四 新居にて
城宮が与えられた新居は集合住宅の角部屋で、西日が入る大きな窓と北側にも窓がある風通しのいいところだった。窓の下には川が流れており、川沿いは遊歩道になっていてところどころにベンチが設えてある。晴れた日は散歩をしている者も多い。
窓際にはソファーが置かれており、起きるとここに座ってこちらの世界に来てからのことを反芻していることが多かった。まだあまり日が経っていないにも関わらず、その情報量の多さに思考が追いついていない。そして彼岸生活者支援懇親会で見かけた女性についても忘れることができないでいた。あの時頭の奥に映し出された映像もたびたび想起され、これが跨世虚記憶なのかなと思ったりした。
そんな日々の中で時折ここまで送ってくれた近所の面々が、誘い出してくれてはいろいろな所に連れて行ってくれる。図書館やスポーツ施設、飲食店やリサイクルショップなどが中心部に限らず点在しており、みんなで遊び歩くのも気晴らしになった。
その中でも特に城宮を惹き付けて止まなかったのは賭博場で、最初にみんなで行った数日後には一人で出かけていき、三日に上げず通うようになった。
賭博場には機械式の遊技台が並んでおり、玉を使う物、専用の硬貨を使う物の二種類が、階を分けて並べられている。玉を使うものは、借りた玉を投入してハンドルを回すとガラスで隔てられた盤の中に射出され、盤の中の役物に入れば報酬として玉が返却される。一方の専用の硬貨を使うものは、借りた硬貨を投入すると三枚の回転盤が回るので、それぞれに設えられている停止釦を押し、回転盤の目が揃うと報酬として硬貨が払い戻される。
どちらの機械も最初に借りた玉なり硬貨が増えた時点で終われば、その増えた分の報酬を受け取ることができる。
城宮は玉を使う方を好んだ。硬貨を使う方も最初はよく手を出していて、回転盤の周期を体に叩き込んだお陰で、停止させる操作はかなり上達し、任意の目で止めることができるようになった。しかし二枚を同じ目で揃えても三枚目に同じ目を止めることができない。
このことで一度店員に文句を言ったが、そう言うものだと、軽くあしらわれてからはもっぱら玉の方に傾倒する様になった。
そんな日が続いたある日、梨山が訪ねてきた。
「おお、お久しぶりです、ここがよく分かりましたね」
「いやいや、こちらこそお久しぶり、地図なんかを頼りにね、元気でしたか?」
「はい、なんとか、どうぞ、どうぞ、何もないところですけど」
ソファーに案内すると、城宮はテーブルから椅子を持ってきて目の前に座る。梨山が持ってきた袋から飲み物を二本出して「これ、お土産」と一本渡すともう一本を掲げて「乾杯」と言う。
「乾杯」そう言うと軽くぶつけるように掲げて一口飲んだ。
「いや、本当にここがよく分かりましたね、驚きましたよ」
「いやね、センターの最後の日にみんなの地図を見させてもらったでしょう、あの後、なんか記憶に残ってたんで手元に控えましてね、順繰りに尋ねてみてるんですよ」
「すごいですね、私なんかまだここの住所だって怪しいのに」
「なんか前世が車の運転をする仕事だった見たいで、地図見るのとか住所覚えるのが得意見たいでしてね」
「そうなんですか、って前世って言いました? もう思い出しを?」城宮は驚きの声を上げる。
「ええ、割とすぐに……」梨山はそう言うと、ソファーの脇の窓を見ながら続けた。
「あれは雨の日でした、うちにも同じような窓がありまして、打ち付ける雨粒を眺めてたら、不意に車のフロントガラスに打ち付ける雨粒に切り替わりましてな、そのうちメーターやら地図やらハンドルなんかも浮かび上がってきて、フロントガラスの向こうをワイパーが往復しだして……」飲み物に口をつける。
「雨の夜の道を車が走り出しました、どのくらい走ったんですかね、ルームミラーには時折後ろで居眠りしてる人なんかも映ったりしましてな、道も空いてて雨以外は悪い気はしない、なんだか楽しげですらありましたな」
「はい」と相槌を打つと、梨山は少し表情を曇らせた。
「とある交差点に差し掛かった時です、こちら側は青だったので減速なんてせずそのまま通り過ぎようとしたところに右前から大きな車が突っ込んできました、右折車両だったんでしょうね、こっちが見えてなかったことはないと思うんですけどね。そこで浮かび上がっていたものがすべて消えました、そこが前世の最期だったんでしょうね、あれ以来、雨粒がどうも見てられなくなりました……」
「そうですか…… それはお辛い……」
「いいことばかりじゃないですな、思い出すのも。そうそう、それで気づいたのですが、こっちには車がないんですね」
そう言うと、梨山はまた一口飲み物を飲み、他の仲間のところに行った話なんかをし、今度リハビリ同期組で集まってみようと言って帰って行った。




