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5.日本服飾史の謎

 研究院の資料館を見学することになったのは、その翌週だった。案内役は、服飾文化を研究しているナディアという女性だった。


「こちらには、歴代の田中修一氏が紹介された日本の衣服を、可能な範囲で再現したものが展示されています」


 展示室には、さまざまな衣服が並んでいた。シャツ、ズボン、スーツ、制服、作業着。どれも少しずつ日本で見覚えのあるものと違うが、それなりによく再現されている。


「なかなかすごいですね」


「ありがとうございます。特に初期の転生者が残された衣服の構造に関する証言は、現在でも重要な資料です」


 俺は感心した。最初の田中たちは、なかなか頑張ったらしい。


 ナディアは奥の展示室へ進んだ。


「そして、こちらが日本の女性服飾に関する研究です」


 俺は、そこで足を止めた。正面に、一体の人形が立っていた。


 妙に脚の露出が多い。というか、ものすごく多い。腰のあたりが大きく切り上がり、極端に短いスカートが組み合わされている。


 俺は、その衣装をしばらく眺めた。


 とても嫌な予感がする。


「こちらは、第四代田中修一氏がこの世界にもたらした、『ハイレグミニスカート』という服装です」


「…………」


「第四代は、この服装には機能的な合理性があり、日本では一般的な服装だったと証言されています」


「…………」


「その後の田中修一氏からも、おおむね同様の証言が得られています」


 俺は目を閉じた。


 何をやっているんだ、俺たちは。


「もっとも、この世界では露出が多すぎるという理由から、普及には至っておりません」


 ナディアは、少し残念そうに言った。


「日本は、私たちが考えていた以上に、服装について開放的な社会だったのでしょうね」


 俺は何とも言えない気分になった。日本が開放的だったかどうかは、比較の仕方による。しかし、目の前の衣装が日本の一般的な服装だったという理解は、明らかにおかしい。


 これは訂正するべきだ。そう思った。


 ところが、ナディアが続けた。


「第十五代としては、どのようにお考えでしょうか?」


 俺は答えようとして、言葉に詰まった。


 確かにハイレグというものは存在した。ミニスカートも存在した。それらに似た服装が、日本でまったく着られていなかったわけではない。そして、服装の自由は認められていた。用途によっては、動きやすさや涼しさに利点があるかもしれない。


 それに、俺はこういう服装が嫌いではない。


 いや、むしろ……。


「……まあ、日本では、服装の自由はかなり認められていましたから」


「なるほど」


「それに、薄着の方が涼しい場合もありますし」


「確かに」


「動きやすさという意味でも、用途によっては……」


「なるほど、用途によっては」


 ナディアは真剣に頷いた。俺は、何となく嫌な汗をかいていた。


「つまり、第十五代も、この衣服の合理性については肯定的なお考えなのですね」


「いや、まあ……」


 ここで否定することはできた。俺は知っている。こんなものが日本で広く普及していたわけではない。しかし、合理性がまったくないとまでは言い切れない。


 そして、もしこの世界でも普及したなら……。


 いや。


 待て待て。


 俺は何を考えているんだ。


「……まあ、そうですね。合理的な部分はあると思います」


 結局、そう答えてしまった。


 ナディアは嬉しそうに記録を取った。


「貴重なご意見をありがとうございます。やはり日本では、そうした服装が合理的なものとして認識されていたのですね」


「……ええ、まあ」


 俺は頷いた。


 嘘はついていない。


 たぶん。


 展示室を出るとき、俺は一度だけ振り返った。ハイレグミニスカートは、相変わらず人形に着せられていた。妙に完成度が高かった。


 第四代の俺は、いったいどこまで細かく説明したのだろう。それを考えると、少し怖くなった。


✳︎


 夕方、エレナに会った俺は、展示室での出来事について話した。


「ハイレグミニスカートって、そんなに重要な衣服なんですか?」


「日本の服飾文化を研究するうえでは、興味深い資料の一つですね」


「そうなんですか」


「ええ。歴代の田中修一氏が繰り返し言及されているため、日本において一定の位置づけを持つ衣服だったと考えられています」


 俺は黙った。


 ……繰り返し言及。


 そりゃあ、そうだろう。


 全員俺なんだから。


「ただ、歴代の証言はすべて同一の前世記憶に由来しますので、複数の独立した証言とは見なせません。学術的には慎重に扱う必要があります」


 それはよかった。研究者たちも、ちゃんと分かっているらしい。


「それでも、第十五代からも同様の証言が得られたことは、貴重な研究成果です」


「……そうですか」


「はい。特に機能的な合理性については、一貫した見解が確認されています」


 俺は何も言えなかった。間違ったことは言っていないはずなのに、ものすごく後ろめたい。


 そして、研究者たちは俺よりずっと冷静だった。彼女たちは、証言の限界を理解している。それなのに、俺の方が積極的に否定したがらない。


 俺は、何となく歴代の田中修一たちの気持ちが分かってしまった。


 いや、分かりたくはなかったのだが。

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