8.初めての異説
それから十日ほど経った頃だった。俺は故郷の町で、進学のための準備を進めていた。
研究院での生活は、思ったより楽しかった。学者たちは少し変わった人が多かったが、皆、知識に対して真面目だった。前世の俺について、あれほど詳しく調べられているのは何とも言えない気分だったが、研究そのものには興味を持った。
できれば、もう少し勉強してみたい。
そんなことを考えていたある日、王都から急使が訪ねてきた。
「エルン・ノルテ様ですね」
「はい」
「王立転生史研究院より、至急のご連絡です」
手紙には、新たに異世界の前世記憶を持つ可能性のある人物が発見されたと書かれていた。
俺が認定されてから、まだ一月も経っていない。これまで百年に一人程度しか現れなかったのに、こんな短期間で二人も発見されるとは。しかも、歴代の転生者が同時代に出会った記録はない。
確かに大事件だった。
✳︎
王都へ戻ると、研究院は妙な緊張感に包まれていた。職員たちが忙しそうに行き交い、会議室には見知らぬ研究者まで集まっている。
俺はエレナの部屋へ案内された。
「エルン様、お忙しいところ申し訳ありません」
「いえ。それより、新しい転生者が見つかったんですか?」
「まだ正式な認定には至っておりません。ただ、極めて興味深い報告が届いています」
エレナは机の上に書類を広げた。
「実は、その人物が語る前世の記憶が、これまでの転生者のものと一致しないのです」
「……一致しない?」
「はい」
俺は少し考えた。
「田中修一ではない、ということですか?」
「その可能性があります」
俺は思わず椅子から身を乗り出した。
歴史上初めての、別の転生者。千年以上、田中修一しか確認されてこなかった世界で、ついに新しい人物が現れたのだ。
「すごいじゃないですか!」
「ええ。事実であれば、転生史研究の根幹に関わる大発見です」
ただし、認定には慎重な調査が必要らしい。これまで転生者の認定には、田中修一の記憶との一致が重要な判断材料になっていたからだ。今回、その方法は使えない。
「申告者は幼い頃から日本という国について語っていたそうですが、過去の記録と一致しないため、転生者とは考えられていなかったようです。今回の第十五代認定をきっかけに各地の未確認事例を調べたところ、報告が上がってきました」
「なるほど」
「しかも、その人物は田中修一氏をご存じだと主張しています」
「……俺を?」
「はい。ただし、ご本人としてではありません。別の立場からです」
エレナは書類をめくった。
「田中修一氏には、甥御さんがいらっしゃいましたね?」
「ええ」
「お名前は、田中俊さんで間違いありませんか?」
「……はい」
「実は、その方の前世記憶を持つと主張する少年が発見されまして」
俺は固まった。
俊。兄の息子。たまに遊びに来て、ゲームをしたり、飯を食べたりしていた、あの俊。俺のことを、ちょっと格好いいと言ってくれた甥。
あいつが、この世界に?
「もちろん、本人であると確認されたわけではありません。ただ、田中修一氏しか知り得ないと思われていた出来事について、いくつか一致する証言が得られているのです」
エレナは興奮を隠しきれない様子だった。
「つきましては、第十五代田中修一氏にも、証言の照合にご協力いただきたいのですが」
俺は黙り込んだ。
……ちょっと待て。
俊が来たのか?
あいつが?
俺はつい先日、自分の経歴について少し話を盛った。日本の文化についても、いくつか曖昧な肯定をした。そして、そのすべてが公式な歴史記録になったばかりだった。
なによりあの、展示室のハイレグミニスカート。
エレナは嬉しそうに言った。
「もし本物であれば、田中修一氏の人物史について、歴史上初めて第三者による証言が得られることになります!」
……まずい。
――『第十五代目 田中修一』 完。




