4.田中修一の華麗なる経歴
研究院に滞在することになった俺は、歴代転生者の証言を詳しく調べ始めた。最初に読んだのは、日本での仕事についてだった。
初代の記録は、意外にも簡素だった。
『日本において、企業と呼ばれる組織に所属し、事務および管理に関する業務を担当していた』
うん。そのとおりだ。
第三代になると、少し表現が変わる。
『複数の業務を任される立場にあり、職務の調整なども行っていた』
これも間違いではない。何件かの仕事を並行して進めることはあったし、予定の調整もしていた。
第五代。
『周囲からの信頼を受け、後輩社員の育成にも携わっていた』
まあ、後輩に仕事を教えたことはある。
第八代。
『業務を統括する立場にあったとの認識は、おおむね正しい』
……統括?
第十二代。
『組織内における一定の指導的役割を担っていたことは否定できない』
否定できない。確かに、否定できないと言われれば、否定できない。
そして、現在の伝記にはこう書かれていた。
『田中修一は、日本における高度な組織運営に従事し、幅広い業務を統括するとともに、後進の育成にも携わった実務家であった』
俺は本を閉じた。
「……何をやってるんだ、俺たちは」
誰も、はっきりした嘘をついていない。しかし、出来上がった人物像は、どう考えても実際の俺より立派だった。
俺は普通の会社員だったのだ。業務を統括したといっても、担当していた仕事の進み具合を確認した程度である。後輩の育成だって、分からないことを聞かれて教えただけだ。
これが、なぜ高度な組織運営になるのだろう。
俺はエレナに尋ねてみた。
「この人物史、ずいぶん立派に書かれてますね」
「そうですね。歴代の証言から、田中修一氏が組織の中で重要な役割を果たしていたことがうかがえます」
「……まあ、仕事はいろいろ任されてましたけど」
「やはり、そうでしたか」
エレナは手元の資料を確認した。
「例えば、後輩社員の育成に携わったという記述について、第十五代としても同様の認識でしょうか?」
俺は考えた。後輩に仕事を教えた。それは事実だ。ただ、育成という言葉がふさわしいかと聞かれると、微妙なところである。
「……ええ、まあ。後輩にはいろいろ教えてましたよ」
「そうですか」
「仕事の相談を受けることもありましたし」
「なるほど。では、歴代の証言と一致するのですね」
「……そうですね」
エレナは頷き、記録を取った。俺は、その様子を眺めていた。何となく、また一つ歴史を盛ってしまった気がする。
いや、嘘はついていない。本当に仕事を教えたことはあるのだ。しかし、俺の記憶にある会社員の姿と、研究者たちが思い描く立派な実務家の姿には、明らかな差がある。その差を、俺は積極的に埋めようとはしなかった。
なぜだろう。少し考えて、気づいた。
わざわざ自分を大したことのない会社員だったと説明するのは、あまり気分のよいものではないのだ。しかも、歴代の田中たちが何百年もかけて作ってきた人物像である。今さら俺一人が否定するのも、何となく気が引ける。
そして何より、そこまで大きな間違いでもない。
たぶん。
✳︎
翌日、人物史の別の巻を読んでいた俺は、さらに頭を抱えることになった。今度は恋愛についてだった。
『田中修一は、生涯を通して独身を貫いた。しかし、異性への関心が薄かったわけではなく、むしろ女性の容姿や服装について独自の美意識を有していた』
……独自の美意識。
嫌な言葉だ。
その後には、俺の好みの女性のタイプが、妙に細かく書かれていた。年齢。髪形。服装。好ましいと感じる仕草。さらには、誰にも話した覚えのないような、かなり個人的な嗜好まで記録されている。
「何でこんなことまで……」
巻末の注釈によると、これらは転生現象と人格の関係を研究するための資料らしい。前世の記憶だけでなく、好みや感情がどの程度引き継がれるのか。歴代転生者への聞き取りには、そうした目的もあったのだという。
学術的な理由は分かった。しかし、納得はできなかった。何しろ、自分の好みが研究資料になっているのだ。
しかも、何百年も保存されている。
俺は静かに本を閉じた。
できれば、この巻は存在しなかったことにしたかった。




