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六 賭博場にて

 形山は渡された資料を手に、記された城宮の住まいの周りを歩いてみる。川沿いの遊歩道のベンチから目的の集合住宅の入り口が見渡せることを見つけた。建物との間に何も遮るものがなく、向こうからも丸見えになるなとも思ったが、相手はまだこちらを知らない訳だしと言い聞かせて、天気の良い日は日参して城宮の行動の分析を始めた。


 時折、何人かと連れ立っていろいろなところに出かけていくのを見かける。連れの一人の後を付けてみると、すぐ近所の家に入っていった。恐らく近所の面々が街案内でもしているのだろうと思った。自分もボランティアに参加したあと、新しい転生者に同じことをやっているので察しが付く。

 それ以外の日も結構な頻度で一人で出歩いており、何度か後を付けてみたが決まって賭博場に入っていく。近くの席が空いていればそこで自分も硬貨を借りて、ちらちらと様子を見ながら賭博に興じた。しかし賭博場は結構混んでおり、中に入っても都合の良い席が無ければ、一回りして先に帰ってしまうことが多い。


 そんなある日もやはり賭博場まで後を付け、すぐ右後ろの席が空いていたので、そこで同じように硬貨を借りて打ち始めた。ガラスにうっすら映り込むのを鏡替わりにして様子を見ていると、かなりの頻度で二枚揃いの合図を鳴らしていることに気づいた。しかし三枚目はそう簡単には揃わない。

 思わず振り返って様子を見ていると、毎回毎回大当たりの役を狙って停止釦を押している。それはそれで間違いではないが、役が入っていなければ揃うことは絶対にない。それどころか入っている小役も取りこぼしてしまうことになる。そんなことを思いながら様子を伺っていると城宮が通りがかった店員を呼び止めた。

「あの、ちょっといいですか」

「はい、どうしました?」

「これ全然揃わないんですけど」城宮は不満たっぷりの口調で口を尖らせた。

 店員は言われていることが飲み込めない様でうまく返事ができない。

「だから、揃わないんですって、いいですか」と言って城宮は実演を始める。

 硬貨を入れて始動棒を手前に引き、回転盤を起動する、左の停止釦を押すと見事に大役の目で停止させ「これは止まりましたよね」と言いながら頃合いを測って真ん中の停止釦を押すと、こちらも大役の目で止まり、二枚揃いの合図が鳴り出す。

「ここまでは揃うんですよ、いいですか、見ててくださいね」そう言って慎重に右の停止釦を押す、大役の目がずるっと滑るようにずれて回転盤が停止する。

「ほら、揃わないでしょ、これを聞いたんですよ」思い通りに実演できたのか少し誇らしげだ。

 店員は「ああ」とだけ漏らしたあと「お客さん、これはそういうもんなんですよ、そういう仕組みです、すいませんが忙しいんで」と面倒そうに答えて歩いて行った。


 城宮はまだまだ不満そうな顔だが、店員に取り付く島もないことを感じとって、その背中を見送ることしかできない。形山は今しかないとばかりに立ち上がって城宮の斜め後ろに立つと声をかけた。

「大丈夫ですか? 店員さんとなんかありました?」警戒されないように、優しく助け船を出してみる。

「ああ、いや、これが揃わなくて文句言ったら、そういうもんだって……」と先ほど二枚まで揃えた回転盤を指さして、悔しそうに答える。

「それね、お兄さん、賭博場は初めて?」足しげく通っているのを知らないふりで尋ねる。

「いや、何回かは……」

「そうですか、外で何か飲みますか? 奢りますよ、ここで話すのも騒々しいし」

「はあ、なんかすいません、ありがとうございます」

 罰の悪そうな感じで城宮が片付け始める、形山も自分が座っていた台の硬貨を片付けると一緒に近所の喫茶店に入る。


 窓際の席に座ってコーヒーを頼むと形山はかぶっていた帽子を隣の席に置く。手が空いていたのか、頼んだコーヒーはすぐに運ばれてくる。一口すすりながら形山が話し始める。

「さっきのあれ、硬貨を使う方の機械なんだけどさ」と言うと城宮が身を乗り出してくる。

「あれは自分で回転盤を止めている体になっているけど、内部的には回転が始まったときに当たりはずれが抽選で決まってるんだよね」城宮の顔は驚きを隠せない表情になっている。

