についても同じだ。自由を楽しんでいたことは事実だし、その生き方を積極的に選択した時期もあった。
ただ、それだけで四十六年間を説明できるかといえば、そんなことはない。しかし、過去の田中たちは、そこをあまり詳しく説明しなかったらしい。
俺には、その理由が少し分かる。
わざわざ自分の失敗を並べ立てる必要があるだろうか。自分を評価してくれている相手に、そう大した人間ではなかったと説明する必要があるだろうか。しかも、相手は異世界の研究者である。日本での暮らしを直接知っているわけではない。
少しくらい立派に見られたって、誰も困らないではないか。
そう考えてしまう。そして、歴代の田中たちも同じように考えたのだろう。
俺は、最初こそ呆れていた彼らのことを、だんだん責められなくなっていた。何しろ、自分も同じようなことをしているのだから。
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ある日の午後、エレナが俺の部屋を訪ねてきた。
「エルン様、これまでの聞き取りを整理した記録がまとまりました」
「ありがとうございます」
「明日、正式な確認をお願いしたいのです」
彼女は書類の束を机に置いた。
「内容をご確認いただき、必要な訂正があればお申し付けください。第十五代の公式証言として保存いたします」
俺は書類を受け取った。そこには、日本での仕事や生活、文化について、俺がこれまで答えた内容がまとめられていた。
『田中修一氏は、日本において複数の業務を担当し、後輩への指導も行っていた』
まあ、そうだ。
『独身生活に対して、おおむね肯定的な評価を有していた』
これも、間違ってはいない。
『日本では服装の自由が広く認められ、ハイレグミニスカートについても、機能的な合理性を有する衣服として認識されていた』
……うん。
俺が言ったのは、だいたいそういうことだった。ただし、実際の日本の様子とは、少し違う印象を与える気もする。
俺はペンを取った。訂正しようと思ったのだ。しかし、そこで手が止まった。何をどう直せばよいのだろう。
例えば、仕事について。
『実際には大した役職ではなかった』
そう書けばよいのだろうか。しかし、それはそれで自分を低く評価しすぎている気がする。
独身生活についても同じだ。結婚したいと思ったことはある。ただ、自由な生活を楽しんでいたことも事実だ。そこをわざわざ訂正する必要があるだろうか。
そして、ハイレグミニスカート。
日本で一般的な服装だったわけではない。そこは間違いない。しかし、そう書けば、歴代の田中たちが繰り返し肯定してきた理由について、当然質問されるだろう。
どうして第四代は、あんなに熱心に紹介したのか。どうして後の田中たちも、何度となく支持してきたのか。
……それは。
たぶん、俺が一番よく分かっている。
俺は書類を閉じた。
別に、全部が嘘というわけではないのだ。この世界では、あの服装は普及していない。研究者たちも、証言の限界を理解している。誰かに実害があるわけでもない。それに、過去の田中たちも、自分の記憶に基づいて話しているのだ。今さら俺一人が、何百年も続いてきた証言を否定するのもどうなのだろう。
俺はペンを置いた。
……まあ、いいか。
次の田中が何とかするだろう。
そう思うと、少しだけ気が楽になった。




