五 間者
形山は疲れた顔をして坂を上がってくる。昔、輪廻転生センターに勤務したことがあるという者の噂を聞きつけ、話しを聞きに出向いたが、噂の主はとうの昔に転生してしまっており、勤務していたという話も信憑性が低そうだった。
今日だけではない、輪廻転生センターの手がかりを探し求めても徒労に終わる日が続いていた。
これは執着なのかと自問する。執着なのだとしたらその原因は愛だと聞いたことがある、がしかしセンターを愛しているわけではないな、と考えを振り切る。
坂の上の集合住宅のポストを開けると薄い桜色の封筒が入っており、差出人には輪廻転生センターと印刷されている。形山の心の奥底で幸せの種が芽吹いたような期待感が湧き起る。急いで階段を駆け上がり部屋に入ると、封筒を手でちぎって開封する。
拝啓
形山殿におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。
平素より輪廻転生センターの業務にご協力いただいておりますこと、重ね重ね御礼申し上げます。
さて、この度、当センターでは本界のみなさまの住環境のよりよい整備に対する新たな取り組みの一環として、伴走型幸福度向上改善施策を策定いたしました。本伴走型幸福度向上改善施策は有史開闢以来の――中略――このうち、住民の皆様にご協力を賜りたい項目について、具体的な実施策を執り行い具体的な効果の測定と成功事例の収集および改善点の検討を行う運びとなりました。
つきましては当センターにて説明会を開催いたしますので、下記日程の中からご都合の良い日にご参加をお願いいたします。
往々にして輪廻転生センターからのお知らせなどは読みにくい文章だが、さらに輪をかけた読みにくさに「読むな」という意図を感じる。説明会の日程も一月三十日だけしか書かれておらず、来て欲しいのか無視して欲しいのかもよく分からない。先日のセンター長への接触に対するなんらかの反応を期待していただけに落胆も大きく、芽吹いたはずの幸せの芽は跡形もなくなってしまった。
「どうせ暇だしな」と独り言ちて、壁のカレンダーの一月三十日に丸印を書き込む。
冷蔵庫からビールを取り出すと、ソファーに沈み込んで一息に呷った。
◆
説明会の開始が十八時からとは、お役所仕事としてはずいぶん遅い始まりだなと思いつつも、輪廻転生センターの前に立つ。あたりには人などほとんど見当たらず、センターもひっそりとした雰囲気に包まれている。
説明会の場所はどこだろうかと、掲示板を丹念に確認していく。とても雑な感じで止められた紙に「伴走型幸福度向上改善施策説明会」と書いてあり、その下に略図が描かれている。ずいぶん雑な扱われ方だと思いながら、その略図の通りに進んでいくと、普通の扉にまた同じような紙が貼ってある。
講堂のような場所を想像していたので、その落差に不信感が芽生え、この扉を開けて良いものかと躊躇う。何かあるならそれもそれで面白いと思い直して三回ノックする、中から「どうぞ」と声がする。扉を押して中に入ると、そこには三上が一人座っていた。
「そちらの席へどうぞ」と向き合う椅子を指し示す。
「はい、あのご無沙汰しています」と言って帽子を取りながら座ると「あの…… 伴走型幸福度なんだかの説明会は……」疑問が口をつく。
「ああ、あれは適当な作り話をでっち上げましてね、あなたをこうしてセンターにお呼びするのも何かと手間が掛かるものでしてね、でもまあ、あなたならあんな訳の分からない案内でも、ご足労いただけるだろうと思ってました。目論見通りになって良かった」三上はそう言うと笑顔を見せた。
予想外の展開に翻弄されながらも形山は懸命に頭の中で事態を整理する、これはどんな状況か、何が始まるのか、物見遊山で来てしまった事を後悔した。
「今日お呼びした目的なんですがね、以前にお声がけいただいた時に、こう、何かお手伝いをいただけるとお伝えいただきましたよね?」
「はい」と答えながら、どんな話になるのかと身構える。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ、無茶なことは言いませんから」と言うと一呼吸おいて、顔から笑みを消して「ただ……」と続ける。
「これからお話しする件について一切口外しないとお約束いただけますか?」
片目ではあるがじっと見入られて気圧される、「はい」と押しつぶされたような声が出た。数秒の沈黙が流れる。
「いいでしょう、約束ですよ」そう言うと三上は顔に笑みを戻し、机の上の封筒を手に立ち上がると、ゆっくりと机を周って隣に立つとそれを手渡した。ゆっくり戻りながら話しを続ける。
「その中にはある人物の情報が入っています、見ていただいて結構ですよ、見ながら聞いてください」
形山は封のされていない封筒から書類を抜き出し、一枚一枚確認する。
「お願いというのはですね、その者と交友関係を築いていただき、近況などを報告していただきたい」
資料には城宮道雅の所在などが記されている。そんなに難しそうでもない、少し後ろめたい気持ちもあったが、これでセンターと何らかの関わりを保つことができるならやる価値がある、そう逡巡していると三上が話しを続ける。
「ただ相性もあるでしょうから、やってみて難しい場合はそこで終了でも結構です、もちろんやっていただくことを期待していますがね」
「分かりました、やってみましょう」
「良かった、そう言ってくれると思ってましたよ」そう言って笑うと、少し間をおいて扉がノックされる。
三上が「どうぞ」と応えると、黒づくめの男が入って来た。手には掲示板と扉に貼られていた説明会の案内図が握られている。
「彼は根島龍平と言って、君が憧れているここの職員でね」と三上が紹介する。
「今後のやり取りは彼とやってもらいます、先ほどもお願いしましたが、このことは一切他言無用です。そして私とは会ったことも話したこともない、いいですね」
そう言うと三上は根島に後を頼むと言い残して部屋を出て行った。




