2.俺が十四人いる
『異世界転生者列伝』
図書館で見つけたその本は、なかなか立派な装丁だった。冒頭には、異世界転生という現象についての解説が載っている。
現在までに確認された転生者は十四人。最初の記録は千年以上前に遡り、出現間隔は平均して百年ほど。転生者同士が同じ時代に出会った例はないらしい。
なるほど。相当に珍しい現象なのだ。俺は少し安心した。やはり、そう簡単に誰でも転生できるわけではないらしい。
ところが、次の記述で手が止まった。
『異世界転生現象の最大の特徴は、すべての転生者が、同一人物の前世記憶を有していることである』
同一人物? どういう意味だろう。
『その人物の名は、田中修一。日本国に生まれ、四十六歳まで生きた男性である』
俺は本を閉じた。しばらく表紙を眺めた。そして、もう一度開いた。
田中修一。
間違いなく、そう書いてある。
同姓同名だろうか。いや、日本には田中修一という名前の人間が何人もいるはずだ。きっと偶然に違いない。
俺は続きを読んだ。
出身地。学校。勤務先。家族構成。趣味。死亡時の年齢。
全部、俺だった。
慌ててページをめくる。
初代転生者。田中修一。
第二代転生者。田中修一。
第三代転生者。田中修一。
第四代、第五代、第六代。
全員、田中修一。
十四人全員が、同じ日本人男性として生きた記憶を持っていた。
「……何だこれ」
思わず声が漏れた。
つまり、俺が十四人いたのである。
正確には、前世が俺だった人間が十四人いた。性別も、名前も、職業も違う。貴族になった者もいれば、農民として暮らした者もいる。だが、前世の人生だけは同じだった。
おまけに、今世の記憶は引き継がれないらしい。第二代は初代として生きた記憶を持っていない。第三代も第二代の記憶を持っていない。日本で暮らした田中修一の記憶だけが、何度も現れる。
魂が増殖しているのだろうか。それとも、記憶だけが複製されているのか。原因は不明と書かれていた。
まあ、それはいい。いや、よくないが、ひとまず置いておこう。
もっと切実な問題がある。
俺の前世知識だ。
十四人もいたのである。しかも、全員俺なのだ。俺が思いつくようなことは、過去の俺たちも思いついたのではないか。
嫌な予感がした。
✳︎
その後、俺は歴代転生者の業績を調べ始めた。
初代は、衛生や農業についての知識を伝えた人物として知られている。第二代は、印刷や機械技術について多くの提案を残した。第三代は、食品保存や流通制度の発展に貢献している。
なかなか大したものだった。
俺って、やればできる人間だったんだな。少し誇らしい。
しかし、第四代あたりから様子が変わり始める。
第五代は、日本の技術についていくつか新しい情報を提供したものの、実用化されたものは少なかった。第七代は、前世知識を使った事業を立ち上げて失敗している。第九代は、複数の発明を提案したが、既存技術との重複が多かったらしい。第十一代は地方で教師になり、平穏な生涯を送った。
第十四代に至っては、研究機関への協力以外、特筆すべき業績がほとんど残っていなかった。
俺は本を閉じた。
なるほど。
知識チートの時代は、とっくに終わっていたのである。
そりゃそうだ。
全員が同じ記憶を持っているなら、前世知識には限界がある。最初の数人が使ってしまえば、後の転生者には何も残らない。おまけに、この世界の人々は、その知識を何百年もかけて改良してきた。俺が知っている日本の技術より、こちらの技術者が作っているものの方が優れている場合すらある。
「もっと早く転生してればなあ……」
俺は呟いた。
もっとも、早く転生していたのも俺なのだが。
なんとも釈然としない。
まあ、仕方ない。世界を変えるような大発明は難しいかもしれないが、何か別の形で成功できる可能性はある。幸い、今世の俺にはまだ時間がある。前世とは違うことを学び、今度こそ立派な人間になればよいのだ。
俺はそう考え、ひとまず勉強に励むことにした。
✳︎
十七歳になった頃、俺は両親に前世の記憶について打ち明けた。それまで黙っていたのは、何となく気恥ずかしかったからだ。しかし、転生者として認定されれば、研究機関から進学支援を受けられる可能性があると知った。
使える制度は使いたい。
両親は驚いたが、転生現象自体は知られているため、比較的落ち着いて受け止めてくれた。町の担当官を通して申告し、過去の転生者の記録と照合するための聞き取りを受けた。公開されていない記憶についても、いくつか質問された。俺は覚えている範囲で答えた。
数週間後、王都から正式な通知が届いた。
『申告者エルン・ノルテを、第十五代異世界転生者として認定する』
俺は手紙を眺めた。
第十五代。つまり、十五人目の田中修一である。
歴史に名を残せる立場にはなった。
ただし、まだ何もしていない。
どうにも微妙な気分だった。