「硬貨を入れてさ、あの棒を手前に引いた瞬間、そこではずれを引いたら、いくらぴったりで釦を押しても揃うことはないんだよ」

「そうなんですか……」やっと城宮が声を上げる。

「それどころか……」形山は少しためて城宮の反応を楽しむ。

「何ですか?」まだあるのかとべそを掻きたい気持ちで答える。

「抽選でせっかく小役が当たってるのに、それが揃わない」

「揃わなかった分はどこに行っちゃうんでしょう?」城宮はすがるように聞いてくる。

「流れて消えちゃう」

「ああ、だからか、確かに最初の頃は、小役が揃って硬貨の減りももう少しゆっくりだったんですよね……」と城宮は肩を落とす。

「だろうね、まあまあ、誰でも最初は失敗もするよ」と慰める。


 その後、役が入った場合に出やすい目があるだとか、大当たり中に狙う目だとかそんな話しをする。他愛もない冗談を言って笑いあったりもした。

「やっぱり自分には玉を使う方が向いているかも」城宮はそう言うとコーヒーを飲みほした。

「この後はまた店に戻るの?」と形山が探りを入れる。

「いや、今日はもう帰ります、まだこちらに来たばかりで、いろいろと情報が多すぎちゃって…… 少し整理しないと頭がこんがらがりそうで……」

「そっか、あ、俺は形山剛士」と名乗る。

「形山さん…… 自分は城宮道雅です」と名乗り返した。

 店を出ると城宮は「ご馳走様でした」と頭を下げる。

「いやいや、じゃあ、また」と返すと「はい、また」と応えて賭博場と反対方向に歩き始めた。

 その背中を見送りながら形山は悪い奴じゃなさそうだなと思う、なんなら本当に友達になれそうな気がした。


◆


 根島と形山が久しぶりに顔を合わせたのは、二月も終わりに近づいたころだった。

 また手の込んだ説明会のお知らせが届き、輪廻転生センターに出向く。今日はどこの部屋かと掲示板を探し始めると、不意に後ろに気配を感じた。振り向くと根島が立っており、辺りを確認して誰も居ないことを確認すると、手で方向を指し示すと先に立って歩き始めた。いくつか角を曲がって、ある扉の前に立つと手に持っていた鍵で開錠し、扉をあけて「どうぞ」と促した。

 形山が部屋に入ると根島は電気を灯けて扉を閉める。

「そちらの席にどうぞ」そう促すと形山と向き合う席に座る。

「どうも」と言って帽子をとりながら席に座る。

「その後の進展はいかがでしょうか?」根島が躊躇なく本題について尋ねる。

「はい、彼が賭博場に通っているのが分かったので、そこで何度か会って声をかけました」

「賭博場ですか?」少し意外そうな顔をする。

「ええ、そうです、一人で出かける場合は賭博場が多いみたいですね」そう言うと最初に声をかけた顛末を話した。

「そうですか、お互い名乗りあってその後はどんな感じに?」良いでも悪いでもない感じで根島は尋ねる。

「こちらも暇を見つけて賭博場に行って、居るのを見つけたら声をかけてます、遭遇する確率は結構高いですよ」

「そうですか、ではそのまま続けていただいて、もう少し関係性を深めていただければ」

 形山は「はい」と言うと、「あの……」と続ける。

「これをお聞きしても良いか分からないんですが、どんな目的でやっていることなんでしょうか?」

 根島は少したじろいだような表情になり、少し沈黙の時間が流れる。

「そうですね、目的というほど明確なものはありませんが、城宮さんの交友関係をこちらでも把握しておきたい、ということです。どのような交友関係があったら、具体的にどうなるという事は申し上げられません」


 根島は答えながら、自分も城宮道雅と井福まさこが出会ってしまったとして、その次に何が起こるのかは分からないことに気づく。今の時点では三上の頭の中にも具体的な計画はないのかも知れないな、と思った。現時点の自分の任務は、ただ城宮道雅と井福まさこが出会ったかどうかだけに焦点を当てればよいのだと自問自答する。目の前の彼についても、その役目は城宮と交友関係を作り、その日常を報告することだと割り切った。

「分かりました、ところでこのお役目が無事に終わった暁には、職員に登用なんてことはあったりするんでしょうか?」形山も割り切ったように話しを変える。

「そのことについては、まだ何も聞いておりませんね、期待されているところ申し訳ないですが」ここは間髪を入れず、穏やかにかつ毅然と答える。

「そうですか……」

「まあ、この件もまだ始まったばかりですし、少しこちらにご注力いただいてはどうでしょう」

 形山は少し肩を落として「はい、それでは」と帽子を手に立ち上がった。根島も立ち上がり扉まで見送った。

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