3.偉大なる田中修一
王立転生史研究院は、想像以上に立派な建物だった。石造りの正門をくぐると、中庭を囲むように研究棟と資料館が並んでいる。歴代転生者の功績を紹介する展示館まであるらしい。
俺は案内された部屋で、一人の研究者と対面した。
「お待ちしておりました、第十五代田中修一様」
五十歳ほどに見える女性が、丁寧に頭を下げた。
「エレナ・ハースと申します。転生史研究を担当しております」
「あ、どうも。エルンです」
「もちろん存じております。今世のお名前はエルン・ノルテ様ですね。失礼いたしました」
エレナは柔らかく微笑んだ。
「研究上の呼称としては第十五代田中修一ですが、普段はエルン様とお呼びしてもよろしいでしょうか」
「はい。それでお願いします」
少し安心した。この先ずっと田中修一と呼ばれるのかと思っていた。
エレナは研究院の仕事について、簡単に説明してくれた。歴代転生者の証言を保存し、日本という異世界について研究し、転生現象の仕組みを解明することが目的だという。最初の転生者が現れてから、すでに千年以上。研究院の前身となる組織も、何度か名前を変えながら続いてきたらしい。
なかなか壮大な話だった。
「第十五代の発見は、研究院にとって大変喜ばしい出来事です。前回の転生者が亡くなられてから、相当の年月が経過しておりますので」
「そうなんですか」
「ええ。資料は丁寧に引き継がれておりますが、新しい転生者の証言を直接伺える機会は、研究者にとって一生に一度あるかどうかです」
エレナは分厚い書類を机に置いた。
「こちらが、田中修一氏の人物史です」
表紙には『田中修一研究・人物篇』と書かれていた。その下に、小さな文字がある。
『全七巻・第一巻』
「……七巻あるんですか?」
「人物篇だけで七巻です。文化篇、技術篇、社会制度篇などは別になります」
「そんなに?」
「長年の研究成果ですから」
俺は何とも言えない気分になった。日本で四十六年間暮らした普通のおじさんについて、何を七巻も書くことがあるのだろう。
エレナは第一巻を開いた。
「田中修一氏は、日本という高度な文明社会で教育を受け、組織の運営に携わっておられた人物です」
「……はい?」
「幅広い業務を担当し、後進の指導にも関わり、周囲からの信頼も厚かったと伝えられています」
俺は黙って彼女を見た。何となく、知っている人物と違う気がした。
「また、社会制度や技術について幅広い知識をお持ちであったことは、初期転生者の功績からも明らかです」
「いや、まあ……」
確かに、俺は会社員だった。仕事を任されることもあったし、後輩に教えたこともある。しかし、こうして説明されると、妙に立派だ。
エレナは続けた。
「特に興味深いのは、田中修一氏が個人の自由を重視し、家庭を持たず、自ら選択した生活を送っておられたことです」
「……ああ」
「当時の日本では、結婚せずに暮らすことも社会的に認められていたのですね」
「まあ、そうですね」
「田中修一氏は、そうした自由な生き方を実践された人物としても研究されています」
俺は少し困った。確かに独身生活は楽しかった。しかし、別に立派な思想があったわけではない。結婚したかった時期もあるし、恋愛がうまくいかなかったことだってある。ただ、甥の前では独身貴族を謳歌しているように振る舞っていた。
そんな程度の話である。
「田中修一氏は、ご自身の独身生活について、どのようにお考えだったのでしょうか」
エレナが尋ねた。俺は考えた。不幸だったわけではない。むしろ、それなりに満足していた。
「……まあ、悪くなかったと思います」
「なるほど」
「自由でしたし。好きなこともできましたから」
「やはり、そのようにお考えでしたか」
エレナは嬉しそうに記録を取った。
「歴代の田中修一氏も、自由な生活の価値については、おおむね肯定的な証言を残されています」
そう言われると、何となく嬉しくなった。俺たちは、やっぱり同じ人間なのだ。
ただ、手元の記録を覗き込んだとき、少し気になる文言が見えた。
『第十五代も、田中修一の独身生活に対する肯定的評価を支持』
いや、支持というほど積極的な話でもなかったのだが。
少し訂正しようかと思った。しかし、間違っているとまでは言えない。
結局、そのままにしてしまった。




